小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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マードック帝国の激震③ 相次ぐ辞任、ロンドン警視総監までも

 英日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOW)での電話盗聴事件が7月上旬深刻化したことで、発行元ニューズ・インターナショナル(NI)を傘下に置く米メディア大手ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)は、同紙を10日付で廃刊にした。それから1週間が過ぎたが、状況は沈静化するどころか、大物関係者の辞任が相次いでいる。

 15日には、2003年まで同紙の編集長だったレベッカ・ブルックスが、NI社の最高経営責任者(CEO)の職を辞任した。親会社ニューズ社のCEOで「メディア王」と呼ばれるルパート・マードックは、ブルックスを自分の娘のように可愛がってきた。

 当初ニューズ社側はブルックスの辞任はないとしてきたものの、国民がNOWでの盗聴疑惑に大きな関心を注ぐきかっけとなった、「ミリー・ダウラーちゃん事件」(2002年、誘拐・殺害されたミリーちゃんの携帯電話が盗聴されていた。当時の編集長がブルックス)をめぐり、辞任を求める声が政界やメディア界で広がった。とうとう辞任をせざるを得なくなった。

 同じく15日、かつてNI社の会長で、ニューズ社傘下のダウ・ジョーンズ社のCEOであったレス・ヒントンが辞任した。50年近くマードックと仕事をともにしてきたヒントンは、マードックの側近中の側近と言われたが、盗聴事件の広がりを的確に把握していなかったといわれる。

 17日には、ブルックスが、ロンドン警視庁に逮捕されるという急展開があった。盗聴の共謀と警察への賄賂容疑である。週明けの19日、ブルックスは、マードック、その息子でニューズ社の副最高執行責任者ジェームズ・マードックとともに、下院の文化・スポーツ・メディア委員会に召喚され、NOW紙での盗聴問題に関して、委員から質問を受ける予定であった。

 17日夜現在、果たしてブルックスが2日後に委員会に出席できるかどうか、不透明感が出ている。委員会の一人は、BBCニュースの番組に出席し、「委員会での証言が、警察の取調べを妨げることになると判断されない限り、ブルックスは出席すると考えている」と語った。

 17日には、もう1つ、驚きの展開があった。ロンドン警視庁のポール・スティーブンソン警視総監が辞任したのである。

 直接のきっかけは、電話盗事件が発生したときにNOW紙の副編集長だったニール・ワリスを警視庁が後に雇用したことへの高まる批判であった。ワリスは、NOWを退職後、2009年秋から昨年秋ごろまで、自身が立ち上げた「チャミー・メディア」を通じて、警視庁のコミュニケーション・アドバイザーとなっていた。一月に2日間のみの勤務で、一日に1000ポンド(約13万円)で雇われたという。

 当時、NOWでの盗聴疑惑に対する警視庁の初期捜査が十分でなかったとして、再捜査を求める声があがっていた。その急先鋒は、盗聴行為が組織ぐるみであったと2009年夏から報道してきた、ガーディアン紙であった。しかし、警視庁側は「再捜査を始めるための、新たな証拠がない」と、却下してきた。

 ガーディアンなどが警視庁に対し、事件の再捜査を求めていた頃、警視庁は元NOWの編集幹部だった人物から、「コミュニケーション上のアドバイスを受けていた」わけである。ワリスが警視庁幹部に対し、「NOWでの盗聴に関して、再捜査はするな」と言ったかどうかは定かではない。

 しかし、盗聴疑惑が発生し、2007年、記者とNOWに雇われた私立探偵とが電話への不正アクセスで有罪となって実刑判決が出たのは事実。そのNOWで副編集長の立場にいた人物が、警視庁幹部に完全に中立的なアドバイスをしていたというのは、考えにくいーというわけで、ガーディアンをはじめとした複数紙がワリスと警視庁幹部の関係に疑念の目を向けだした。

 14日、ワリスは盗聴事件に関連し、警視庁に逮捕されるに至った。ワリスがどのような形で事件に関与していたのかは、17日の時点ではいまだ明確になっていない。「推定無罪」の原則があるにせよ、警視庁が捜査の網に入れるほどの何かを知っていた可能性もある。

―保養地に無料で滞在

 17日付のサンデー・タイムズの報道が、スティーブンソン警視総監を辞任へと押しやる動因になった、といわれている。同紙によると、スティーブンソンは、病気後の静養のため、今年はじめ、英南部ハートフォードシャーにあるスパに、妻とともに滞在した。

 このスパのPRを担当していたのが、ワリスだった。しかし、ワリスとの関連よりも、大きく問題視されたのが、1万2000ポンドに上る滞在費が無料だったことである。

 スティーブンソンの説明によれば、このスパの経営者が友人で、滞在費を負担してくれたのだという。「警視庁のボスが1万2000ポンドの無料品を得ていた」というサンデー・タイムズの見出しは、国民の怒りを買った。ここ数日、NI社と警視庁幹部との親しすぎる関係が暴露され、警視庁への信頼感を失いつつあった国民にとって、スティーブンソンの「無料スパ利用」は、何かしら不当なもの、金持ちとのネットワークを通じて「おいしい関係」を得ているーそんな風に映っていた。(つづく)
 

 
by polimediauk | 2011-07-18 09:12 | 政治とメディア