英国の「オープン・ジャーナリズム」の流れ① ―市民ジャーナリズムをよみがえらせる「Blottr」

メディアがインターネットを使うようになった時点で、すでに編集部の外からの声が入ってきたとすれば、この現象は決して新しいものではない。また、英国「だけ」で起きている現象でもないはずだ。最近のソーシャルメディアの活用は、一種の「オープンな」ジャーナリズムともいえるだろう。
しかし、ここに来て、外部参入の度合いを一段と高めるような、いくつか新たな動きが出ているように思う。今回はまず、「市民ジャーナリズムをよみがえらせた」といわれる、ニュースサイト「Blottr(ブロット)」http://www.blottr.com/ を紹介したい。(右上写真は創設者のアダム・ベイカー氏)
2010年夏に始まったこのサイトは、市民の投稿による原稿で制作される、いわば市民ジャーナリズムのサイトである。「市民ジャーナリスト、市民ジャーナリズム」(citizen journalist, citizen journalism)という言葉は、少し前にもてはやされたが、今は英国では下火になったかのような言葉だ。日本でも市民ジャーナリズムによるウェブサイトで大成功といえるものは今のところはないようだ。
Blottr(2011年、英優秀起業賞受賞 http://www.startups.co.uk/2011_4)は、現在、約5000人の登録記者を抱える。ユニーク・ユーザーは200万ー300万人だという。世界中に散らばる記者たちが、自分の目で見た事件を報道する。このブログを読んでいるあなたも、名前や電子メールのアドレスなどを登録すれば、すぐに記事を投稿できる。原稿を書き、自分で満足したなら、「提出(submit)」というボタンを押すと、まもなくしてサイトに掲載される。載るか載らないかで気をもむ必要はない。編集者の手が入らずに、すぐに出るからだ。
Blottrは、編集過程を「共同作業」(コラボレーション)と呼ぶ。数人の編集スタッフやほかの登録記者たちが情報を追加したいと思えば、これもすぐにできるようになっている。あなたの投稿した記事に様々な人の手が入り、肉付けがされて、より充実した記事になってゆく。自分が書いた原稿の一字一句を変えてほしくないと思ったら?そういう人はBlottrへの参加はお勧めできない、とウェブサイトではっきりと宣言されている。
Blottrには英国内で自分が住む都市によって画面を変える選択肢がある。例えばロンドンであったり、バーミンガム、レスター、マンチェスターなど、7都市を選択できるのである。選択すると、その都市でのニュースを中心としたつくりに変わる。また、ドイツ語版、フランス語版もある。将来的には日本語版を作りたいとBlottrは願っているそうである。
ロンドンにあるBlottrのオフィスを訪ね、創設者のアダム・ベイカー氏(37歳)に、創設の理由と実際にどのように運営しているのかを聞いてみた。
―何故Blottrをはじめようと思ったのか?
ベイカー:まず、自分はニュースが大好きだということ。しかし、ニュース業界が向かっている方向に大きな不満を抱いていた。例えば、ある新聞社はウェブサイトを有料化したり、編集人員を削減したり。新聞を広げれば、トップになる記事は大体同じようなものだし。どの新聞もそれほど変わらない。
ニュース中毒としては既存の新聞を読んでもあまり価値がない。毎日、わくわくして読む感じではなくなっていた。その一方で、テクノロジーがどんどん発展し、カメラつきの携帯電話やスマートフォーンを持っている人が増えているし、どこからでも情報を発信できる時代になってきた。
そこで、実際に現場にいる人が自分で目撃したことを伝えれば、これほどパワフルなことはないし、ニュースを収集し、報道するやり方としてはすばらしいことになる、と思った。
2001年の9・11米国大規模テロのとき、大手報道機関が現場に行って、状況を伝えるまでにものすごく時間がかかったことに驚いてもいた。発生現場には何百人もの人がいて、自分でカメラや携帯で現状を撮影していたのに、と。
実際に現場にいる人が送るニュースには迫力があるし、市民が市民のために作るニュースのサイトを作ろうと思った理由は、こういったことだった。
―構想からスタートまではどれぐらいの時間がかかったのか?
構想は2010年の初頭で、サービス開始はその年の夏だ。
―設立資金やスタッフはどうやって集めたのか?
いくつか会社を経営していたが、2007年にその1つを売却した。このときの資金を使って、別のプロジェクトで一緒にやったデベロパーとで立ち上げたんだ。幸運だった。一旦サービスが開始となってからは、もっとデベロパーを雇ったよ。今は社員は自分も含めて9人だ。
―新しいサービスを開始するということをどうやって広めたのか?
検索エンジンにひっかかるような工夫をしたよ。サイトを探してもらえなかったら、もうアウトだから。ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアが特に役に立ったね。
―現在、登録者が5000人で、200万人余のユニーク。ユーザーと聞くが、今後は?
今後1年で、その倍にしたい。
ー収入の内訳はどうなっているのだろう?
広告や企業やブランドのスポンサーシップ、それに「ニュースポイント」*(後述)というテクノロジーをほかの企業に販売している。
―投稿者は何を目的で Blottrに記事を書くのだろう?
基本的には自分の記事が出版されたのを見たいからだろうと思う。特に、かなりユニーク・ユーザー数が大きくなっているので、インパクトは増している。自分が興味を持ったことについて書き、ニュース記事を作る場をBlottrは提供している。参加したいという人は多い。
具体的には、事件が発生している現場にいた市民、ジャーナリズム専攻の学生など。後者は履歴書に記事の出版経験があると書き込むができる。あるいは、すでにブログなどで情報を発信している人、人に話したいような意見を持っている人など。ブログを書いていても、Blottrに記事が出れば、ブログへのアクセスも増やせる。
サイトの記事は無料で読めるし、投稿者も原稿料は無料で書いている。多くのニュース・サイトが失敗したのは、原稿を書いてお金を稼ぐプロのジャーナリストに、無料で書いてもらおうとしたからじゃないかな。
―どうやって、「ニュース」記事を生み出しているのか?投稿登録者の数は確かに多いが、いつもいわゆる「事件」に遭遇するわけではないはずだ。
確かにそうだ。いつも事件に出くわすわけではない。事件が発生しそうな場所にいつもいるわけにもいかない。サイトが最終的に狙うのは、登録記者が事件の現場からニュース原稿を送ることだが、いつもそういうわけには行かないから、アクセスが増えるような記事を出すことに力を入れざるを得ないときもある。でも、ニュースといえるような事件に関する報道をしてゆくことで、読み手でもある投稿者が、「これなら自分でも報道できる」と思ってくれて、実際にそうするようになる。
最初はそうではなくても、この次、外に出かけたときに、投稿しようと思うようになる、というわけだ。書いてくれる人の多くがなにかしらの事件に遭遇してすぐにレポートするけれど、その人たちも、最初の頃は事件というよりも、自分に関心があることから書き出す、というパターンだ。
―「こういう事件があるから、ここに行ってくれ」と編集部から投稿記者に指示を出すことはないのだろうか?
基本的にはない。しかし、例えばこんなことがある。シリアでは今内戦状態になっている。そこで、編集スタッフはまず、シリアに関する情報を集めて、原稿が入ってくるのを待つ。
ある人がシリアの現状に関するとてもよい原稿を送ってきたとしよう。編集チームはその人に連絡をして、もっと送ってくれとか、周囲の状況を聞く。「誰かほかに現場にいて、レポートしてくれそうな人を知りませんか?」と聞くこともある。ほかにも投稿記者が見つかれば、現場で一種のチームが結成された感じになる。編集作業を重ねることで、充実した記事が出来上がってゆく。
―記事の信憑性はどうやって確保するのか?
その点については、私たちも気を使う。出版する記事が事実の面で正確であるように、注意を払っている。アルゴリズムを使って、その書き手のほかの利用者に対する影響度や、書き手自身についてのこちらの情報を分析する。どれぐらい私たちはこの書き手のことを知っているのか、前に書いたことがあるかどうか、投稿の内容を裏付ける写真があるかどうか、動画はあるのか、何人がこの原稿の編集作業に関与しているのか?こうした細かい点をすべて網羅して、「よし、この書き手は信頼できるし、この投稿も信頼に足る内容だ」と言えるようになる。
―原稿を書いて、「投稿」ボタンを押すと、すぐにサイトにでてしまう。これでどうやって原稿の質を確保できるのだろう?文法上の間違いがあったらどうするのか?
利用者たちが内容を直してくれる。利用者同士の共同作業になっている。利用者には原稿を送るだけでなく、ほかの人の原稿にも手を入れて、編集したり、情報を新しくしたりしてもらっている。編集チームもいるので、文法の間違いがあったら、すぐ直せる。また、内容が中傷あるいは卑猥なものであった場合には、すぐに取り下げる。
―サイトの記事には、「xxxによると」という表記がないようだ。例えばBBCによると、という表現がない。
確かにそうだ。これは重要な点だ。例えばBBCのウェブサイトを見ると、記事の中で、「AP通信によると」という表記がある。これは、BBCが現地に行っておらず、AP通信の記者がいたので、「AP通信によると」という表現になる。
Blottrでこれがないのは、書き手が実際に現場にいるからだ。だからほかの媒体を引用する必要がない。
―登録の際の個人の身元確認はどこまでやるのか?
登録にはまず名前と電子メールのアドレスが必要だ。メールアドレスはあなたが人間であることを証明し、こちらで連絡を取る場合に必要だ。これ以上はなしだ。
―仮名を使ってもよい?
かまわない。例えば「エルシド」という名前の書き手がいる。非常によい原稿を出す書き手だ。ほかにも仮名の利用者がいる。書き手の本名にはこだわらない。よい原稿を書けるかどうかが決め手だ。
―英メディアを変えているという気持ちはあるか?
そう思いたいね。最初は知名度を高めるのに苦労したが、次第に、まじめなニュースサイトであること、ほかのニュース媒体より先にニュースを発信していること、ジャーナリストではない書き手が報道を行っているなどが理解されてきた。ニュース界を変えつつある。Blottrの規模がメインストリーム(大手)と言えるほど大きくなったら、市場が変わるだろうね。既存のメディアは古臭い方法でニュースをリポートし、制作している。Blottrは、人々が自分たちで目撃し、リポートしたニュースを掲載する。
―将来は?
もっとアクセスを拡大することと同時に、今後1年で、さらに海外版を増やしたい。例えば1つはほかの英語圏で、それから、できれば日本語でも始めたい。
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関連:
Newspoint(ユーザーが作ったコンテンツをブログやサイトに組み合わせるテクノロジー)
http://newspoint.biz/
「欧州ジャーナリズムセンター」の記事
http://www.ejc.net/resources/featured/blottr1/