小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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ユーロと英国 ほんの雑感

 欧州の債務危機収拾のために、ブリュッセルで開催されていたEU首脳会議が9日閉幕した。会議の中で、英国・キャメロン首相が「英国の国益を守るために」、「拒否権を発動」し、EU全加盟国27カ国の中で「孤立した」と英国では報道され、昨日から大騒ぎとなっている。

 産経新聞の報道を引用するとー。

EU26カ国で新協定 財政規律強化 英は不参加 
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111209/erp11120919540008-n1.htm

 「欧州債務危機の解決策を協議する欧州連合(EU)首脳会議は9日午後、遅くとも来年3月までに、欧州単一通貨ユーロ圏17カ国のほか、9カ国が議会の承認を得たうえで政府間協定を結び、財政規律を強化することで合意して閉幕した。EU新基本条約の制定は英国の反対で断念した。国際通貨基金(IMF)の支援を仰ぐため、ユーロ圏を中心にまず最大2000億ユーロ(約21兆円)をIMFに拠出する方針だ。」

 「『新財政協定』と呼ばれる財政規律強化策は(1)財政規律の違反国に対して自動的に制裁を発動(2)財政規律を憲法に明記(3)予算案を事前にEUの執行機関、欧州委員会に提出-などが柱。財政赤字を国内総生産(GDP)の0.5%内に抑える方針も示した。」

 「規律強化策をめぐり、ドイツとフランスはEU新基本条約締結を目指したが、非ユーロ圏の英国などが反対した。」

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 昨日、夕方から夜にかけて英テレビ各局のニュースを見ていたが、論点は以下であった。

*26対1になるなんて、これでは今後、英国は孤立してしまう。首相の「国益」とは金融街シティーを守るためだったが、今後はEUから手痛いしっぺ返しを食うかもしれない。EU内での影響力が大幅に低下するのではないか、という大きな懸念。「低下しない」という声もある。

*英国国内の政治動向への懸念。与党保守党内では長年、EUへの(これ以上の)関与を嫌う傾向が根強い。EUから脱退するべきという声も一部にあり、保守党右派の声がさらに強くなるだろう。1990年代のメージャー保守党政権を思い起こさせるという人もいる。同政権の内部分裂の1つの要素はEU嫌い。キャメロン政権も分裂の危機か?現在、連立政権を組んでいる左派系自由民主党の一部の議員が、キャメロン氏を大きく批判。また、野党・労働党党首ミリバンド氏も、キャメロンは「破壊的な決断をした」と表現。

*一方、スカイ・ニュースの「ジェフ・ランドル・ショー」という番組に出ていたのが、ブレア元首相(労働党)の経済アドバイザー、デレク・スコット氏。同氏は、孤立は悪いことではない」と述べていた。今回まとまった、EU側が出す資金というのは「本当に小さい額」であり、「どうせ失敗する」のだから、英国がその失敗に関与する必要はなし、と。「ユーロ経済は成功していなかった。それに参加できないからと言って、嘆くことはない」と語る。保守党のアドバイザーでなく、労働党のアドバイザー、しかもEUシンパとも言える(しかし、政権担当時にはEUに関しては何もできなかったといわれる)ブレア氏の経済顧問の見方であることが面白い。どうせ失敗するというのは「どの国も(負債率などの)数字で、本当のことを言っていない」、「フランスだってあぶないぞ」など。

*「拒否権発動」という表現自体が、そもそもおかしいという見方もある。英国が参加するしないに関わらず、26各国が新協定を成立させるほうに動いているわけだから、「何かを止めたわけではない」(基本条約の改正の動きは止めたわけだが)と。自国が参加しなかっただけである、と。

 私自身は、今回のキャメロン発言をどう評価するか、まだ判断がつかない。今回の首脳会議では、英国のことを考えるというよりも、欧州全体のことを考えて決定するべきと思ったので、他国と足並みをそろえなかったことはショックだったけれども(それも26対1である)。「国益」云々――シティーを守るとかーーという意味さえ、本当かなという感じもする。

 ちなみに、AFP報道によれば(http://www.afpbb.com/article/politics/2845153/8183087)キャメロン首相は英国にとって死活的に重要な金融セクターが守られないくらいなら「外部にいたほうがましだ」と述べたという。「ロンドン中心部にある広さ1平方マイル(約2.5平方キロ)ほどのシティーには、欧州全体の金融サービスの約75%が集中している。英政府は『金融取引税』を課そうという独仏の動きや、金融取引に対する新しい規制の導入に抵抗している」という。

 しかし、本当にシティーを守るためだけだったのかどうか、そして、実際に守りきれるのかどうかについては、コメンテーターの意見は割れている。来年3月に向けて新協定を成立させることを「めざす」といっても、それまでの間に何かが起きるかもしれない。「26カ国」は果たして一枚岩だろうか?いまは英国は「孤立」しているけれど、周囲の状況は変わるかもしれないのだ。

 現在の独仏を主導とした危機打開策はずいぶんともたもたしているように見えるけれども、これはやはり、事実上は「誰も責任を取る人がいない」せいなのかなとも思う。各国の政府があって、その上にある組織だけれど、なんだか実権を持つトップの人がいない感じである。

 それと、これはもう多くの人が指摘しているけれど、今回決まったことは、「現在の危機(つまりはギリシャを含む数カ国の負債問題)を解決する策ではない」こと。市場は少しは今回の合意を評価したようだけれど、「よし、これでユーロ圏あるいはEU圏は大丈夫だな。投資しよう」という決断をさせるまでにはいっていないようだ。

 投資決断をさせるための1つの注目点が欧州中銀ECBの動きと言われる。ECBがもっとドーンとお金を出せばいいのにーーこんな声を英国ではよく聞く。しかし、ECBにはそうする意思が(いまのところは〕ないようである。ない袖がふれないのかもしれないし、「モラルハザード」がいやなのかもしれない。

 あるコメンテーターが言っていたけれど、「これはつまり、加盟国に『ドイツのようになれ』ということだな」と。緊縮財政を実行させ、負債を減少させ、金融規制を厳しくし・・・と。しかし、その国によって国民性や経済のやり方がいろいろ違うのである。

 とりあえずの雑感である。いろいろ面白い論評も出ているのだが、また次回。

参考記事:
英、独仏と亀裂深まる EU首脳会議 ユーロよりシティー(産経)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111209/erp11120920000010-n1.htm
by polimediauk | 2011-12-11 00:15