小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

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英戦争写真家たちの会話 「写真は何かを変えたのか?」-帝国戦争博物館で 

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 6日夕刻、ロンドンの帝国戦争博物館(Imperial War Museums)で、世界各地での戦争報道で知られるベテラン写真家ドン・マッカリン(Don McCullin)と、現役の戦争報道写真家たちが、アフガン戦争について語るイベントがあった。「50年間、戦場写真を撮ってきたが、何も変わらなかった」とクールに語るマッカリンと、「戦争の記録を残したい」という若手写真家たちとの違いが色濃く出た夕べとなった。(写真右はマッカリンによる、ベトナム戦争で「シェルショックを受けた米兵」1968年。)

 イベントは、博物館で開催中のマッカリンの写真展(4月15日まで)に付随して行われた。
http://www.iwm.org.uk/exhibitions/shaped-by-war-photographs-by-don-mccullin

私がノートに取ったメモ書きを元に、その雰囲気を再現してみたい。(名前――McCullin――の日本語表記はマッカリン、マッカランの両方あるようだ。とりあえず今回はマッカリンにした。)

 パネリストとして出席したのは白髪のマッカリン、米国出身の戦争写真家ケイト・ブルックス、元英空軍にいたアリソン・バスカビル(両者は「フォト・ジャーナリスト」として紹介されていた)、英領北アイルランド出身のドノバン・ワイル、英軍付属の写真家(アーミー・フォトグラファー)のルパート・フレールであった。最後にそれぞれのウェブサイトを紹介しているので、ご関心のある方は、どんな写真を撮っているのかをご覧いただきたい。

 また、マッカリンについて少々補足すると、イベントでの発言のみをたどるとクールでシニカルな感じがするが、写真展を見ると非常に熱い思いで戦場で仕事をしていたことが分かる。自分の功績を謙遜する、非常に思慮深い人物であることも。

 マッカリンはロンドンで生まれ、ハマースミス芸術工芸建築学校で写真を学んだ。1950年代半ば、英空軍に勤務後、写真家としてのキャリアを積んだ。キプロス島での市民戦争の写真で、1964年、世界報道写真賞を受賞。英国人でこの賞をとったのは彼が初だ。その後、主にオブザーバー紙、サンデー・タイムズ紙向けに紛争地での写真を多く撮った。近年は、戦争報道から離れ、ポートレートや自然の情景、様々な暮らしの写真を撮影している。

―アフガン戦争にはいつ行って、どんな写真を撮ったのか?

マッカリン:私が行ったのはずいぶん前だ。1980年ごろ。当時はムジャーヒディーン(イスラム義勇兵)に面倒を見てもらっていた(*)。自分は友達だと思っていたが、そのうち、こちらの荷物の中身を盗むようになったので、「悪い人なのかもしれない」と思い出した。

(*補足:1970年代末、アフガニスタンは大きな政情不安に見舞われた。78年に軍事クーデターで社会主義政権が樹立し、国名がアフガニスタン民主共和国に変更された。これに対して全土でムジャーヒディーン=イスラム義勇兵が蜂起し、1989年まで続くアフガニスタン紛争が始まった。ウィキペディア参考。)

 まったくばかげたことだが、自分が本当の戦いから故意に隔離されていたことを知らなかったのだ。間抜けなことだった。まともな写真は撮れなかった。お茶を飲んでいる様子などを撮ったりした。自分は写真家として失敗したのだと思う。

 アフガン人は外から来る人を嫌う。たくさん戦士がいるし、戦うことが好きなのではないか。

 私は軍隊の付属(従軍撮影者)にはならなかった。写真家として自由でありたかったからだ。アフガン戦は長い戦いだ。軍の付属になったら、よい写真は撮れない。例えば、負傷した自国の兵士の写真を、もし従軍であったら、撮影できないだろう。

ケイト・ブルックス:アフガンに行ったのは、2001年12月。9・11テロ勃発からまもなくだった。当時、米国はオサマ・ビンラディンをなんとしても捕まえようとしていた。

 2005年にも行った。比較的平和になっていたので、市民の暮らしを撮影した。米国人はアフガンのことに関して無知なので、記録をすることが大事だと思ったからだ。従軍写真家になるかどうかだが、今はそうしないと危険すぎると思う。

アリソン・バスカビル:英空軍に勤務していた時から、写真は趣味だった。記録に取り、目撃することが楽しかった。そこで、ウェストミンスター大学で写真を学んだ。自分は前線に行ったはじめての女性兵士となったが、兵士の人間としての側面を写し出したかった。そこで肖像写真が増えた。アフガニスタンは、戻って探索したくなる国だ。

ルパート・フレール:もともとは爆弾処理を担当していた。前から写真には関心があって、写真撮影をやるようになった。

―若手写真家の話を聞いて、どう思ったか?

マッカリン:戦争では市民の犠牲が出る。軍隊に埋め込まれた形で写真を撮るとき、一緒にいる兵士の攻撃の先にあるものは何か、どこに向かっているのか、そこで何が起きたのかー自分だったら、そんなことを考えてしまうだろう。「攻撃された側に対する懸念は抱かないのだろうか」、と話を聞いていて、思った。

フレール:自分は兵士であり写真家でもあるが、いざとなったら、兵士の部分が先に来る。写真家であっても、軍服を着ているから、市民は怖いという感情を持つようだ。兵士は外から来た人を簡単には信用しない。でも、自分は仲間の1人だから信頼してくれる。アフガン市民の中でも、子供たちは人懐っこい。ペンやチョコレートをあげるからかな?アフガンの言葉は分からないけど、数少ない、自分が知っている言葉に「カラム」がある。これはペンを意味するそうだ。

ドノバン・ワイル:自分は通常、まとまった写真を撮るとき、1年か1年半をかけて仕上げる。その土地を知り、建築物を知る。しかし、アフガニスタンに行ったときは6週間しかなく、時には数日あるいは数時間でカメラの位置を決めなければならなかった。これがつらかった。

 (プロテスタント系住民とカトリック系住民との対立が暴力事件の頻発につながり、英軍が派遣されるに至った)英領・北アイルランドで生まれ育ったので、兵士がいる光景は見慣れていたが、アフガニスタンで戦場に行ったとき、居心地悪く感じた。自分はカナダの軍隊に付属して出かけたが、写真を撮りやすいようにとみんなが協力してくれた。戦争写真は、自分の過去、そして将来の歴史を写しとることだと思う。

マッカリン:近年、戦争写真というと、それ自体が魅惑的なものになっていることが多い。(そうはならないよう)注意しなければならないと思っている。

 戦争写真を撮っても、何も変わらないと思う。それに、アフガン戦争は勝てない戦争だと思う。

バスカビル:私は戦争写真は重要だと思う。何が起きたかを記録に残すことが重要だ。

マッカリン:私はアフガンの将来に楽観的ではない。今、米英がアフガン軍のトレーニングなど、様々なことをしているが、私たちが撤退したら、消えてしまうと思う。西欧が考えるところの民主主義は根付かないと思う。賄賂の習慣が根深い。どんなに犠牲を払っても(兵士が亡くなっても)、アフガニスタンは変化しないと思う。

(会場にいたベテラン写真家からのコメント):9・11テロ勃発の頃、ちょうどニューヨークに戻るところだった。しかし、テロが発生したので、もちろん飛行機はキャンセルされたが、私はニューヨークではなく、アフガンに行くべきだと思った。そこで、13日から14日かけて、パキスタンからアフガンに向かった。

 その後、当時アフガンで政権を担当していたタリバンに圧力をかけて、報道機関を中に入れてくれと頼んだ。そこで、少人数の報道関係者が中に入り、10月、アフガン戦争が始まると、市民の犠牲者の姿を撮影することができた。

 タリバンが私たちを中に入れたのは、もちろん、自分たちのプロパガンダのためだった。レーダーが爆破された場所に連れて行かれた。私たちは、病院に連れて行ってくれ、と頼んだ。そこで運び込まれた人の写真が撮影できた。

―会場からの質問:ここは「大英帝国(=インペリアル)博物館」であるが、これにちなんで、聞きたい。アフガンにいたとき、自分たちが「大英帝国の側から来た人間」と思っていたかどうか。

ブルックス:その言葉の意味をどう解釈するかだが、まあ、「アフガン人は戦うことが好きだから」なんていうのは、とても植民地主義的な考え方だろうと思う。そんなことはない。誰だって平和がほしい。ただ、外国軍が自国を占拠したというスタンスから、こちらを見ていることも事実。

バスカビル:私も同意だ。現状でよいと思っているアフガン人はいない。食べ物や衣類、住む場所など、人間の基本的ニーズを満たしたいと思っている。

フレール:私は英軍の兵士だから、英軍が行くところにはどこでも行く。英軍がやっていることを撮影している。しかし、自分がやっていることはプロパガンダではない。本当に起きたことを撮影している。

 私が撮影した写真をこの博物館で展示して、多くの人に見てもらいたい。私が撮影したことから、何らかの教訓が得られるのかどうか、見てほしい。過去にどこが間違ったのか、あるいはどこが正しかったのか、を。

ワイリー:自分にとって、アフガンに行くことは写真を撮るという仕事をする機会なのだと思う。

―(会場から)軍隊の付属として行くべきかどうか?報道の自由はどうなる?

ブルックス:付属になるかどうか、これは個人のまったくの自由だ。リスクを負えるかどうか。

フレール:軍隊の一部だとしても、アフガン市民との相互交流はある。付属であることは、自分にとっての安全のみばかりか、自分にかかわる人々の安全にもつながる。

マッカリン:写真家としては、そもそもアフガン戦に行くべきかどうか、どんな目的で行くのかを考えるべきではないかと思う。シリアにしてもアフガンにしても、過去50年間、変わっていない。英国人を失うほどの犠牲を払うべき価値があるかどうか、と。

ワイリー:犠牲を払うべき価値があるかどうかで悩むのは実によく分かる。自分は(カトリック系とプロテスタント系の住民の争いが続いた)北アイルランドで育ったからだ。

マッカリン:アフガンに行くよりももっと行くべき場所、撮影するべきものがここ英国にあるのではないだろうか。先日、英北部に行った。貧困度が深いと思った。国内にもたくさん報道するべきことが起きている。

ブルックス:戦争で何が起きたかの記録をとるために、自分としては、写真家は戦場に行くべきだと思う。しかし、マッカリンの言いたいことは理解できる。私はリビアで写真を撮ってきたが、不毛感を持った。撮影の中心は、いつも亡くなった人や葬式の写真だ。これでいいのか、と。何故これを、世界中の人に見せなければならないのか、と。

 戦争は平和をもたらさない。(戦場で写真を撮っていると)感覚がなくなる思いもする。フォトジャーナリストになったのは、何かを変えようと思ったからなのに、と。

バスカビル:私は自分のことを「戦争写真家」ではなく、単に写真家だと思っている。写真は視覚的に純粋だと思う。人々に情報を与えることができる。自分は写真で世界を変えようとは思っていない。病院に行って、犠牲者の写真を撮っても、外に出さないことがある。出しても、みんな感覚がなくなっているので、思ったほどのインパクトを与えないからだ。そこで私は(ポートレートなど)別のやり方で、写真を撮ってきた。

―会場からの質問:写真家として戦場に行って写真を撮った場合と、兵士が写真家でもある場合と、どちらがより真実に近づけるのか?

フレール:その場にいる人間の1人としては、現場にいる兵士・写真家のほうが真実に近づけると思う。兵士たちは外からやってくる人には警戒心を抱く。私は仲間の1人だから。

ブルックス:それは人によって違うだろうと思う。

バスカビル:兵士が写真家だと、確かに近くから撮れる。でも、写し出すのはプロセス(=過程)ではないだろうか。ストーリー(物語)を見せないのではないか。

フレール:兵士であり写真家という役割は、まるでジキルとハイドのように2つの面がある。病院で傷ついた人の写真も撮れるし、どこにでも入れるというのは兵士だから。アフガンの子供にカメラを向けるとき、自分はどちらの側にいるのだろうか?死にそうな人を助けるのか、あるいは撮影をするのか?戦争写真家にはこんなせめぎあいがある。

ーベトナム戦争での写真の役割とアフガン戦での写真の役割の違いは何か?

バークスビル:文化も時代も変わった。米ライフ誌に掲載された、ベトナム戦争の写真は、米国民に大きな衝撃を与えた。そんな写真を今まで見たことがなかったからだ。

 今ではデジタル写真がある。SNSがある。すぐに情報が出る。即時性がある。フィルムに撮った映像を紙に焼いて・・・という意味での写真には、もはや即時性が失われている。

ブルックス:私もそう思う。いまや、多くの写真家は動画を撮っている。また、ベトナム戦争と違って、アフガン戦争は敵が見えない戦争だと思う。

マッカリン:ベトナム戦争で、はだしの少女の写真は強い印象を与えた。最終的に私たちは、ベトナム戦争を終結させることができた。しかし、それまでに多大な犠牲があった。

 戦争とは、誰にとっても勝てないものなのだと思う。

***

プロフィール:

ドナルド(ドン)・マッカリンは76歳。ロンドン生まれで、都会の下層階級の暮らしや戦争報道で知られる。写真展のアドレスを再度挙げると:
http://www.iwm.org.uk/exhibitions/shaped-by-war-photographs-by-don-mccullin
 また、グーグルでDon McCullinで検索すると、撮影写真がどっと出てくる。

ルパート・フレール
http://www.army.mod.uk/news/press-office/16687.aspx#
アリソン・バスカビル
http://www.alisonbaskerville.co.uk/
ケイト・ブルックス
http://www.katebrooks.com/
ドノバン・ワイリー
http://www.magnumphotos.com/C.aspx?VP=XSpecific_MAG.PhotographerDetail_VPage&l1=0&pid=2K7O3R1VT2KC&nm=Donovan%20Wylie
by polimediauk | 2012-03-08 21:26 | 新聞業界