小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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英国で人気のテレビ番組「ダウントン・アビー」の裏舞台 -本当の持ち主の素顔とは?

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 日本ではそれほど話題になっていないようだが、英米で大人気となっているのが、英国製時代物ドラマ「ダウントン・アビー」。20世紀初頭の英国の大邸宅を舞台に、伯爵一家の人間模様を描く。

 これまでに英国では民放ITVでシリーズ1、シリーズ2、クリスマス・スペシャルが放映されており、9月16日からは、シリーズ3の放映が始まった。

 ちなみに、日本では映画専門の「スターチャンネル」が放映しており、日本語でウェブサイトを作っている。http://www.star-ch.jp/downtonabbey/  

 この中に、私も英国から見たこのドラマの魅力を書いている。
http://www.star-ch.jp/downtonabbey/essay.php

 10月から、シーズン2がこのチャンネルで放映されるという。私は原稿料はいただいたが、宣伝料をもらっているわけでないのだが(!)、広く視聴できるようにならないかなあと思っている次第だ。

 今回、紹介したかったのが、先日、このドラマの舞台になっている大邸宅=ハイクレア城 Highclere Castle (英南部ハンプシャー州)を訪れたときの話だ。「舞台になっている」というのは、ダウントン・アビーはここで撮影されているのだ。

 一度でもドラマを観たことがある人は、見事な邸宅の建物、広々とした庭にため息をもらしたことがあるかと思う。ここは現在、実際には、カーナヴォン伯爵夫妻が住んでいる。そして、一部を一般に公開しているのだ。

 フィオナ・カーナヴォン伯爵夫人が伯爵(第8代目)と結婚したのは1999年。8年前から息子とともにハイクレアに住んでいる。

 「歴史にとても興味がある」というフィオナ夫人は、第5代目伯爵夫人アルミナ(1876 – 1969)の伝記を、この夏出版している(「アルミナ夫人と本当のダウントン・アビー」Lady Almina and the Real Downton Abbey)。

 その中身を少々紹介すると、遺産相続、恋物語、貴族と召使の関係、20世紀初頭の時代の移り変わりを華麗に描くドラマ「ダウントン・アビー」だが、ハイクレアには邸宅がロケ地として使われているばかりではなく、共通点もあった。

 それは、ドラマ(シーズン2)では第1次世界大戦時、傷ついた兵士たちの回復場所としてお屋敷が使われるが、実際に、アルミナ夫人の主導の下、ハイクレアは兵士たちの休息場所となったのである。

 また、このアルミナ夫人というのが独特のバックグランドの持ち主だ。彼女は18世紀から欧州各地で銀行業を営んできたロスチャイルド家に生まれたアルフレッド・ド・ロスチャイルド(イングランド銀行のディレクター)の隠し子であった。

 アルミナがカーナヴォン家に嫁いだのは19歳。多額の持参金を持っての嫁入りとなった。当初は伯爵家になじめず、つらい思いをしたが、次第にそのウイットやファッション・センスで人気を得るようになったという。ハイクレアで開催される晩餐会には90人ほどのゲストが呼ばれ、盛況を博した。

 しかし、1914年、第1次大戦が勃発。これをきっかけに華やかなハイクレアの生活にも影が落ちる。何世代もハイクレアで働いてきた使用人、その家族らが戦場に向かい、命を落とす、回復できない傷を負うなどの事態が生じた。

 アルミナ夫人は夫を説得して、ハイクレアを傷病兵の癒しの場として提供するようにしたという。また、熱心なアマチュアのエジプト考古学者であった夫を現地探検へと後押しをしたのもアルミナであったという。

 カーナヴォン卿は、古代エジプトのファラオ・ツタンカーメンの王墓発掘の資金提供者として知られている。1922年、英考古学者のハワード・カーター、自分の娘のイーヴリンともにエジプト入りし、ツタンカーメン王の墳墓を開くことに成功した。(ちなみに、カーナヴォン卿は発見から数ヵ月後に病死。)

 現カーナヴォン伯爵夫人のフィオナさんは、ハイクレア城に残されたアルミナにかかわる資料、第1次大戦前後の生活を伝える写真などを元に、「本当のダウントン・アビー」の姿を浮かび上がらせた。

 さて、在英ジャーナリスト団の一員として、実際にハイクレア城を訪れたときの話である。

 ハイクレア城にバスが近づくに従い、ドラマの大邸宅が眼前に姿を現す。バスを降りて、外に出て見ると、ハイクレア城は実に大きい。そして、その真向かいの緑の芝生は本当に広い。思わず、はるか遠くまで歩いて見たい思いにかられる。

 ドラマでは召使たちがずらりと立ち並ぶ圧倒的な場面を提供してくれた入り口で、待っていてくれたのはフィオナ夫人である。カラフルなシャツと真っ青のジーンズ。「ようこそ」。

 ドアから中に入り、小ぶりの待合室に入る。隣はドラマの主人公グランサム伯爵の執務室・ライブラリーである。この執務室、ドラマでは非常に広々と見えたのだが、意外と小さい。テレビカメラを通すとものすごく広々と見える邸宅内部だが、一つ一つの部屋は割りと小ぶりである。これが逆に、実際に家族が暮らしていたことをしみじみと感じさせる。

 フィオナ夫人は、ハイクレア城の簡単な歴史とアルミナ夫人の経歴、アルミナの夫カーナヴォン卿のエジプト考古学にむけた情熱について話してくれた。ツタンカーメンにかかわる資料が邸宅内にあって、生徒たちが学習のために訪れることもあるそうだ。

 その後は、ガイドさんの案内とともに、邸宅内をじっくりと見て回った。ドラマの登場人物のそれぞれの部屋も、撮影セットそのままに再現されていた。

 最後に、応接間のようなところに集まって、改めてフィオナ夫人がアルミナの生涯や、テレビドラマの撮影について話してくれた。

 邸宅内にあるのは「あまり映りのよくない、小さなテレビが1台のみ」という。それでも、ドラマの放映時(2010年に最初のシリーズ開始)には、テレビの前に座って、「とても楽しく鑑賞してきた」という。

 撮影は朝から晩まで、一日中かかることがあり、カメラの位置の具合で壁にかかっている絵画を動かしたり、ソファーの位置をずらしたりなど、とても大掛かりな仕事になるという。

 こんな話を聞いている間、報道陣からのカメラのシャッターが途切れなく続く。私も静止画や動画で、できうるかぎり夫人の姿を撮影した。というのも、フィオナ夫人がとても「フォトジェニック」(あるジャーナリストの声)だからだ。

 これは顔かたちがきれいとかそういうレベルではなく、私が見るところ、「清楚かつエレガント」で、とても親しみやすく話すので、どうにも目を離しがたいのだ。

 いまや、将来の英王妃のトップレスの写真まで、雑誌が掲載してしまうほど、何でもありの世界。こんな世界で、フィオナ夫人はどのようにして、そのエレガンスを維持しているのだろか?生き方の選択があるに違いない。

 そう思った私は、「どうやってそのエレガントさを維持しているのか」と聞いてみた。

―「晩餐の前には着替える」

 少し考えた後で夫人が答えたのは、普通に、まっとうに生活することだった。

 例えば、「ダウントン・アビー」は別としても、「あまりテレビは見ない。特に、「リアリティー・ショー」(視聴者参加型テレビ:俗悪テレビジャンルのひとつと考えられている、具体例は、24時間カメラが回る空間で生活する若者たちを撮影する番組「ビッグ・ブラザー」など)は、見ない」。

 「その代わり、ラジオをよく聞いている。(教養チャンネルとして知られる)BBCのラジオ4をよくつけている」。

 「よく読書をしている」、「本を読むといろいろと考えることができる」

 「邸宅で働く人に声をかけている、話をするようにしている。自分は屋敷の管理人と思っている」

 「いろいろな階層の人と話す機会を持っている。教会に行って、よく来る人と話をしたり、地元のために仕事をしている人を晩餐会に呼んでいる」

 「家族の晩御飯は自分で作っている。料理が好き」。

 そして、「料理をした後、晩御飯を食べる前に、必ず着替えるようにしている」。

 いかがであろうか?

 家族だけの晩御飯でも、正装をする様子がドラマでは描かれていた。おそらく、正装まではいかないにしても、「着替える」という部分にエレガントさの秘密があるように思えた。心の余裕がないと、できないだろう。

 その心の余裕はどこから来るのかー?知的情報のインプット、考える時間、仕事・課題(邸宅の管理)があること―。そして、おそらく健康。カジュアルな格好で、邸宅内をあちこち、飛び回っているという。

 「ダウントン・アビー」のドラマの第3シリーズは、邸宅の将来にまた大きな危機が訪れる形でスタートしたばかり。しかし、本当のダウントン・アビー、つまりハイクレア城のリアルなドラマの方が実は面白いのではないか?そんな感じがした。

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 ドラマについてもっと知りたい方は、過去のエントリーがあります。

 英ITVの「ダウントン・アビー」が人気に ―時代モノ・ドラマは何故受ける?
http://ukmedia.exblog.jp/15294423/
by polimediauk | 2012-09-18 20:57 | 放送業界