小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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世界を俯瞰するニュースを発信 -英BBCの新ニュースルーム訪問記(2)

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(BBCの国際テレビ放送「ワールドニュース」の新スタジオ、BBC提供)

 英国放送協会(BBC)が、今月中旬、新たな国際ニュースの生成・発信の場を本格的にスタートさせた。

 BBCはこれまで、ニュースの制作を複数の施設で行ってきた。英国内向け、国際ラジオ放送「ワールドサービス」、国際テレビ放送「BBCワールドニュース」、ウェブサイト「BBCニュース」など、BBCのニュースと言っても、たくさんの出力先があるのだ。

 今は、BBCのすべてのニュースの編集・管理部門を一堂に集めた、巨大なニュース編集室(=「ワールドニュースルーム」)を作り上げ、稼動させている。今回は新ニュースルーム訪問記の(2)である。

 米CNNをはじめ、世界に向けて24時間ニュースを発信する放送局は、英国以外でも続々と生まれている。ニュースの世界地図の中で、BBCのワールドニュースルームはどこに位置し、何を目指すのだろう?

 ニュースルームの見学後、BBCの商業部門の1つ「グローバルニュースリミテッド」社(ワールドニュースとオンラインのBBCニュースの国際版「BBC.com/news」を管理)の関係者から、今後の戦略を聞いてみた。

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ー「ワールドニュース」は日本では300万戸の家庭で視聴されている

 BBCの人気SFテレビドラマシリーズ「ドクター・フー」の登場人物のイラストがガラス製のドアに入った小部屋で、グローバルニュース社の配信責任者で、「BBCワールドジャパン」の代表でもある、コリン・ローレンス氏に話を聞いてみた。

 ローレンス氏によると、日本で国際テレビ放送ワールドニュースの放送を視聴できるのは、ホテルでの視聴者をのぞくと、約300万戸。

 日本での放送分(家庭ではスカパー!やケーブルテレビなどを通して視聴可)では、1日のうちに約18時間がロンドンと東京で日本語の同時通訳や字幕をつけた2ヶ国語放送となっている。

 同氏の職務の目標は視聴者を増やすことだが、既にBBCは知名度がある大きな放送局なので、「既存の視聴者にもっと頻繁に見て欲しい」。

 「インターネットが普及し、人々はさまざまな形でニュースを消費している。BBCのためにどれほどの時間を割いてもらえるのかで、ほかのメディアと競争をしている。視聴者の選択の幅は大きく広がっている」。

 BBCのウェブサイトによると、米ケーブルサービス、コムキャストとの契約によって、ワールドニュースはその配信先をワシントンDC,フィラデルフィア、シカゴ、ボストンなどの大都市に拡大している。欧州ではフランスやギリシャなどでも配信先を大きく増加させた。

 今後も米国での拡大に力を入れてゆくそうだが、携帯電話やタブレットなどで番組を視聴する人が増えており、「いかに新規のプラットフォームからマネタイズするか」に頭を悩ませているという。

 「個人的な意見」として、世界の24時間のテレビニュース市場に、日本がもっともっと出てきてもいいのではないか、という。「日本は世界にとって重要な国だが、『静か過ぎる』のではないか」。

 グローバルニュース社の最高執行責任者ジム・イーガン氏は今後をどう見るか?

 同氏によると、最終的な目標は、「BBCのニュースが世界の国際報道の究極的な基準となること」。なかなか、壮大な目標であると私は感じた。

 そのためには、「3つのR」戦略をとっている。「リーチ、レベニュー=収入、レピュテーション=評判」を高めることだという。「最も大事なのは評判だ」。 

 では、どうやって、BBCの報道についての評判を高めるのだろう?

 最初の鍵は「コンバージョン」(=変換)だという。「インターネットが始まったのは約20年前だ。当時、ネットとテレビ放送は2つの別々の存在だった。今は視聴者はネットでも番組を見る。ネット放送とテレビ放送とは今や一緒になった」。

 こうしたメディアの消費環境の変化に応じ、BBCも「ネットとテレビ受信機へ向けての放送とを区別せず、どちらも放送・配信対象としてやってゆく」。これは技術的な実務から、人の配置、番組放送予定など、ありとあらゆる局面が変わることを意味するという。

 次の鍵は、「ワールドニュースルームへの引越し」だったという。「最新の高度な報道技術が使える。3Dを利用したり、HD映像をこれまで以上に生成・出力できる。結果として、ダイナミックで高度に洗練された報道が可能になる」。

 ダイナミックな番組作りが、広告主を引き寄せ、配信提携先が増えることを期待しているのだ。

 そして、固有な存在となる、「ニュースルーム」自体も大きな鍵の1つだという。これは編集室の大きさそのものを指しているわけではない。イーガン氏が言うのは、人的資源の集積の貴重さだ。

 「ニュースルームで働くスタッフは、一人ひとりが独自の知見と情報を持つ、プロのジャーナリストだ。国際ラジオ放送ワールドサービスのスタッフは、それぞれの言語を話し、現地の事情に通じている。一人ひとりが担当地域の専門家でもある」。いわば、世界各地の知の集積が、このニュースルームなのだ。

 「これほどの規模と深みがあるリソースを持つニュースルームは、世界でもほかにはないと思うよ」とイーガン氏は誇らしげに語る。

 「今後5年間で、グローバルニュースが得る広告収入や配信収入を、30%増にしたい」と述べるイーガン氏。「強気すぎるのではないか」と聞くと、「そうは思わない。楽観的とは言えるかもしれないが」といって、笑顔を返した。具体的な数字目標を聞いたが、「商業部門なので、言えない」と口をつぐんだ(ちなみに、2011-12年の年次報告書によれば、BBCワールドニュースの営業利益は380万ポンド=約5億4200万円=を記録している)。

 現在のところ、BBCの国内放送向けの活動資金は厳しい状態にある。緊縮財政を実行する政府は、公的組織BBCにも予算削減を求めている(2013年から17年の間に7億ポンド分の削減)上に、2014年4月からは、政府からの交付金でまかなってきた、国際ラジオ放送のワールドサービスをBBCが「自力で」運営するように、決定されてしまった。テレビライセンス料(日本のNHKの受信料にあたる)で国内の活動費用をまかなっているBBCにとって、商業部門が生み出す利益は、国内外のBBCのジャーナリズムを支えるために大きな役割を果たすことになる。

 英語が国際的な言語として利用されるようになって久しい。英語による報道機関として世界でもトップを争う位置にあるBBCは、世界を俯瞰し、どこで何が起きているかを世界に向かって伝え、分析し、解説しているー今、この瞬間にも。

 BBCジャーナリズムの新たな活動拠点としてのワールドニュースルーム。24時間、活動停止がない知的頭脳の一端に触れた思いがした
by polimediauk | 2013-01-21 17:00 | 放送業界