小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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マードック帝国の激震① -電話盗聴疑惑で老舗の日曜紙を廃刊

 ルパート・マードックとその息子ジェームズが、下院のメディア委員会に来週火曜日、召喚されることになった。

 Phone hacking: MPs summons Murdochs
 http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-14148658

 すでに、ニューズ・インターナショナル社のCEOレベッカ・ブルックスは出席依頼を承諾しているという。ただ、マードック父子が出席するかどうかは分からない。依頼があった、という段階。

 マードック+BスカイB+電話盗聴に関して、論点が一杯あるのだけれど、改めて、自分でも考えてみようと思い、いくつかの話をテーマを決めて出していこうと思う。

 まず一回目は、BスカイBの完全子会社化をあきらめるまでの話で、BLOGOSに書いたものと重複するのだけれど、とりあえず、まとめてみた。2回目は、これに続いて、BスカイBの話。BLOGOSの方を読んで下った方は、第2回目をご覧いただければと思う。

***

 オーストラリア、英国、米国でメディア買収によってビジネスを広げ、「メディア王」と呼ばれるルパート・マードック。新聞ばかりか、テレビ、映画など様々なメディアを網羅する、米メディア大手ニューズ・コーポレーションを率いる。収益があまりあがらない新聞業よりも、将来は映像デジタル・コンテンツの販売、配信、放送に力を入れようと、現在39%の株を持つ英衛星放送BスカイBの完全子会社化を狙った。その望みはもう一息で実現するはずだったが、数年前に起きた電話盗聴疑惑に足を救われた。盗聴事件が発生した老舗新聞を廃刊にし、火消しに躍起となったが、政治の逆風のために買収を断念せざるを得なくなった。マードックのメディア帝国のほころびに、メディア王の終末を見る人もいる。反マードック感情が高まる英国で、事件の発展と現状をウオッチングした。

 日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)は、7月10日、168年の歴史を閉じた。同紙のスタッフが廃刊の知らせを受け取ったのは7日夕方だ。編集長にとっても寝耳に水の決定で、200人余のスタッフは職を失うことになった。

 NOW紙は日曜紙市場の中ではトップの位置(5月時点で約260万部)にあり、第2位を争うサンデー・ミラーやサンデー・タイムズ(約100万部)を余裕を持って引き離す。日曜紙市場のいわば巨人であったNOW紙が突如の廃刊に見舞われたのは、数年前に発覚した電話盗聴事件が深刻化したためだ。

―電話盗聴事件

 盗聴事件のきっかけは2005年。ウィリアム王子のひざの怪我に関する記事が、マードック傘下の日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)に掲載された。怪我について知っていたのはごく少数の王室関係者のみで、外に漏れたことを不審に思った王子の側近が、携帯電話に誰かが不正アクセスしたのではないかと考えた。そこでロンドン警視庁に連絡を取り、捜査が始まった。

 2006年、NOW紙の王室報道記者クライブ・グッドマンと私立探偵グレン・マルケーが逮捕された。この時、警視庁はマルケーの自宅から約1万1000点に上る書類などを押収した。この書類があとで議論の争点になる。

 2007年、2人は不正アクセスの罪で有罪となった。グッドマンには4ヶ月の、マルケーには6ヶ月の禁固刑が下った。

 当時のNOW編集長アンディー・コールソンは盗聴に関して「まったく関知していなかった」としながらも、責任を取って辞職した。

 同年3月、下院の文化・メディア・スポーツ委員会の公聴会に召喚された、NOWを発行するニューズ・インターナショナル(NI)社の会長(当時)レス・ヒルトンは、盗聴は「一部の記者が関与したもの」と発言した。

 しかし、ここで話は終わらなかった。2009年7月上旬、左派系高級紙ガーディアンが、NI社を傘下に置く米メディア大手ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)が、盗聴行為の被害者に巨額の賠償金を支払っていた、と報道。また、盗聴などの不正行為を行っていたのはグッドマンやマルケーばかりではなく、NOWではほかの記者もかかわっており、「組織ぐるみ」であったと報道した。さらに、携帯電話に不正アクセスされたのは王室関係者のみではなく、政治家や有名人を含む「数千人規模」である、と書いた。

 記事を書いたのは、ガーディアンのベテラン調査報道記者、ニック・デービスであった。

 ガーディアンの連日の報道を受けて、下院の文化・メディア・スポーツ委員会はデービス記者やNOWの元編集長コールソン、現在の編集幹部とNI社の経営幹部などを公聴会に召喚し、事情を聞いた。

 デービス記者は「警察筋からの情報」として組織ぐるみの盗聴行為や盗聴対象の規模の大きさを説明したが、NOW及びNI社側の代表者たちはいずれも「グッドマンのみ」「今はそういうことは行われていない」を繰り返した。コールソン元編集長は「まったく知らなかった」と述べた。

 しかし、その後もガーディアンの報道は続いた。また、盗聴行為をめぐって賠償金を求めて著名人などが裁判を起こし、「自分の電話も盗聴されたのではないか」と疑念を感じた政治家などが警視庁に問い合わせるようになった。こうして、かなりの広範囲で盗聴行為が行われていたらしいことが次第に推測されるようになった。

この時、警視庁の上層部にいたジョン・イエーツは、再捜査の可能性を調査するが、「新しい証拠がない」として、再捜査を却下した。イエーツが時間をほとんどかけずに結論を出したことで、警視庁がNI社に遠慮して、再捜査をしなかったのではないか、という疑惑が起きるようになった。

 11月、新聞業界の自主規制団体「報道苦情委員会」」(PCC)が、NOWで組織ぐるみの盗聴行為が行われていたことを示す証拠がない、とする結論の報告書を発表。後に、PCCはまったく実効力を持たなかった、廃止されるべきだという批判が出るようになる。

 12月、文化・メディア・スポーツ委員会の一部委員が、NI社の最高経営責任者レベッカ・ブルックスを公聴会に召喚することを求めるが、同社は間接的にこれを拒否。2010年、委員会はブルックスの召喚を断念。ここでも、委員会に圧力がかかったのではないか、と言われた。

―口止め料と賠償金

 ガーディアンが主張するように、もし盗聴行為が「組織ぐるみ」で行われていたかどうを調べるには、先に禁固刑になったマルケーやグッドマンに聞くという方法があった。

 ところが、2007年、グッドマンとマルケーはNOWを不当に解雇されたという理由でNOWから賠償金をもらっていたことが、ガーディアンの調べで分かった。その金額は明らかにされていないが、これは「口止め料」ではないか、とデービス記者は書いた。

 両者が口をつぐんでいるので、真相は外に出ないと思われたが、07年7月に、英国プロサッカー選手協会のゴードン・テイラー会長(当時)が、自分の携帯電話にNOWが盗聴行為を行ったことで提訴し、翌年、NOWがテイラーに70万ポンドを支払ったことが分かった。これで、「王室関係者のみの盗聴行為」と表向きには主張していた、NOWや発行会社の主張がぐらついた。

 2010年1月、PR会社を経営するマックス・クリフォードがNOWによる携帯電話の盗聴行為をめぐって提訴し、3月には100万ポンドと推計される賠償金を受け取ったことが明るみに出た。

 年頭には、携帯電話企業3社が、ガーディアンに対し、グッドマンとマルケーにより盗聴されていたと思われる、100近い携帯電話の番号があったと報告。ますます、複数の記者が関与していたこと、かつ、広い範囲の人物が盗聴対象になっていたことを示唆した。

 2月、文化・メディア・スポーツ委員会が聞き取り調査を終え、盗聴問題に関する報告書を出した。NOWや経営幹部が「集団健忘症にかかっている」、編集室の中で「グッドマン以外にこの件を知らなかったというのは信じられない」とした。

 同月、PCCは、NOW内では「もはや盗聴は行われていない」とする報告書を出した。

―キャメロンとNOW

 2007年1月、NOW紙編集長のアンディー・クールソンが、「自分は関知していなかった」としながらも、責任を取って辞任した。

 5月、当時野党の保守党党首デービッド・キャメロンは、クールソンを党の報道を一括する仕事を与えた。

 盗聴疑惑が消えていないNOWの元編集長を雇用するのはまずいのではないか、という声が保守党内でも出たが、キャメロンはこれを聞かなかった。すでに2人が有罪となり、クールソンは編集長職を辞任した。「第2の機会を与えたい」とキャメロンは報道陣に語った。

 一方、自分の携帯電話も盗聴されたのではないかと懸念した政治家や有名人が警視庁に連絡を取ったり、NOWに対し賠償金を求めて裁判を起こすケースが次第に出てきた。

 映画俳優ヒュー・グラントは、携帯電話盗聴の事実を暴露しようとして、元NOWの記者と会い、世間話をするふりをしながら、自分の携帯電話に会話を録音。NOW内で広範囲に盗聴行為が行われていたという言葉を録音した後、これをメディアに伝えた。

―ミリー殺害事件で国民の怒りを買う

 国民がNOWでの盗聴行為に鋭い批判の目を向けるようになったのは、今年7月上旬だ。

 警視庁が今年1月から再捜査を始めていたが、その過程で、2006年に私立探偵マルケーの自宅から押収した書類の中に約4000人の電話番号を含む個人情報が入っていた。これは、盗聴をされた疑いのある人物のリストであった。

 ガーディアンを筆頭とする数紙が、2002年に殺害された13歳の少女ミリー・ダウラーの携帯電話がNOWの記者によって不正アクセスされていた、と報じた。電話の留守電のメッセージを聞いた後、たくさんのメッセージがメモリーを使い切ってしまうと困ると思ったのか、メッセージを適宜消していた、というのである。ミリーの両親は留守電メッセージが消去されていることを知り、「まだミリーは生きている」と望みをつないでいた。この留守電メッセージ消去疑惑が報道されるや否や、NOWの盗聴事件は一気に国民の怒りを買った。

 さらに、2002年、英南部ソーハムの町で殺害された2人の小学生女児の両親の携帯電話やイラクなどで亡くなった英兵たちの携帯電話や電子メールに、NOWの記者が不正アクセスを行っていた疑惑が報道されると、国民の怒りと非難はエスカレートした。NOW紙への広告の出稿をフォード、ブーツ、ボックスホール、ルノーなどが次々と取りやめるようになった。7日、ニューズ社の副最高執行責任者ジェームズ・ルパートは声明文を出し、NOWの廃刊を発表した。スタッフに廃刊のニュースを知らせたのはNI社の最高経営責任者レベッカ・ブルックスであった。

 急な廃刊の背景には、ニューズ社の最高経営責任者でメディア王と呼ばれるルパート・マードックの衛星放送BスカイB買収の狙いがあるといわれた。ニューズ社は1年ほど前からBスカイBの完全子会社化(現在は39%の株を所有)の交渉を続けている。BスカイBの完全子会社化とNOWの電話盗聴事件とは直接的には結びついていないが、NOWがまだ存在していた時点で、いわゆる「マードック・プレス」(NOW,サン、タイムズ、サンデー・タイムズ)は英国の新聞市場の40%ほどを占めるといわれ、新聞市場でのプレゼンスを少なくしてBスカイBの件を成功させたいという思いがあった。

 しかし、盗聴事件がこれほど深刻化してしまったので、ニューズ社によるBスカイBの完全子会社化を阻止するべきだという声が政界で強まった。

 キャメロン首相は、今年1月までクールソン元NOW編集長を官邸の報道局長として起用していたが、野党労働党はこの判断が間違ってことを謝罪するべきだと要求した。

―政界の変化

 これまでクールソンをかばい続けたキャメロンだが、世論の風向きが変わったことを察知し、ニューズ社への批判的な言動をするようになった。友人でもあるレベッカ・ブルックスが「もし辞職願を出していたなら、自分はこれを受け取っていただろう」と話すようになった。

 6月末頃までは、ニューズ社のBスカイBの完全子会社化は確実視されていたが、盗聴事件が深刻化し、大きな逆風が発生してきた。

 12日、ブラウン前首相が、いかにサンが自分の息子の病状を「犯罪的行為を用いて」探り出し、紙面に載せたかを暴露。

 13日には、ニューズ社に対し、BスカイBの完全子会社化の断念を促すための議論が下院で行われると、ブラウン前首相は、いかに自分がNI社に手荒く扱われたか、サン以外にも、同社が発行する高級日曜紙サンデー・タイムズでも「犯罪者」を使って情報を収集していると述べた。前首相が議会で長々と意見を述べて議論に参加するのは珍しい。

 しかし、この議論が開始される直前、ニューズ社は、「現在の環境のもとでは、完全子会社会の実現は難しい」として、買収を断念すると発表した(それでも下院での議論は中止とならなかった)。

 思わぬ政治の逆風に、マードックは熱望していたBスカイBの完全子会社化を、少なくとも一旦はあきらめざるを得なくなった。(つづく)
 
by polimediauk | 2011-07-15 00:05 | 政治とメディア