予算縮小の大波にもまれる、英BBC② 今後の課題は?
ー今後は?
現在のBBCの会長(企業では最高経営責任者にあたる)マーク・トンプソン氏は、パラリンピック終了後に退任することになっている。
次の会長となるジョージ・エントウイッスル氏(現在、「BBCビジョン」というテレビ部門のトップ)は、どんなBBCを作るだろうか?
BBCのメディア専門記者トーリン・ダグラス氏は、BBCニュース・サイトの7月4日付コラムの中で、新会長の課題を数点、挙げている。
①「幅広い視聴者のニーズを満足させる、かつ質の高い番組を作ること」
②「大幅予算削減にもかかわらず、レベルの高い番組を成功させること」
③「2017年以降の新たな特許状取得に向けて、準備を開始する」
④「急速に動く世界中のメディアおよびテクノロジー企業との競争の中で、今後5年間で重要となる技術に向けて歩を進める」
⑤「目減りする受信料収入と増大する商業部門からの収入とのバランスをどうするか」
⑥「世界の放送業界やテクノロジー企業から生え抜きの人材を雇用することが必要であるのに、BBC幹部の給与がトラストなどの判断で下がるばかりの現状をどう考えるか」など。
②の大幅予算削減だが、ダグラス氏はBBCの縮小策は「実質20%の削減」に等しいと見る。これではレベルの高い番組は作りにくくなるという。実際、年次報告書に目を通すと、いかに削減できたかの部分が前面に出ており、「ではいかにして、資金と人材が少なくなっても、より質の高い番組が制作できるか」の部分がほとんど見受けられなかった。
「歯を食いしばって、がんばれ」とでも言うかのような報告書の文言に、筆者は将来のBBCの創造性に一抹の懸念を感じた。
これは⑥にも関連する。「前任者の給与が高すぎた」という見方もできるが、トンプソン現会長よりも十数万ポンド低い給与で会長職を始めるエントウイッスル氏。いくら公共放送とはいえ、どこまで下に行くのかと心配にもなる。
デジタル放送にますます力を入れるBBCが、例えば米グーグルなどのネット大手からトップクラスの人材を投入することが給与面の縛りからできないとすれば、最後には受信料支払い者、つまりは国民にとっても不利になるのではないか。
⑤で指摘された商業部門の成功は、競合他局からの羨望と批判の的だ。
改めて、BBC全体の構成を収入面から見てみよう。
事業収入は41億500万ポンド(約5159億円、9月1日計算)。内訳は国内公共サービス(主に受信料収入による)が36億600万ポンド、ワールドサービス(主に政府交付金、14年からは受信料収入でカバー)が2億7700万ポンド、商業活動収入(出版、番組販売など)が2億2200万ポンドだ。国内公共サービスが受信料凍結のために規模を縮小せざるを得ない一方で、商業活動は順調に売り上げを伸ばしている。
商業活動はBBCの国内サービスの資金作りの1手法として使われており、BBC本体への「戻し」金額(2億1517万ポンド)は前年よりも18・5%増えている。受信料収入総額と比較すると微小だが、さらに拡大して行くようだと英放送業界で規模の面では最大のライバルとなる衛星放送BスカイBを含む商業放送からの批判がより高まるだろう。
その一方で、いつまで続くか分からない受信料体制が崩壊したとき、BBCが将来的に自力で収益を出す道を余儀なくされた場合、世界の市場を相手にしたビジネスがBBCの生き残りを可能にするかもしれない。
今後の数年間で、議論に上ってくるのは受信料体制がいつまで続くかであろう。
前回も、特許状更新までの時期に、「受信料制度はもう必要ない」「有料契約制度で十分だ」という声が出た。「BBCの番組をほとんど視聴しないのに、なぜ受信料を払うのか」という不満だ。
―有料購読制は実現するか?
BBCが受信料制度を捨てて、有料購読制に切り替える日がいつになるのかは不明だが、アイプレイヤーの成功や五輪のデジタル放送で、BBCはほかを寄せ付けないブランド力を示した。「BBCなら、有料購読してもいいから番組を見たい」-そんなファンが英国内外で増えているとしたら、受信料制度が無くなってもBBCは確実に生き延びるだろう。
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―BBCにかかわる近年の動き
2007年:BBCトラスト、発足。新たな特許状(=「BBCチャーター)、活動協定書が発効。10年間有効。
4月:テレビ受信料のインフレ率との連動終了。
2010年5月:保守党、自由民主党による連立政権、発足
9月:ライオンズBBCトラスト委員長が任期満了後の辞任を表明。トラストが受信料の2年間の凍結を申し出る。
10月:政府が財政緊縮策の下、公的サービスの大幅削減を発表。10年時点の受信料を16年まで凍結することに。
12月:BBCの今後の戦略を決定するため、BBCトラストが「質を最優先する」と名づけた見直し作業を開始。
2011年1月:トラスト委員長がBBCの費用体系の見直し作業「質を優先して届ける」を経営陣に正式に依頼する。
5月:パッテン卿がBBCトラストの委員長に就任。
10月:経営陣が費用体系を見直すための提案書を出す。5年間で20%予算削減、2000人削減など。意見募集を開始(12月、募集期間終了)。
2012年1月:トラストが費用体系見直しについての中間報告を提出。トンプソンBBC会長の辞任の噂が流れる。
3月:トンプソン会長が秋の辞任を発表。
5月:トラストが最終報告書を発表する。
7月:BBCビジョンの担当役員エントウィッスル氏が次期の会長就任に決定。2011-12年度の年次報告書発表。
(資料:BBC)
―欧州諸国の受信料は?
年次報告書に記載されていた、欧州各国の受信料(2011-12年)は、
スイス*が317.7ポンド(約3万9500円、9月1日計算)
ノルウェー*が277.94ポンド
デンマーク*が264.27ポンド
オーストリアが231.14ポンド
フィンランドが210.7ポンド
スウェーデンが194.58ポンド
ドイツが180.22ポンド。
英国は145.50ポンドで、これより低いのがアイルランドの133.65ポンド、フランスの104.41ポンド、イタリア*の93.55ポンド、チェコの52.48ポンド。
「*」の数字は付加価値税分を含み、1ポンド=1.20ユーロとして計算されたものだ。
―BBCの受信料の使い道
年間145・50ポンド(約1万8700円)の受信料は、月計算にすると、何にどれだけ使われているのだろうか?
BBCの年次報告書によると、テレビに7.45ポンド(61%)、ラジオに2.04ポンド(17%)、オンラインに0.6ポンド(5%)、その他が2.04ポンド(17%)。
(新聞通信調査会 http://www.chosakai.gr.jp/index2.html が発行する「メディア展望」の筆者原稿に付け足しました。)