小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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9.11テロから10年 -どんな本を読むべきか?

 9・11米テロから10年。この間に「テロの戦争」(ウオー・オン・テラー)という言葉も生まれた。

 英メディアでは少しずつ、この10年を振り返る番組が放映されだした。関連本も書店に出るようになった。

 この「テロの10年」を振り返るとき、どんな本や番組がお勧めだろうか?できれば米国の人(学者でなくても、一般市民でも)の見方が知りたい感じがするが、とりあえずは、私が英国で出くわしたものを紹介してみたい。

 まず、「エコノミスト」(最新号)が書評欄で4冊の本を紹介している。
Learning the hard way
http://www.economist.com/node/21528225
(登録者でないとすぐには読めないかもしれないのでご注意。)

 ここでお勧めの本は4冊で、①ファワズ・ゲルゲスが書いた、「The Rise and Fall of Al-Qaeda」、②ロビン・ライトが書いた、「Rock the Casbah: Rage and Rebellion Across the Islamic World」、③シェラード・クーパー=コウルズが書いた「Cables from Kabul: The Inside Story of the West’s Afghanistan Campaign」、④ジェイソン・バークが書いた「The 9/11 Wars」である。

 「エコミスト」によれば、最初の2冊の本の作者たちは、「西欧諸国が、自分たちが介入したイスラム諸国」(イラク、アフガニスタンなどを指すのだろう)を「十分に理解していない」、と主張しているという。

 それを裏付けるのが、③の本。これは私自身も買ったのだが、このクーパー=コウルズさんは、元アフガニスタンの英国大使だった人。そして、「集団思考、つまり、軍事行動で成功を導くことができると考えたことが、過去の10年間の西欧諸国の(イラクやアフガンでの)努力をいかにダメにしたか」を書いているそうだ(私は読みかけ)。アフガンでの大使の生活を赤裸々に書き、米英の政策を批判している。この本はこれまでにも、非常に良い書評がついている。特に政治に興味がある人にはいいかもしれない。

 ④のバークは、ジャーナリストで作家。「アルカイダ」というタイトルの本も前に出している。この本は700ページ(!)という分厚い本らしい。ガーディアンやオブザーバーに記事を書く人で、アフガン、パキスタン、中東を実によく知っている人だ。「エコノミスト」は「テロの戦争」をカバーする良い本だと誉めている。

 この本の中でバークは、アルカイダが、まだなくなってはいないものの、この10年で弱体化したと書いているという。

 イスラムテロなどに強い興味がある人にはいい本なのだろうが、個人的にはどうもマッチョすぎる感じがしないでもないーーと思ったのは、ガーディアンにこの本の一部が抜粋されていて、それを読んだからだ。「9・11テロ。その後、テロの戦争が起きたが、誰が勝利者か、そして負けたのは誰なのかがはっきりしない」とバークは書く。

 そこで何故そうなのかが抜粋で書かれていたが、私が注目したのは、「テロを退治する」という名の下で行われた戦闘で、一体どれぐらいの人が犠牲になったかという箇所だ。戦闘で亡くなった兵隊、その人たちの家族、あるいは民間人などをバークが総合して計算したところ、「少なくとも25万人が殺害された」というのである。(もっと多い人数を出している人もたくさんいる。)

 バークは、9・11テロ以降の戦争(複数)にはまだ名が付いてないが、歴史を後で振り返れば、きっと何らかの戦争名が付くだろうと予測する。そして、この戦争のことは思い出されるだろうけれど、殺害された25万の人々は「思い出されることはないだろう」と書いていた。

―NYでは粉塵を吸って、苦しむ人が増えている

 米国に目をやると、ワールドトレードセンターが崩壊した後、大きな灰色の煙と粉塵が出た様子は私たちの記憶に残っているが、この粉塵=ダストを吸い込んだ人たちが、年を追うごとに病気になっている、というリポートが、先日、BBCニューズナイトで出ていた。ビルが倒壊したとき、窓ガラスが粉々になり、建物に付随した様々な有害物質(例えばアスベスト)などが空気の中に散っていった。これを吸った人が、喘息もちになったり、肺を悪くしたり、その他様々な病気になっているという。そして、その中で出てきた医者が言うには、「今後20年、30年、後遺症で悩む人がもっと出てくるかもしれない」。

 何でも、テロの後、数日ぐらいでNY証券取引所やその他のビジネスがオープンし、これを歓迎する雰囲気があったという。当時、ビジネスを再開しても大丈夫なのだと医療関係者が言ったそうである。しかし、現在、このときの様子を振り返って、ある米医療関係者は「確かに、現地に戻っても問題はなかった」とニューズナイトの記者に答えた。ただし条件があった。「呼吸マスクをつけて、現地に戻ったら、大丈夫だ」。この問題は、これからさらに注目されるかもしれない。

―個人的なお勧めは

 9・11テロの影響をバークさんの本で読むのもいいが、長いし、よっぽど国際政治中毒というか、こういうことが好きな人でないとどうかな、と思う。

 そこで、(これはいつか和訳されるかもしれないので書いておくと)、前にツイッターでも紹介したのだが、「グローイング・アップ・ビンラディン」という本だ。
https://www.amazon.co.uk/Growing-Up-Bin-Laden-Osamas/dp/185168901X/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1315001131&sr=8-2

 これは、オサマ・ビンラディンの最初の妻と息子の1人が書いた本。ともに夫、そして父親としてのオサマの姿を描く。私は覗き見趣味的に読み始めたのだが、読み始めると止まらなくなった。

 「テロの戦争」を理解するのに、オサマという個人の、それも家族が見た姿を知ることは、一体何の役に立つのかー?そう思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、実は大アリだと私は思う。

 例えば、まず、最初はオサマと妻の出会いの話。17歳ぐらいで結婚する。それから、夫婦がどのように会話をするのか、愛情を表現するのか、そして第2の妻をめとりたいとオサマが妻に言うと、妻がどんな反応をしたのか?いろいろ、普通に考えると噴飯もの(女性には人権がないような)のエピソードが満載だ。文化が違うとこんなにも違うのかなとも思う。まあ、女性・妻の扱い方は、国によってあるいは個人によって違うのかもしれないから、これは置いておくとしても、「父」としてのオサマはどうか?

 それを語るのはオサマの息子である。政治活動、そしてテロ活動で忙しくなる父に抱擁をしてもらいたい、遊んでもらいたい、かまってもらいたいと願う子供たち。父に対する尊敬と愛情はものすごく強いのだ。世間ではいろいろ言われていても、やはり子は子。自分たちなりに、父オサマを愛しているのだった。

 しかし、いくつかの事件がきっかけに。書き手の息子オマルは父の元を離れる決心をする。このエピソードはすごくつらい。せっかくなので(邦訳もでると思うので)、この部分は書かないでおきたい。しかし、相当のことがあって、オマルは父の元を去るのである。文学的香りさえ漂う部分である。

 この本を読んで、最も良いのは、テロの首謀者として怖がられたオサマが等身大の人物として伝わってくることだ。日常の具体的な話がポロポロ出てくるし、テロ戦闘員になるためのトレーニングの様子もーー例えばご馳走がツナ缶だったなどーー非常にリアル。結果的に、オサマつまりアルカイダの首謀者に対する幻想が消える。

 アルカイダが一つの流行として広がったのは、オサマ・ビンラディンやそのアイデアに対する強い共感とともに、オサマへの憧れ感があったと思う。オサマはあがめられた存在であったと思う。

 この本を読むと、それが崩れる。アルカイダにシンパシーを感じる人たちに、特に読んでほしい本だ。

 もちろん、ある組織のトップの人が、日常の生活の中でぶざまだったり、格好悪かったりすることと、その組織のイデオロギーの良し悪しは別物だ、(・・・のはずだ)。たとえば、アップルのスティーブ・ジョブズが私生活では(あくまでもたとえだが)、ずるい奴だったりしたとしても、アップルの製品のすばらしさの評価は揺るがない。それに、ある人物のすばらしさを一番分かっていなかったのが、家族だった・・・なんてこともあるだろう。

 そうしたもろもろのことを考慮に入れても、この本はオサマのそして、アルカイダの幻想を崩すという意味で重要な感じがする。9・11テロの直後に(例えば3年以内に)、こんな本が出ていたら、ロンドンテロ(2005年)やほかのたくさんのテロが起きていたかな、と思ったりする。

 

 
by polimediauk | 2011-09-03 07:43 | 政治とメディア