小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

仮想:日本のメディアが経営基盤を脅かされたら?

 前回、「外から見たら、日本のメディア(特に新聞界)はどう見えるか」と日本のメディア研究会で聞かれ、自分なりの感想を述べたことを書いた。

 「現状維持、組織維持を重要視しているように見える」と答えたと書いたが、これは答えの半分で、残りの半分があった、もし、例えば大手新聞社が米ニューズ社CEOルパート・マードックのような人物に乗っ取られ、大幅リストラになったらどうなるかについても自分の意見を述べてみた。あくまでも、仮想の話である。

 別にマードックでなくても、「大幅リストラ」(例えば記者が大量にリストラされるなど)になったらどうなるか、と。

 これは、そういう仮想が実際に起きると思うからではなくて、日本のメディアの、特に新聞界の社会の中に占める位置について、考えるところを言って見たいと思ったからだ。

 日本の新聞の評判は、ネットでこれまでによく目にしてきた。どちらかというと、良くない評判のほうが多かったけれども、その評判が悪ければ悪いほど、これは新聞への期待の強さを表すのだろうと思った。話題にならないほど無関心ではなく、怒りを感じるほど気になる存在なのだろう、と。

 同じ新聞と言っても、英国の場合は期待度がかなり低い。それぞれの新聞が好き勝手なことを書いているので、記事を読むときには少し差し引いて内容を受け取る人が多いと思う。

 例えば、日本の新聞が大資本に乗っ取られた・買収された場合、そして大規模リストラなどが発生した場合、私はこれが「大きな社会不安につながるだろう」と研究会で話した。新聞への期待度が(英国よりは)高そうな日本の場合、いわば「最後の砦」的な新聞がもしばらばらになったら、大きな不安感が発生するだろう、と。

 東日本大震災や不景気、若者を中心とした雇用不安などに揺れる日本で、さらに社会的不安が増すのは、良くないと思った。

 日本と外国とを比較するとき、おそらく、多くの人が言うのは、「日本は安全」ではないかと思う。震災や原発事故でそう思う人の数は日本では減ったかもしれないが、夜道を歩いていて恐怖感がない国の1つが日本という部分は今でも変わっていないと思う。定時に電車がやってくるとか、官庁のサービスが、汚職の懸念をせずに進むことが期待できるとか、日本に住んでいれば当たり前と思うようなことが、意外と、他国では普通ではなかったりする。

 しかし、新聞社のような存在が大幅リストラの対象になるとしたら、安心感、安全感が揺らぐのではないか。特定の新聞社の将来というよりも、社会不安を引き起こすかもしれないほうが心配だ。

 大量失業者をどうするかという問題もある。

 英メディア界では、ライバルのメディア会社に再就職するのは珍しくないし、新聞業界では整理部門などでたくさんの「カジュアル」と呼ばれるアルバイト勤務者がいる。メディア界での人の動きが流動的であれば、リストラされても生きる道があるが、ライバル社への異動などまったくなしの日本の新聞界では、一度リストラされたら、行き場がなくなるか、再就職が難しくなるだろう。

 ・・・とすると、このまま、「ゆっくりとした変化」しかないのかなあと思った次第だ。

 今、期待するのは、新しいメディアの勃興だ。ウェブサイトではBLOGOS,CAKESのほかにも、たくさん出てきた。ヤフーをはじめ、個人ブログの集積サイトもこれからさらに増えそうだ。もちろん、ニコニコ動画もある。大学生の間で、新しいメディアを作る動きもある。こうした一連の新しいメディアがずーっと長く活動を続けていけば、次第にメインストリームのメディアとして認知されるだろう。既存の大手メディアで働く知人のなかで、組織を離れ、フリーとして働き出した、あるいは働き出す予定の人も出ている。どちらも50歳前後で、自分たちなりに将来について考えるところがあったのだろう。

 私は日本のメディアの将来を悲観していない。自然淘汰があるだろうから。
by polimediauk | 2012-11-17 23:27 | 新聞業界