小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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ニューメディア駆使の選挙

 欧州憲法に関しての話題がまだまだ続くイギリスだが、フランスとオランダがEU憲法批准にノーと言った後、「25の全加盟国が批准しないと憲法は発効しない」ため、「もう憲法は死んだ」という論調が支配的になっている。

 理屈の上では、「2カ国がノーと言ったのだから、発効しない」「これ以上国民投票をしても無駄」というのは合っているのだが、前にも書いたが、民主主義の面から、「フランスとオランダがノーだから、ノーだ」「もう他の国の国民には、一切聞く必要なし」という流れに対する違和感が消えない。

 一ヶ月前の五月、イギリスでは総選挙があった。投票率は約61%で、前回の59%よりは高いものの、イギリスとしては低い。かつては、70-80%がざらだったからだ。

 投票率の低下を嘆く声は大きいが、「こんなものだろう」という見方もある。つまり、もし選挙に大きな争点がなく、経済も安定していて国民の側に大きな不満がなければ、わざわざ投票に行く人は少なくなる、という、見方だ。

 ここでも、「民主主義」の点からは疑問が出てきた。この投票率自体は日本と比べても決してそれほど低いほうではないのだが、歴史的な3連勝を果たした労働党の得票率は35・2%で、与党としては第2次大戦後で最低だった。 主要3党の得票数は労働955万7052票(得票率35・2%)、保守877万2484票(同32・3%)、自民598万2084票(同22・1%)。

 既存政党の中では最大支持を得られた、といっても、全体で見ると、随分少数の人に支えられた政権、ということになる。そして、労働党は他の党とは一切協力せず、自分の党だけで、政府を作ってしまう。

 もし「民意」を広く反映させるのであれば、第1野党の保守党、第2野党の自由民主党と連立政権を組むべきではないのか、と思ったりする。

 どこの国も、決してパーフェクトではないことがしみじみ分かる。

 一方、総選挙中のメディア報道を見ていると、争点がないのでちょっとつまらない、というのが本音だった。争点になりそうなトピック、つまり、7月からイギリスが議長国となるEUとの関わり具合などは、マニフェストなどでもほとんど触れられていないのだった。

 その代わりに、目だったのが、メディア自身のIT使用だった。デジタル放送、インターネット、双方向性・・・。この点からは、一種のショーと言うか、イベントとしては、おもしろかった。政治は常に人間ドラマ的側面を持つと思うが、3つの政党の党首インタビューなどは、一人一人の人間性がにじみ出て、人々の話題にも多く上った。

 新聞通信調査会が出している調査会報6月号に、英総選挙のメディア・ウオッチングをまとめてみたので、紹介させていただきたい。http://www.chosakai.gr.jp/index2.html

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英総選挙とメディア
 多チャンネル、ネットがさらに身近に

 五月五日、英国で四年ぶりに総選挙が行われ、史上初めての三期連続労働政権が誕生した。昨年秋の米国大統領選挙では、個人の日記形式の簡易ホームページ「ウエブログ(ブログ)」が新しいジャーナリズムとして確立する機会となったが、英国ではブログは日本や米国ほどの人気にはなっておらず、その代わりに英国放送協会(BBC)などを筆頭する大手メディアが中心となって、多種多様な視点を有権者側に提供した。多チャンネル・デジタル放送やネットを通じての情報提供が多用されるようなったのも、今回の総選挙の特徴だ。

 一方、投票率は六十一・三%で、前回の五十九・三%からすると微増。英国の総選挙は七十%台が長年続いており、前回の投票率は一九一八年以来最低となっていた。投票率の低下は、政治家や政治そのものに対する不信感が強くなっているという分析と、景気が好調で大きな争点がないため、また労働党と野党保守党との政策に大きな違いが見られないために、国民がわざわざ投票をしようという気になれないでいる、という見方がある。

 選挙戦期間中の世論の形成要因、ネット機能を駆使する既存メディアの試みを見て行くことにする。

―それぞれの支持政党を持つ新聞

 世論形成に長年大きな影響力を持ってきたのが新聞だが、日本と比較した場合の特徴として、英国の新聞は中立を目指さない点がある。社主の意向でそれぞれ独自の支持政党を持ち、読者もこうした新聞のスタンスを了解して記事を読む。

 高級紙では発行部数が最大のデイリー・テレグラフ紙は伝統的に保守党支持。タイムズ紙を所有するメディア王ルパート・マードック氏はブレア首相支持で、従ってタイムズは労働党支持となる。

 四大高級紙の中で左派のガーディアン紙は労働党支持。ガーディアンよりもさらに左なのがインディペンデント紙で、一九八六年の創刊当初より、特定の支持政党を持たず、「独立している(インディペンデント)」としてきたものの、欧州政策に重きをおく第二野党・自由民主党や労働党のブラウン蔵相(ブレア首相のライバルで次期首相と目されている)を支持している。

 左派系シンクタンク、フィデラル・トラストのディレクター、ブレンダン・ドネリー氏によると、「高級紙はその支持政党を巧妙に隠す場合が多い」。例えば、ブレア支持のタイムズであってもブレア批判の記事を出し、保守党支持のデイリー・テレグラフでもハワード保守党党首に対して厳しい記事も出す。これは、ドネリー氏によると、「高級紙として、バランスのとれた新聞であるということを読者に示すため」。

 今回は選挙とあって各紙はそれぞれの信条を明確に出した。投票日の直前にタイムズ(労働党)、ガーディアン(労働党)などが支持姿勢を社説で表明したのに加え、週刊誌エコノミストも、四月三十日―五月六日号で「選択肢は他になし」とする見出しをつけたブレア首相の大きな笑顔の写真を表紙とした。

―サン紙は労働党支持を宣言

 高級紙に比べて庶民的で読者の感情に直接訴えかけるような記事が満載のタブロイド紙・大衆紙も、世論形成に大きな役割を果たす。

 英国の日刊紙の中で最大の発行部数三百十万部を誇るサン紙は、長い間保守党支持で、一九九二年の総選挙でジョン・メージャー氏が率いる保守党勝利した際に、翌日の一面で「私たち(サン)が勝った」と勝利宣言をしたエピソードが知られている。

 サンは、一九九七年の総選挙で、突如ブレア氏が率いる労働党の支持に鞍替えした。この年は労働党勝利となったため、「常に勝つ側にいる」とも言われている。二〇〇一年も労働党支持だったが、二〇〇五年も四月末、ブレア氏支持を明言した。サンが支持表明というだけでも既に、労働党勝利というメッセージが伝わる効果があった。

 サンの政治部長トレバー・カバナー氏は、四月中旬、ロンドンの外国プレス協会の会見の中で、「実際にサンが投票動向に影響を及ぼすことが出来るのかどうか、本当は分からないと思う」と述べている。「あるとしても、せいぜい支持率を二%上げるぐらいだろう」。

 しかし、二%は政党側にすれば大きい。

 タブロイド紙の影響力に注目する政治家達は、特定の文脈の中での話題づくりを狙って、頻繁に情報をタブロイド紙に流す。

 サンの場合、マードック氏とブレア氏との親しさから、政府のしかも首相近辺の人物でなければ知りえないような情報が故意にリークされるケースも度々ある。例えば総選挙の期日はまずサンにリークされた。

 こうしたリークが結果的に大スクープとなるので、大衆紙が何をどう報道するかで今後の政界の動きなどを見て取れるという面が出てくる。政治家も知識人も大衆紙の見出しに注目をせざるを得ない状況となる。

―宣伝紙になるタブロイド紙

 単なる「支持」どころか、露骨な宣伝紙になってしまうタブロイド紙もある。

 デイリー・ミラー紙は元々は労働党支持だが、近年はイラク戦争をめぐってブレア政権の批判を続けていた。

 昨年、編集長交代があり、デイリー・ミラーは労働党に好意的なスタンスに編集方針を戻したようだ。四月六日号では、一面がブレア首相の手書きの手紙。中面でミラー読者に向けた五枚の便箋に書いた手紙の文面が掲載されている。「ミラー読者のおかげで、一九九七年、政権を取ることができた」というもので、「三〇〇字以内でブレア氏に手紙を書こう」と呼びかけるコラムもついていた。「新聞」というよりも宣伝紙といっていいだろう。

 ファイナンシャル・タイムズの雑誌FTマガジンの編集長ジョン・ロイド氏は、五月七日号のコラムの中で、これまで選挙の行方に影響を持つとされてきたタブロイド紙だが、憤りの感情を基にした扇情的な見出し(「ブレアが嘘をついて私たちを戦争に追いやった!」「病院の予約を取るのに何日も待つなんて!」)に、英国の有権者はそのうちあきあきするのではないか、とも書いている。

―テレビで人柄を観察

 英国民は、新聞よりもテレビやラジオのニュース報道に信頼を置いているが、これは、放送業界は衛星放送を除き全放送局が公共放送となり、一定の基準を維持することを法的に義務付けられていることが背景にある。ニュース報道の場合は公正であること、バランスを保つことなどが条件となる。

 テレビ放送でハイライトの1つとなったのが、鋭い質問を投げかけることで知られるBBCのジェレミー・パックスマン氏が、ブレア労働党党首、ハワード保守党党首、ケネディー自民党党首らに、それぞれ30分ずつの単独インタビューをした時だ。

 選挙戦では政党間の政策の違いに加えて、あるいはそれ以上に党首の信頼度、人柄のアピールが投票行動に大きな影響力を持つ。どんな答え方をするのか、質問をはぐらかしていないかどうか、嘘をついていないのか、など、視聴者が指導者達の素顔をじっくり観察する機会となった。

 同じくBBCで「クエスチョン・タイム」という視聴者参加番組がある。通常は100人ほどの視聴者を呼び、政治家などを含む数名のパネリストに質問するといった形を取る。

 今回は、3人の党首を時間差で30分ずつ出演させた。それぞれの党首はたった一人で、数十人の視聴者からの質問を受ける。ブレア氏が登場した瞬間から観客の一部がブーイングの声を上げた。出場者は意見の偏りがないよう留意して選ばれているが、イラク戦争が国際法上違法だったのではないか、と考える人が数名おり、合法・違法問題に関しての質問が相次いだ。スタジオのライティングのせいか、あるいは質問の鋭さのせいか、ブレア氏は額に汗し、弁明に精一杯だった。

―ネットで参加

 今回の総選挙で、最も大きな変化が見られたのは、ブロードバンド、インターネットの影響であろう。

 前回〇一年の総選挙以降、国民のデジタル技術の利用ははるかに進んでいる。ネット・ショッピングをする人の割合は増える一方で、ブロードバンドの普及も〇二年には百万人だったが、〇四年には五百万人を超えた。五三%の家庭がデジタル放送を楽しみ、テレビのリモコンを使って特定のトピックだけを選択して視聴したり、自分の意見を表明したり、携帯を使ってメールを送ったり、という、テレビとの双方向のコミュニケーションが広く行われるようになっている。

 こうした中、各メディアもネットやデジタル放送を使ったサービスに工夫を凝らした。

 BBCでは、ニュース・クリップやラジオの番組の大部分がBBCのウエブサイト上に保存されており、後日再視聴することができるようになっている。前述の党首インタビューなども繰り返して見れる。

 BBCオンラインのウエブサイト上では、一九四五年以降の総選挙の結果と読み物的話を載せた。その時々の政治家、例えばサッチャー前首相などの声も聞けるようになっている。文字情報だけでなく音声・映像のアーカイブを惜しみなく使ったサイトとなった。

 テレビ局のチャンネル4は、自社サイトの中で、もともとはアメリカからヒント得たアイデアだが、「ファクト・チェック」という項目を作った。これは、政治家が選挙中は様々なことを約束するものだが、果たしてこうした約束が事実に即したものなのか、嘘を言っているのではないかを、このコーナーを通じてチェックしよう、というものだ。

 開票が始まると、各メディアは選挙関連ニュースや開票速報を電子メールで携帯電話などに流した。

 BBCのウエブサイトでは、自分の住む地域の郵便コードを入力すると、瞬時に、どの候補者が当選したかがすぐ分かる仕組みとなっていた。ネット以外の他メディアでは、自分が住む地域の結果がどうだったかを即時に知ることはできないので、ネット独自で国民にとっては有益なサービスの1つと言えよう。

―ガーディアンのネットの実践

 新聞社系サイトでは、以前からネットに力を入れてきたガーディアン紙の選挙特集サイトが群を抜いていた。カラフルな選挙地図が掲載され、興味のある部分をクリックすると候補者全員の情報が出る。この仕組みそのものは他社サイトでも行われていたが、ガーディアンの場合は地図のグラフィックのレベルが高く、かなりの人手と資金を投入しているのが明らかだった。

 ガーディアンは、タブロイド判にして人気を博しているインディペンデント紙やタイムズと比べて、発行部数が下落の一方をたどっている。しかし、特にアメリカを中心として海外からサイトに新聞を読みに来る読者が英国内の読者よりはるかに多く、アラン・ラスブリジャー編集長はデジタル・ガーディアンに力を入れるつもりであることを、事ある度に表明している。

 ガーディアンはブログも早くから取り入れており、選挙サイトにもブログのコーナーを設けた。ガーディアンが選んだジャーナリスト、政治家らに自分たちの選挙に関する意見を書いてもらい、それに読者がコメントを重ねて行く。

 サイトにはガーディアンの政治部長による選挙結果の分析(音声)やブレア首相の勝利スピーチ(BBCから借りた映像)なども載っている。「新聞は紙媒体」というこれまでの定義を、ガーディアンは既に超えてしまったようだ。

 ブログの中にはラスブリジャー編集長の書いたものもあり、メール・アドレスがついている。英国の新聞で書き手のメール・アドレスが記事の最後についていることは珍しいことではない。

 米ニューヨーク・タイムズ紙も、五月九日、すべての記事について記者宛の電子メールが送れる仕組みを作る案を発表している。今後、新聞の書き手・作り手の顔が見えるこうした動きは英語圏のメディア内で拍車がかかることが予想される。

 開票は午後十時過ぎから始まり、大勢が判明したのは翌朝六日の早朝だった。この間、各テレビ局は特別番組を編成。BBCのメイン・チャンネルBBC1と民放ITVのこの夜の選挙番組の視聴者数は約七百万人で、前回〇一年の総選挙時と比べて約百万人、一九九七年との比較では四百万人減少した。一方、スカイ・ニュースやBBCニュース24など、多チャンネル・デジタル放送の視聴の割合は年々増えている。

 かつてテレビ放送といえば地上波のBBCがメインで,世論形成にはタブロイド紙を中心とした新聞業界が大きな役目を果たしてきた。しかし、有権者は多チャンネル・デジタル放送やネットを通じて、多彩な情報に自分達でアクセスすることを楽しんでいるようだ。

 せっかくの多彩な情報の選択肢の広がりを投票率の大幅な上昇につなげるにはどうするか?これは次回の課題となろう。

 

 
 

  

 

 
 


 
by polimediauk | 2005-06-05 01:53 | 政治とメディア