小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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「英国メディア史」の書評・レビュー紹介 -その2-

 以前に一度、拙著「英国メディア史」の書評を集めたエントリーを出しました。

http://ukmedia.exblog.jp/17371520/

 少し時間がたったので、集まってきたものを紹介します。

①まず、アマゾンにいくつか、書評が出ています。2番目のほうは最近のエントリーのようです。

 「英国メディア史」のページ
http://www.amazon.co.jp/%E8%8B%B1%E5%9B%BD%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E5%8F%B2-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E9%81%B8%E6%9B%B8-%E5%B0%8F%E6%9E%97-%E6%81%AD%E5%AD%90/dp/4121100042/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1335181535&sr=8-2

 この方の書評もそうですが、様々な「ここは指摘しておきたい」「こうすればよかった」という点は、書き手としても、「そうだったなあ」と思えることが多く、非常に参考になります。(これを読まれた方も、よかったら、感想などお待ちしています。)

②日本生活情報紙協会(http://www.jafna.or.jp/)が制作しているフリーペーパーの機関紙「JAFNA通信」2月号での紹介記事の抜粋です。

 冒頭で小林さんは、「実は、英国でも米国そして日本同様、新聞の発行部数は低下の一途をたどっている。それでも、毎朝、駅構内の新聞スタンドに無料朝刊紙『メトロ』がうず高くつまれており、これを一部手にとって電車に乗る人が多い。帰りにはこれも無料の『ロンドン・イブニング・スタンダード』でその日のニュースが読める。電車に揺られながら新聞を読む、これが長年のロンドン近辺在住者・通勤者の習慣になっているのだ・・・」とロンドンの地下鉄の一コマを紹介している。
(中略)

 
 15世紀までさかのぼるメディアの歴史と移り変わりが全貌できるほか、「スウェーデンからやってきた無料紙『メトロ』」「ロンドン無料紙戦争」などの項目もあって、英国のフリーペーパー史と最新事情も分かる一冊となっている。



③月刊誌「GALAC」4月号に掲載された、隈部紀生(くまべ・のりお)さん(報道、ハイビジョン番組制作を担当し、BBCにもいたメディア・ウオッチャー)の書評です。(GALACは放送批評懇談会の出版です。http://www.houkon.jp)

『英国メディア史』小林恭子著

 本誌に英国メディアのホットな話題を寄稿している、在英のジャーナリスト小林恭子が『英国メディア史』を出版した。書名は学術書を思わせるが、著者自身が意図したようにエピソードで綴る英国メディアの歴史物語である。

 印刷機が英国に導入されてまもなく、「ニュース」の刷り物が登場するが、宗教と政治による厳しい検閲が続き、議会審議を報道する権利が確立したのは一七七一年だったことを教えてくれる。八五年に現代日刊紙のはしり『タイムズ』が創刊され、十九世紀はじめにはクリミア戦争で初の外国特派員が戦争の現場を生々しく伝え、その記事を見たナイチンゲールが看護を志願するというエピソードが綴られる。

 二十世紀になるとBBCが登場して、スエズ動乱のときに政府の圧力の中で報道の独立を守った有名な歴史が語られる。同時に、新聞社がスキャンダル関係者に高額を払って手記などで暴露をする小切手ジャーナリズムの風潮が繰り返されたことも指摘する。

 そのメディア界にマードックが登場して、最近、電話の盗聴問題で廃刊になった『ニューズ・オブ・ザ・ワールド』を買収し、競争に勝つために次々に新聞街の常識を覆し、衛星テレビ放送を始めて、メディアは多様化から乱戦になったが、インターネットの登場でまた新しい時代を迎えている。

 断片を紹介すると無味乾燥になるが、著者の筆致は人物を中心に平易な文章で、英国在住の実感を交えていきいきしている。欲を言えばインターネットで誰でも情報を発信できる時代のメディアについて、利用者の視点から詳しく触れてほしかった。


④ブログ「After the Pleistocene」3月1日掲載分 http://addfield.jugem.cc/?eid=812 に公開されていた書評です。

 
「英国メディア史」
 
 惜しげもなく裸体を露出したモデルの写真をトップに掲げるイギリスタブロイド紙が、イギリスのジャーナリズムを牛耳っているとは思いたくないが、ここに至るまで実に激しい競争が繰り広げられたということが、この本で改めて理解でき面白かった。タブロイド紙の興亡については、山本浩の『仁義なき英国タブロイド伝説』が詳しいが、英国メディアの流れ全体を概観するにはこちらの方が良い。

 「新聞の運営は最高におもしろい。」と、大衆紙『デイリー・エクスプレス』等を買収したリチャード・デズモンドが語るように、オーストラリアのマードックやロシアのレベジェフなどの富豪が次々イギリスのメディアを支配した。デズモンドはポルノ雑誌で財をなし、レベジェフはロシアの元KGBだった。マードックは「『セックス、スキャンダル、スポーツ』にさらに『もっとセックス』の路線で、『サン』を英国で最も売れる新聞にしようと決めた。」

 ダイアナ妃の悲劇もいわば過激なマスコミの競争の結果であったとも言えよう。これでもかと云えるほど王室のスキャンダルを暴き、政治家のゴシップ・下ネタを探す姿勢は『赤新聞』そのものだが、イギリス階級社会の歪んだ姿を反映するかもしれない。ジャーナリズムも『小切手ジャーナリズム』と言われるほど情報を金で買い、私立探偵を雇い盗聴まで仕掛けるとなると明らかに行き過ぎである。

 杉山隆『メディアの興亡』によると、ある一定部数を一新聞が発行するなら、購入読者からの購読料は不要になる、すなわち掲載する広告料が十分入ってくるから、読売、朝日、日経新聞などは紙価を只にすることが可能である、と推定できる。いまロンドンでは巷に無料紙が氾濫しはじめた。スマホなどの通信機器がますます伸びるなら、いやでも応でも既存の新聞は変わっていかねばならないだろうと予感する。

 イギリスでは国政選挙の際は、ほとんどの新聞は支持政党を明らかにする。この本に敢て注文をつけるなら、もう少しジャーナリズムの意向が政治の動向にどのような影響を与えたか、あるいは与えられなかったか、サッチャーやブレアの政権の末路で子細に語って欲しかった。イギリス世論とジャーナリズムの論調との比較を見たい。それにしても日本のジャーナリズムは静かなものではないか。福島原発の危機の時、誰がメルトダウンの発生を正確に予知したか?


⑤最後に、新聞通信調査会(http://www.chosakai.gr.jp/index2.html)が出している「メディア展望」の1月号に掲載された、東洋英和女学院大学名誉教授で元毎日新聞ロンドン支局長黒岩徹氏による書評です。

 ジャーナリストから大学教師になって、ジャーナリズム論・史を教えたとき最初、手応えを感じなかった。取材するのは面白いが、ジャーナリズムについて書いたり語ったりするのは、なぜか力が入らなかった。戦争、革命、政変など歴史的事件の渦中に立って血のたぎる思いをしたが、平穏な日々に歴史をひも解いても興奮することはなかった。

 だが、それでは理解が足りないと気付くまでに時間はかからなかった。歴史家の言葉や歴史書のあちこちに、史上の人物の悲喜劇、人間ドラマが顔を出していたのだ。それを見つけたとき興奮を覚えた。より深く事件の深層に迫るという知的興味を感じたのである。その象徴的例が、この『英国メディア史』である。

 新聞・雑誌が「プレス」(押すの意)と呼ばれるようになったのは、15世紀に押して印刷する印刷機がロンドンのウェストミンスター寺院の一隅に設置されて以来のこと──と著者は英国の印刷術が新聞・放送に発展していく道程を細かく追っている。

 『ロビンソン・クルーソー』の作家ダニエル・デフォーが小説を書く前にジャーナリストとして活躍。「自らが現場に出かけて当事者から話を聞く」という姿勢で、後に英ジャーナリトら話を聞く」という姿勢で、後に英ジャーナリズムの父と呼ばれるに至った、という興味ある歴史的事実を幾つも拾っている。

 著者が鋭く指摘しているのは、英ジャーナリズムの歴史が常に権力との戦いだったことである。デフォーでさえ英国教会の一派やトーリー派(保守的な政党派)を批判したかどで逮捕されて罰金を科され、さらし台に立たされた。

 1762年に週刊新聞「ノース・ブリテン」を発行し始めたジョン・ウィルクスは、6年後に国王を誹ひ謗ぼうする文書を作成した罪で監獄に収監された。その釈放を求めた市民と政府軍が衝突し、政府軍の発砲で10人近くの市民が命を落とした。以来、新聞が大衆を巻き込んでキャンペーン運動を展開する端緒となった。

 こうした戦いの上に現在の英国ジャーナリズムがある。だから英国人記者の当局に対する追及の仕方は厳しい。権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する──との歴史学者ジョン・アクトンの言葉を信じているからだろう。

 19世紀から20世紀初頭にかけて「エコノミスト」「デーリー・ミラー」「デーリー・メール」「デーリー・エクスプレス」が発刊され、大衆紙全盛の時代へと突入する。デーリー・メールは英仏海峡を最初に泳ぎ切った人や、海峡横断飛行を実現した操縦士に賞金を出すイベントを実施、部数拡張を図った。デーリー・ミラーも路上音楽家たちのコンテストを開いたりして新聞の売り上げを伸ばした。現在の日本の新聞でさえ、このイベント開催の伝統を継承している──こうした興味深いエピソードが豊富だ。

 著者はBBCの変遷もじっくり追っている。その歴史で特徴的なのは新聞との大きな違い──中立か、特定の政党に偏るかである。

 新聞は事実報道だけでなく主張を掲げ、支持政党を明確にしてきた。今でも英国の新聞は総選挙の際に、どの党を支持するかを明らかにする。

 しかし、BBCはラジオ時代からのゼネラルマネジャー、ジョン・リースの強いリーダーシップもあって、「不偏不党」を貫いてきた。フォークランド諸島をめぐる1982年のアルゼンチンとの戦いの際、ロンドンで報道していた筆者はびっくりした。BBCが敵国アルゼンチンの軍人から意見を聞いて、その主張も放映したのだ。英政府・議会から非難されたが、これも自国の関わる戦争といえども中立的報道を心掛けるという姿勢からだった。

 著者が最後に出会ったのは、記者による盗聴事件である。「チェック(小切手)ジャーナリズム」(=金で情報を買うやり方)が極端化し、携帯電話の盗聴によって情報を手にするジャーナリズムが現れた──と英ジャーナリズムの暗部をも冷静に描き出している。(終)

by polimediauk | 2012-04-23 22:07