英レベソン委員会の公聴会 -新聞の倫理基準を維持する方法について模索
これは、英大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(「NOW」、2011年夏廃刊)による電話盗聴事件の反省を機に、新聞業界の文化、慣習、倫理を検証するために立ち上げられた独立調査委員会で、委員長のレベソン控訴院裁判官の名を取って、通称「レベソン委員会」と呼ばれている。
言論・報道の自由を確保しながら、高い倫理基準を維持するためにはどんな規制・監督が必要なのかを模索中だ。
1月末時点での論点を以下に整理してみた(「新聞協会報」1月31日号掲載分に補足)。といっても、非常にたくさんの論点が出ている公聴会なので、以下は電話盗聴事件に直接かかわる話を中心にまとめてみた。(続報を後で出す予定です。)
―150人超が証言
電話盗聴事件とは、NOW紙の王室担当記者と私立探偵が王室関係者の携帯電話の留守番メッセージを違法に聞いていたことから、2007年、両者が実刑判決を受けた事件だ。
その後、公判で明らかにされたよりはるかに大規模な盗聴だったことが判明し、昨年7月、同紙の廃刊にまで発展した。当初、盗聴行為のほかの犠牲者を警察は捜査しておらず、NOW紙の発行元ニューズ・インターナショナル社と警察との癒着の可能性も指摘された。
昨年11月から本格的に始まったレベソン委員会は、4段階で進行中だ。
第1段階は新聞界と国民との関係や、違法な取材行為に焦点を当て、第2段階は新聞界と警察との関係、第3段階は政界との関係を検証する。報告書の提出が第4段階となる。検証作業は今年9月までに終了し、その後1年以内に報告書を出す予定だ。現在は第1段階の終わりにあたる。
これまでに証言を行ったのは、プライバシー侵害の犠牲者となった著名人に加えて、新聞経営者、記者、編集長、私立探偵、放送業界経営陣、人権擁護団体の代表者など、150人を超える。証言者は冒頭で真実を語ると宣誓することが義務付けられている。証言の様子は委員会のウェブサイトを通じてストリーム放送で視聴できる。動画、証言内容を書き取ったもの、証言者が提出した関連書類は、証言日の翌日にはサイトを通じて視聴・閲読できる。(タイムズやガーディアンをはじめ、英国の新聞の編集長がどんな顔で、どんな話し方をするのかという人間観察や、編集現場の様子など、なかなか面白いです。)
http://www.levesoninquiry.org.uk/
―「公益」とは何か
NOW紙廃刊の直接のきっかけは、昨年7月上旬、2002年に失踪した当時13歳の少女の留守電のメッセージにNOW紙記者らがアクセスし、一部を削除していた、とするガーディアン紙の報道だった。
委員会に召喚された少女の母親は、娘の留守電のメッセージを聞いたところ、古い伝言が削除されていたために少女がまだ生きていると錯覚し、望みをつないでいたと述べた。ところが、ガーディアン紙の報道で、消していたのは少女ではなくNOW紙の関係者であったことを知り、衝撃で「3日間、不眠になった」という(後にNOW紙側は削除については否定。ガーディアンは、「アクセスはしていたが、削除については可能性があるという意味」と事実上の訂正記事を出した)。
ベストセラー小説「ハリー・ポッター」で知られる作家J.K.ローリング氏は、子供を出産後、パパラッチに追跡され、自分の家にいても「人質のような心境だった」と語った。俳優ヒュー・グラント氏は元の交際相手とのけんかがある大衆紙によって報道されたのは「電話盗聴以外に考えられない」と述べた。また、ポルトガルで家族旅行中に失踪した3歳の少女の母親は、喪失した悲しみをつづった日記をNOW紙で公開された時、「プライバシーをひどく侵害された思いをした」と語った。この記事を担当したNOW紙の元記者も召喚され、「掲載は間違いだった」と母親に謝罪した。
しかし、著名人あるいは話題になった人物に「プライバシーなどない」とする大衆紙関係者もいた。元NOW紙特集面担当のポール・マッカラン氏は「著名人を追いかけるのが楽しかった」「プライバシーは悪だ。誰も必要としていない」と述べた。
1980年代に大衆紙サンの編集長だったケルビン・マッケンジー氏も、「プライバシー侵害についてまったく考慮しなかった」「ネタがなければ、『作った』」と述べ、事実関係の信ぴょう性が薄いネタを記事化していたことを示唆した。
数々の証言から浮かび上がってきたのは、情報を得たい人物になりすまして情報を取る行為(「ブラギング」)、コンピューターへの違法アクセス、ネタの売買など、違法行為あるいは倫理上首をかしげるような取材方法が新聞界で広く実施されていることだった(決して、きれいごとではないのだ)。
ただし、高級紙関係者は通常の手段では入手できない情報を「公益のために」取得するため、例外として特殊手段を講じる場合があると説明したのに対し、複数の大衆紙関係者は「公益」を「多くの読者が知りたがっていることにこたえること」であると定義した。
―PCCでは不十分
報道の自由と高い倫理基準とを両立させるには、新聞社によって構成される、英報道苦情委員会(PCC)のみでは十分ではないという点では多くの証人がほぼ一致した見方を示した。PCCは新聞界の監督機関として実質的には機能しておらず、電話盗聴事件の解明にも積極的に関与しなかった。
放送界には、規律・監督機関として情報通信庁(オフコム)が存在し、報道番組は「中立であること」を求められる。放送基準を逸脱すれば、罰金を科す権限も持つ。
新聞界の監督機関の在り方に関しては、「違反行為には罰金を科せるほどの強い権限を持つ、独立規制機関を新たに設置するべき」(フィナンシャル・タイムズ編集長)といった意見や、「規制の法制化は居心地悪い」(タイムズ編集長)、「PCCに調査機能を備えさせ、報道に関する苦情処理は仲裁機関を別に作るべき」(デイリー・テレグラフ編集長)など、さまざまな意見が出た。
自主規制の伝統が強い新聞界では、規制・監督機関が業界の外で発足することへの大きな抵抗感がある。しかし、その結果違法の取材行為が慣習化し、倫理の低下が起きたとすれば、何らかの新たな方法が必要となろう。
BBC経営陣トップ、マーク・トンプソン氏は、1月25日の委員会の証言で、「オフコムによる規制があっても、高い水準のジャーナリズムを追求することは十分可能」と述べたが、「それでも、新聞界にそのままオフコムのような組織を移植してもうまくいかないのではないか」と述べた。
2月中旬から始まる第2段階の調査では、警察と新聞界との関係を解明することを狙う。NOW事件の背後にあるメディアと権力との癒着にメスが入るとすれば、調査は「いよいよ正念場に入る」(ロンドン・シティ大学ジャーナリズム学部教授ジョージ・ブロック氏談)ことになる。