小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

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大災害の発生予防へ向けて ―国連がメディア向けガイドラインを発行 「新聞研究」より

 3・11東日本大震災のみならず、災害はどんな国にも起こりうる。米国でもハリケン・アイリーンが、未だ記憶に新しい。

 国連が災害のリスクを削減する英文ガイドラインを発表し、この内容を「新聞研究」9月号の中で紹介した。自分自身も、読んで考えが変わった。

 以下はその掲載分です。

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 今年5月、国連国際防災戦略(UNISDR)事務局が、大災害のリスク削減を取材するジャーナリストのためのガイドライン「異なるレンズを通して見る災害 -すべての結果には原因がある」(Disaster Through A Different Lens: Behind every effect, there is a cause)を発行した。
 
3月11日に発生した東日本大震災は日本社会の様々な分野に影響を及ぼし、ほぼ半年を経た現在でも、被害の全容は確定していない。日本ばかりか、世界各国で災害は発生しており、犠牲者がその都度増えている。
 
しかし、災害は決して不可避の事態ではない。災害が発生するリスクをメディアが指摘し、政府や国民の意識を変えることで、被害を最小限に抑える、あるいは災害発生を防止することができる、つまりメディアは災害を防止する能動的役割を持つ¬-こうした観点から書かれたのがこのガイドラインである。
 
執筆者はUNISDRのコミュニケーション部門代表代理ブリジッテ・レオーニ氏だ。欧州委員会の人道援助局(ECHO)の財政支援の下、英ガーディアン紙、米通信社トムソン・ロイター、英BBC,ベトナム・テレビ、インドネシアの「テンポ」誌など世界各国の元及び現役記者たちと協力しながら書き上げた。

 ちなみに、UNISDR(本部ジュネーブ)は2000年、国連総会決議により発足した組織で、国際的な防災協力の促進を目指す活動に従事している。日本はUNISDRへの資金拠出国として世界の中でも上位にある。2009年度の拠出額は約112万ドル(約8700万円)で、拠出順位は6位となっている(外務省資料、後掲)。

 約190ページにわたるガイドラインの概要をここで紹介したい。

ー「災害は自然発生しない」

 ガイドラインがまず挑戦するのが、災害に対する私たちの認識だ。
 
序文では災害が「自然に」発生するものではないと書く。地震、火山の噴火、洪水という自然現象がもたらす危険は「ナチュラル・ハザード(自然の危険)」だが、その結果、建物が倒壊したり、多くの人の命が失われるなどの損害が生じ、「ディザースター(災害)」と呼ばれる現象となる。
 
 単なる言葉の言いかえではない。「自然の災害」(ナチュラル・ディザースター)」という表現を使わず、「ナチュラル・ハザード」と「ディザースター」とを明確に分けて考えるようになると、森林伐採、急速な都市化、環境破壊など人間の行動によって自然現象が災害化する構図が見えてくる。人的要因に視点を合わせることによって、災害が発生してから行動を起こす「反応の文化」から、「予防の文化」への以降が可能になるという。

 「災害のリスク削減」(Disaster Risk Reduction, DRR)くぉ「市民としての義務、政府の責任、国家の義務、かつ良い報道記事」を生む契機になるととらえ、ガイドラインはメディアに行動を促す。災害を防ぐのは、私たち一人ひとりの「市民としての義務」なのである。

―災害のリスク削減とは何か?

 報道をするためには、まず取材対象を知ることである。

 第1章(「災害リスク削減について知るべきこと」)は、災害時のリスク削減行為を、「国民、村、都市、国のハザードに対する抵抗力をより強化させ、災害におけるリスクと脆弱性を削減させるための、すべての政策、戦略、手段」と定義する。具体的には「予防、緩和、準備、回復、再建」だ。

 災害の現状に目をやると、毎年2億2千万人以上が災害の被害にあっているという。中でも最も犠牲者を多く出したのが地震と干ばつだ。アジアに住む貧困層が最も災害の影響を受けやすく、特に女性、子供、障害者が犠牲になりやすい。

 災害の原因は、気候温暖化、急速で無計画な都市化、貧困、自然環境の劣化など。

 リスクの削減実行の指針となるのが、「兵庫行動枠組2005-2015」だ。これは、2005年1月、神戸市で開催された国連防災世界会議で採択された。国際社会が10年間で取り組むべき防災に関する優先行動事項をまとめたガイドラインだ。今年3月発表された中間報告書(「兵庫行動枠組2005-2015:中間レビュー」)は、この計画に192カ国が参加し、大部分の国が災害救援資金の1割を災害発生予防に振り分けていることを伝えた。

―何故報道するのか?

 第2章(「災害リスク削減とメディア」)は、どのような態度でジャーナリストが災害を報道するべきかを具体的に記す。

 メディアは、「政策決定に影響を与え、国民の態度を変え、人命を救うことができる」。このため、メディアの役割として「災害の根本的原因と社会的影響を追求し、災害リスクの削減につながる報道を行うこと」が期待される。ジャーナリスト一人ひとりが、公共電波を使う放送業者になったつもりで、「何故災害が発生しているのか」「どのようにしたら防げるのか」「誰が責任者なのか」を考えながら報道するべき、という。

 災害発生時には、メディアが先頭に立って、①注意を喚起する、②情報を迅速に出すことによって、救援努力を支援する、③背景と原因を説明する、④災害関係の責任者の責任を追及することが肝要だという。

 過去を振り返れば、「飲酒、喫煙、食事習慣、HIVエイズ、環境など、様々な問題について社会の意識を大きく変えてきたのは、放送メディア、雑誌や新聞の編集者や記者、ブロガーたちの報道だった」。災害リスクの削減が、市民活動やディアが恒常的に取り上げる全国的なトピックになってゆくとしたら、それを実現するのは「責任感が強いメディアで働く人々が、体系的で、慎重で、思慮深い報道を行うこと」による。

 何故災害リスク削減の報道を行うべきかに関し、ガイドラインはあらためて10の理由を挙げている。①「ナチュラル・ハザード(自然の危険)」は増える傾向にあり、今後もニュース価値が高い、②リスク削減は政治問題である(災害が増加すれば、人々は政府にもっと予防対策を行うよう圧力をかけるようになる)、③リスク削減は経済問題である(2010年、災害による損害額は1090億ドルに達した。これは前年の3倍以上である。災害被害はより高額に、かつ長期的になっている)、④人道的な問題である、⑤環境問題である、⑥文化の問題である(2004年12月、インド洋で発生した津波によりアジア全体で25万人が死亡したが、地震の中心地からほんの40キロの位置にあるシムル島では、人口8万3000万人のうちで亡くなったのは7人のみ。先祖代々伝えられてきた、津波を防ぐ手段を講じていたからだった)、⑦ジェンダーの問題である(貧困度が高い国では、女性と子供が犠牲になる確率が高い)、⑧調査報道や深みのある報道に適するトピックである、⑨災害報道という枠を超えるトピックである(災害発生前のリスク、過去の災害による被害などを報道できる)、⑩すべての人が影響を受ける現象である。

―報道のコツとは

 第2章の中で、ガイドラインは編集者や記者に向けて、報道のコツを提案している。

 編集者向けには、「誰が災害報道をするか、社内で方針を決めておく」「災害時の報道体制を考案しておく」「記者1人を災害リスク削減の担当記者にすれば、環境問題担当としても活用できる」「災害の原因を調査するために十分な時間を与える」「災害リスク削減にかかわる知識に投資する、つまり記者を報道研修に出したり、災害地の現場視察をさせる」「国の災害理者と私的な会合を持つ」など。

 記者向けには、「災害発生前に、災害に関する専門家と連絡をつける」「国あるいは地域の情報管理者、災害管理者、政府関係者などと連絡をつける」「常に最新の災害情報を入手する」「地域の過去の災害状況を研究する」「当局が行うであろう災害予防策や緩和策を事前に学習し、災害発生後、報道の準備ができているようにする」「信頼できる科学的知識のみに頼る」「後で継続報道ができるように、災害リスク削減に関する知識を増やしておく」「地域の住民の声を聞く」など。

 ガイドラインはまた、災害発生前後にジャーナリストができることを挙げている。例えば、発生前には、「地域で発生する可能性のある災害の調査を行う」「災害が発生するまで待つのでなく、災害の恐れを能動的に書く」「災害対策の会合などに参加し、災害時に物事がどのように進むのかを経験する」「環境、貧困、温暖化、都市生活のリスクなどの記事を災害リスク削減の記事につなげる」など。発生後には、「事実のみではなく、何故起きたかを書く」、「早期の警告が欠落していなかったどうか」「都市計画、建築物の強度、住民への教育は十分であったか」「政策に不備はなかったか」「何故女性や子供が男性よりも犠牲者になりやすいのか」を書く、「複数の専門家にあたる」「外国で同様の災害が発生したときにどう対応したか」を書く、「発生から時期を経た後で、フォローアップの記事あるいは番組を作る」など。

 さらに、実際の原稿に入れるべき要点を、ガイドラインはチェックリストとして挙げている。

 災害が「どこで、いつ、何故起きたのか」、「予測可能であったかどうか」、「どんな反応があったか」「倒壊家屋の数は」、「病院や学校の倒壊数は」、「土地利用計画があったのかどうか」、「建物は災害に耐えられる構造になっていたか」など。93ページに掲載されているこのチェックリストには、すぐに実践で使えるような項目が満載だ。

―主要災害の分析

 第3章(「4つの災害から得られた災害リスク削減への教訓」)では、インド洋の津波(2004年)、フィリピンのピナツボ火山の爆発(1991年)、米国ハリケーン・カトリーナ(2005年)、パキスタン・カシミール地方の地震(2005年)の被害と原因をまとめている。

 第4章(「自然の危険に関する役に立つ情報」)では、雪崩、干ばつ、地震、洪水、ハリケーン、地すべり、トルネード、津波といった、自然が引き起こす様々な危険状況が何故発生するか、リスク要因は何か、発生しやすい地域はどこか、リスク削減策にはどういったものがあるかを挙げ、関連情報が得られるウェブサイトを紹介している。

 第5章(「災害リスク削減資料」)は災害リスク削減に関する統計情報、データベースを提供するウェブサイト、これまでに発行された災害リスク削減にかんする主要報告書、地域別の専門組織、及び国連及び国際組織の災害リスク削減を担当する広報担当者の連絡先が記されている。

 第6章(「結論:変化の力」)は、あらためてメディアの役割の重要性を述べる。

 継続した災害リスクの削減報道には読者や地方自治体、あるいは政権閣僚からの「抵抗があるかもしれない」。それは「人は変化を好まないものであり、自分たちが意識していない危険を軽視する傾向あるからだ」。しかし、様々な障害があっても、「災害発生の可能性を報道し続けるべきだ」とガイドラインは書く。
 
 1902年5月初め、仏領マルティニーク島のサン・ピエール村の新聞は、プレー火山の危険性を見くびり、島は最も安全な場所だと島民に向かって書いた。5月8日、火山が噴火し、2万8000人に上る島民が命を落とした。

 過去の教訓は、「災害を真剣に考えること」。災害は実際に発生する。しかし、「命を救い、犠牲者の数を減らすために何かができたかもしれない」。災害の真実を発生前に見据え、予防に手を貸すことが、メディアに科された「最大の課題だ」と、第6章は締めくくっている。

 ガイドラインの付録部分には、災害リスク削減のこれまでの歴史(付録I)と言葉の定義(付録II)、そして、「汚職が死者を作る」と題する項目(付録III)がついている。

 「汚職」を災害発生と結びつける人は多くはないかもしれないが、「開発計画の中止、一貫性のない投資決定、建設が途中で止まった道路」「機能していない健康保険制度」などが災害の発生原因となる場合があるという。

 建設工事での汚職が特に多く、「コンクリート用セメントが規定よりも少なく使われていたか、補強材が使われていなかったり、建築水準の調査が汚職によって十分に行われなかったりする」ために、地震が発生したときに、建築物が崩壊しやすくなるといった事態が起きる場合がある。そこで、例えば、どのような過程を経て公的住宅が建築されたのかなど、行政の透明化が災害リスク削減報道の1つのテーマとして浮かび上がってくる。

―意識を変える

 ネパールのあるジャーナリストの読後感が、ガイドラインの最後のページに紹介されている。「災害は神様の業だ、あるいは自然現象だとネパールでは多くの人が思っている。私もその一人だった。このガイドラインを読んで、そんな考えが間違っていたことがはっきり分かった」。

 実際に、筆者自身も意識が変わった。災害リスク削減報道は調査報道にも似ている。何があるかは取材をしてみないと分からない。すぐに結果は出ず、全貌が分かるまでに時間がかかる。しかし、常に「何故こんなことが起きているのか」、「誰の責任か」、「今、何をするべきか」と考えながら、自分を含む国民全員が共有する環境をより良い方向に変えるための、地道な報道なのだ。

 日本では、3・11の東日本大震災発生後、津波に対する防御策が果たして十分だったのか、原発の安全性は神話化していたのではないかなど、活発な議論が生まれている。原発反対デモの様子も報じられているが、逆に考えると、何故今までエネルギー問題や首都圏と地方の経済格差が大きなテーマにならなかったかが不思議でもある。大きな被害が生じたからというだけでなく、自分の身の回りで発生する、あるいは発生するかもしれない事象を地道に継続報道するための指南書として、このガイドラインの利用をお勧めしたい。

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参考資料
ー「異なるレンズを通して見る災害 -すべての結果には原因がある」(国連国際防災戦略)http://www.preventionweb.net/files/20108_mediabook.pdf
国連国際防災戦略 http://www.unisdr.org/
国連国際防災戦略事務局の概要(外務省)http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jindo/pdfs/unisdr.pdf
by polimediauk | 2011-09-01 23:25 | 新聞業界