小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

英「Wired 2013」から ー長尺のジャーナリズム目指す「Epic」、「Sugru」で遊ぶ

英「Wired 2013」から ー長尺のジャーナリズム目指す「Epic」、「Sugru」で遊ぶ_c0016826_175622100.jpg
 
(Epicのウェブサイトより)

 前回に続き、英「Wired」誌がロンドンで開催したイベント「Wired 2013」(17日ー18日)から、印象深いプレゼンテーションを紹介したい。

―ノンフィクションの長い記事を出すEpic

 米「ワイヤード」に長年寄稿してきたジョシュア・デービスの話が興味深かった。

 ひょろりとした風貌の青年が壇上に立った。デービスは、いかに自分の人生が偶然と失敗に満ちているかを話し出した。

 データエンジニアとして働いていたときに、新聞で腕相撲の試合があるという記事を見た。腕相撲についてほとんど知識がないデービスだったが、暇だったので、出かけてみることにした。

 そこで数人が参加する試合を見たデービスは、ある部門の選手が来なかったために、観戦者であった自分がその部門の優勝者にされてしまった。

 後に、腕相撲の大きな大会があり、自分はいつのまにか代表者にされてしまったために出席せざるを得なくなった。試合では負けたのだけれども、一定のタイトルを与えられてしまった。その後、デービスは相撲、サウナ選手権、後ろ向きに歩くレースなどに挑戦した。

 挑戦しては負けてばかりの話の一部始終をワイヤードに書く機会ができて、いつしか、デービスはジャーナリズムの世界に入ってゆく。イラク戦争やエストニアとロシアとの間のサイバー戦争についても書き、ジャーナリスト、そして作家として着実に歩を進めた。

 ワイヤードで書き続けたデービスは、コントリビューティング・エディターという地位につくまでになった。最近の大きな体験は、ウイルス対策ソフトのマカフィーを作ったジョン・マカフィーと長い時間を過ごしたことだ。

 英国生まれのマカフィーは、2009年、世界的な金融危機で個人資産を大きく減少させた。昨年秋、滞在していた中央アメリカの国ベリーズで、地元警察に殺人容疑で指名手配された。

 デービスは、昨年、記事を書くためにベリーズのマカフィー宅に滞在していたことがあった。常識を逸したマカフィーが銃を手に持ち、デービスの隣の砂の上に向けて発砲したとき、デービスは「ここを出よう」と思ったという。

 ここからが、デービスの話の本番である。

 デービスはマカフィーと過ごした日々など、普通は体験できないような興味深い事柄をじっくりと時間をかけて取材した、長文の記事=「ロングフォーム(長尺の)ジャーナリズム」=を掲載し、場合によっては映画化もできるようなメディアを作れないか、と思ったのだ。「ジャーナリズムとハリウッド映画をつなぐ」というアイデアだ。

 このために立ち上げられたのが「Epic」(エピック)というプラットフォーム。

 エピックのジャーナリストは今のところ、デービスともう一人、雑誌のライター、ジョシュア・バーマン。バーマンが過去に「ワイヤード」に書いた記事は、イランの米大使館人質事件を扱った米映画「アルゴ」になった。「アルゴ」はベン・アフレック監督・主演で、アカデミー賞作品賞を受賞している。

 エピックは、ツイッターの創業者たちが作ったブログメディア「メディアム」の一部として存在している。

 デービスは「スペースを気にせずに、飛びぬけて変わったノンフィクションが書ける場所」を確保したかったという。


ー「Sugru」で遊ぶ

 「Sugru」=すぐる、と聞いたとき、日本語の「優(る)」という意味なのかなあと思ったものだ。

 実際には、アイルランド語で「遊ぶ」(sugradh)という意味なのだそうだ。
 
 Sugruについては、1年ぐらいまでに新聞で写真を見て、面白いなあと思っていた。粘土のように見えるのだが、シリコン・ゴム製だという。

英「Wired 2013」から ー長尺のジャーナリズム目指す「Epic」、「Sugru」で遊ぶ_c0016826_1757893.jpg
 
(Sugruのウェブサイトより)

 さまざまな色があり、銀色のパッケージから取り出すと、少し湿っている触感がある。自在に形を作って、さまざまな用途に利用できる。決まった使い方というのはないのだが、ものとものをくっつけたり、つないだり、穴をふさいだりできる。

 断熱材にもなり、固まった後では、ボールのように床に打ち付ければ跳ね返ってくるという。詳しくは使い方の動画を見ていただきたい。

 Sugruを開発したのはアイルランド生まれのJane Ni Dhulchaointigh(読み方が不明なので、ひとまず、ジェーン・ニ・ダルチャオインティ、としておく)。

 ニ・ダルチャオインティは、大学で製品デザインを勉強した後、将来何をするべきかと悩んだ。あるとき、シリコン製封止剤とおがくずを合成しておもしろい物質ができるなあと思ったそうだ。これが2003年だった。

 研究助成金を得て、リサーチャーらと研究し、「持っているものを簡単に修理したり、改善、あるいは自分の好きなように改変できる」物質を作ろうとした。

 最初はこれでお金がもうかるのかどうかが分からず、大きなビジネスを狙っていたが、友人に「小さく初めて、その後で改良していけばいい」とアドバイスを受けた。
 
 あるとき、英デイリー・テレグラフ紙に記事が載り、6時間で100パックがはけた。

 ウェブサイトを拡充させ、買った人がどうやってSugruを使っているかの例を載せたことで、コミュニティーができていった。

 最初は二人で始めたビジネスが30人に増えたという。「コミュニティーのおかげで、Sugruの輪が広がっている。Sugruを使って、モノを直せた、自分の思い通りにできたという達成感があるのだろうと思う」。


***

関連記事

英「Wired 2013」から -米キックスターターの価値観、インドのSMS,イスラエルの活動家
コンピューターは嘘を見抜けるか?―WIRED 2013
by polimediauk | 2013-10-23 17:49 | ネット業界