小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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お知らせ:「メディア展望」4月号に実名報道について寄稿

 新聞通信調査会が発行する月刊冊子「メディア展望」の4月号に、アルジェリア人質問題をめぐる実名報道について、寄稿しています。

 ご関心のある方は、調査会のほうにメールなどでお問い合わせくださると幸いです。

 一定期間を置いた後、ブログなどでも補足した分を掲載しようと思いますが、この問題、本当に随分と議論を巻き起こしましたよね。これほど、2つの意見が平行線をたどったケースも珍しい感じがします。

 犠牲者の実名を出すかどうか、いつ出すかで議論百出でしたが、2つ、海外に住む自分からは目立つ点がありました。

 それは、(1)英国の知人・友人の間では衝撃が伝わりにくかったことと、(2)実名報道支持派と非支持派の意見の大きなギャップです。

 私はこの問題が論争になったことだけでも、ジャーナリスティックな意味でとても興味深いケースだと思い、英国の知人・友人や英語媒体の編集者などと話してみたのですが、「大きな論争になった」ということには興味が引かれたようでしたが、ほとんどの人が「何故問題になるのか、分からない」と言っていました。もちろん、知っている人の中だけの反応ですので、全体を示しているわけではないのですが。

 英国では実名報道が基本で、匿名になるのは例外のみ(未成年者の保護、性的被害者の身元、あるいは裁判官が報道禁止令を出したときなど)なので(日本もほぼそうであるとは思いますが)、実名を出すときの考慮、出されたくないという思いなどへの共感度が低いのかもしれません。

 今回のケースの場合、犠牲者の名前を出すときに遺族への配慮が英国では(=政府レベル)十分にあったように思います。遺族の意思を無視して、という感じはなかったと思います。

 一般的に、事件事故報道で、実名が出るというのが慣習になっていますので、遺族の側も「そういうものだ」という意識があるようです。

 (2)の実名支持派と非支持派の間の溝はものすごく深いと今回感じました。何故なのかな、と。

 私自身は、今回のケースに限っては、「すぐに実名を出す必要はなかった」という側にいます。

 実名報道を支持する側の意見をじっくりと読みましたが、最後まで、「ケースバイケースでいいじゃないか」と思わざるを得ませんでした。四角四面の話ではないようなー。(もっと重要なのは、アルジェリアとテロの話じゃないか、ともー。日本人が巻き込まれるようになっていることへの実態をどうするのか、など。)

 一方、ネット上で、マスコミ嫌いの声がたくさん出て、目や耳を覆いたくなるような表現に出くわしました。ショックでした。「この人たちは、一体何を憎んでいるのだろう」と考えました。

 日本のマスコミが、世界の中でも特に行儀が悪い、執拗に対象を追いかけすぎるから・・・という見方もできますが、それだけでしょうか。

 メディア嫌いというよりも、社会の既得権をもつ人たち=エスタブリッシュメントへの憎しみもあるのかどうか。こんなに憎むのは、マスコミへの信頼感・期待度が高いせいなのか、と。逆説的ですが、「こんなもんだよ」と期待が低ければ、暴言を吐くほどの情熱もないのではないかと思ったからです。

 とにかく、溝は深い。この溝を何とかしなければ、マスコミの将来は危ないーそんなことを考えながら、原稿を書きました。

***

 電子雑誌「ケサランパサラン」14号に、浅野健一同志社大学大学院教授が、この問題について論考を寄せています(アルジェリア犠牲者報道問題だけではない 日本メディアの問題点 「実名報道」による「報道被害」を放置・容認してもよいのか?)。

 浅野先生は「繰り返される実名報道の犯罪性」について述べています。実名報道の英国で生きる私にとって、考えてみたい論点がいくつもありました。

 
by polimediauk | 2013-04-02 02:44 | 日本関連