小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

ウェブサイトからタブレット、スマホに力を注ぐFT,ガーディアン、エコノミスト

 丁度1年ほど前に、「ネットとリアルの切れ目がない」ということを書いたのだけれども、英国では大手メディア(新聞、放送)がネット・メディア化、さらに言えばデジタル・コンテンツ・プロバイダー化している。

 この点は、英国に住んでいるとなんとなく周知のことになってしまい、十分に強調してこなかったような気がする。

 つまり、「BBCが・・・」というとき、「ネットメディアでもあるBBCが・・・」という意味合いになる。ネットメディアと大手既存メディアとが分かれていない。一緒になっている。区分けはある意味ではどうでもいいわけだが、ネットに利用者や広告主が移動しているわけだから、メディアとしてはそっちでもビジネスをやらざるを得ないーそれもかなり積極的に。といって、もちろん、ネットオンリーのメディアがないわけでなく、例えば、ガーディアン・メディア社の一部になっているが、デジタルメディアの話を伝えるペイドコンテントがその1例。

 英国の新聞は紙の発行という意味では斜陽産業なのだけれど、これまでのブランド力とコンテンツを持っているという強みがある。互いとの競争(報道では放送業界との競争もある)はシビアだが、これはいかに早く、利用者が好みのサービスを提供していくかの競争でもある。

―主戦場はウェブサイトではなく、携帯・タブレットへ

 ・・・と見出しを書くと、あまりにも聞きなれた表現になってしまうのだけれども、つまり、かつては、ウェブサイトをいかに利用者にとって利便がよいように充実するかの競争があった。サイトからいかに収入を生み出すかについてもさまざまな議論が起きた。無料、有料、スクープ、「ウェブファースト」、動画、著名コラムニストの充実、グーグル検索に引っかかりやすいような見出し作り、リンク、収益を上げるためにデート・サイトなどの広告掲載など、様々な工夫をしたわけである。勝つための主戦場はウェブサイトであった。

 ところが、もうすでに私たち自身が経験していることだが、メールやニュースを読むのでも、PCを開いて・・というよりも、携帯機器でまずチェックすることが多い。そこで、(言わずもがなだが)戦いは携帯機器の画面上で起きている。

 ・・この点もいままで言われてきたことだし、現時点で新しくはないのだけれど、このところ、「本格的にそうなってきたな」という感がある。「もうウェブは見ない」「携帯機器のみ」という未来が、中高年の人も含め、現実化しつつある。

 ・・・そんなことをひしひしと感じたのは、ガーディアン、フィナンシャル・タイムズ(FT)、エコノミストの動きである(以下、主にペイドコンテントの記事を参考)。

 まずFTだが、昨年6月に提供を開始した、新たな携帯機器専用アプリをダウンロードした人が、現在までに100万人に達したそうだ。FT・コム(FTのデジタル版)の頁ビューの中で、20%が携帯(スマホ、タブレット)を通じてのものだった。PCのウェブサイトから閲読する人よりも、スマホやタブレットを使っている人の方が滞在時間が長く、フィードバックの率も高い。

 このアプリはアイチューンズで購入する形にはなっていない。ロンドンのウェブ・アプリケーション会社アッサンカ(Assanka)が中心となって、独自のアプリを開発したのである。アプリのダウンロード自体は無料である。前に、FTのデジタル担当者に取材したことがあったが、「自前でやる」ことを重要視していた。アイチューンズに入れば、収入の30%をアップルに取られるばかりか、顧客情報も渡してしまうのがいやだ、と。

 今月、FTはアッサンカを買収したと発表した。「FTテクノロジーグループ」の1つに入った。今後、いかに機能的なアプリを提供するかにさらに力が入る見込みだ。これは昔風で言えば、「新聞販売店を丸抱えにした」ということなのかなと思う。(英国には日本のような販売店制度はない。)ちなみに、FTのデジタル購読者は25万人である。

 今度は「エコノミスト」の話である。「フリップボード」Flipboardという、様々なトピックを雑誌のように並べられるアプリ(アイフォーン、アイパッドなど)があるが、これに似たつくりの、タブレット専用の独自アプリの提供を開始した。

 内容は米大統領選に関する情報をまとめたもので、「Electionism」という。これはPCの画面上では見れないので、electionism.comというサイトから、アプリをダウンロードする必要がある。ただ、見れるのはタブレット(アイパッド、ギャラクシー、キンドル・ファイヤー、ブラックベリーのプレイブック)を使った場合のみである。「エコノミスト」の米大統領選挙がらみの記事のみでなく、米議会にかかわる発行物「ロール・コール」からの記事や、ほかのメディアの関連記事、ツイートなどが並ぶ。アプリのダウンロード及び記事の閲読は無料である。

 いかにもアクセスが大きく増えそうなトピックが読めるアプリを「タブレットでしか見れない」つまりPCをすっ飛ばしてしまった点が、今らしい。

 このアプリを作ったのはカナダのソフトウェア・デザイン会社Nualyerで、Presslyというプラットフォームを使っているそうである。

 最後に、ガーディアンだが、タブレット機器用に提供しているアプリは、50万人にダウンロードされたという。実際に利用しているのは28万人(昨年12時月時点)といわれている(ペイドコンテント)。

 現在、閲読は無料だが、13日からは有料(月額9・99ポンド=1,182円)となる。日本の感覚からするとかなり安いように思えるが、いままで無料だったものが有料になるというのは、大きな心理的障害かもしれない。

 13日以降、新規の利用者がアクセスすると、7日間は無料だが、それ以降は有料となる。

 一方、アイフォーン用のアプリの場合は1日に3本は無料で読め、もっと読みたかったら、有料となる(6ヶ月で2・99ポンド、1年で4・99ポンド、米国では無料)。

 しかし、ペイドコンテントのロバート・アンドリューズ記者が指摘するのは、スマホなりタブレットなりで、ガーディアンの通常のウェブサイトを開くと、すべてが無料で読めるので、これが足を引っ張るかもしれない、と。無料と有料が混在する、まことに奇妙な状況となっているわけである。

参考:

Guardian Starts Charging 280,000 iPad Readers From Friday; How Will It Go?
http://paidcontent.co.uk/article/419-guardian-starts-charging-280000-ipad-readers-today
The Economist Tries A Flipboard-Like Election App All In HTML
http://paidcontent.co.uk/article/419-the-economist-tries-a-flipboard-like-election-app-all-in-html/
Electionism
http://www.pressly.com/electionism/desktop.html
FT Buys Its Web App Maker; CEO Ridding’s Memo
http://paidcontent.org/article/419-ft-buys-its-web-app-maker-ceo-riddings-memo/
テレグラフの記事:Flipboard is ready to page the future says Mike McCue
http://www.telegraph.co.uk/finance/newsbysector/mediatechnologyandtelecoms/digital-media/8969325/Flipboard-is-ready-to-page-the-future-says-Mike-McCue.html
「世界初ソーシャルマガジン」アプリケーションのFlipboardが生み出す3つの変化とは?  http://gendai.ismedia.jp/articles/-/955
by polimediauk | 2012-01-11 22:54