ブレア首相会見
生の情報
官邸で昼から小1時間ほど、ブレア英首相の会見があった。毎月開催しているものだ。BBCオンラインで同時中継され、内容のキーポイントはサイトで紹介される。また、官邸のウエブサイトにも後に掲載され、事前にメールアドレスを登録していた場合は、自分のアドレスにも送られてくる。
従って、出席しなくても情報は取れるし、行き帰りの時間を思うと行かないほうが効率的とも言える。
しかし、実際に行ってみると、質問ができる(といっても首相にあてられないと、発言できないが)のと、ビデオで見ただけではないニュアンスが伝わってくる。公式会見に出てもしょうがない、という見方があり、「出なくても情報は取れる」というのは本当だと思う。しかし、どんな小さな情報でも欲しい、という外国人記者陣からすれば、生の首相に会える毎月の定例会見は重要な取材の機会の1つともなり得る。
今日はなぜかアジア系の記者には全くあたらなかったが、国内の大手メディアの記者、欧州や中東の記者などから、幅広い質問が出た。
私の収穫としては、ジンバブエからの難民申請の問題で質問をしようと思って手を上げ続けたがあたらなかったのが残念だったことを抜くと、まず最新テクノロジーを使ったIDカードの件と、難民申請の件で首相のスタンスがより如実に現れて、かなり参考になった。
IDカードの件だが、この導入に英国内ではかなり反発が強い、ということになっていて、特にここ数日はマスコミのバッシングがすごい。個人情報を政府が一挙に入手することで、個人の自由が奪われるとする意見、緊急の必要性もないのに導入するというのは何か隠れた議題があるのではという疑念、コストが高すぎるという声などがある。
首相は、世界的に最新テクノロジーを使ったIDカードを作る流れがある、ということ、国境を守らなければならないこと、テロリストを防ぐことにもなる、便利、既に何かしらのIDを国民が持っているので、単に追加料金を払うだけで入手できる、など、合理的な説明をした。なかなか説得力のある「売り」だった。
英国政府がある程度資金を投入するようなプロジェクトを行おうとする場合、マスコミは最初からそのプロジェクトそのものの存在理由を問う。「何かおかしいことが、あるに違いない」というスタンスから、様々な調査記事、批判記事を出していく。国民のために、チェック機能を果たしている、というわけだ。
しかし、最初から、「何か悪いことがあるに違いない」という眼で物事を見る、というのは、おかしいようにも個人的には、思う。健全な疑いの目、つまり「悪いことがあるかもしれない」というレベルなら良いとは思うが・・。この点は既に様々なマスコミ批判者が指摘している。
今回のIDカードに関しては、費用負担が国民一人当たり300ポンド(約6万円)になるかもしれない、という新聞報道があり、日本人の私の「必要な分であればお金をかけるのは当然ではないか?」という感覚からは理解できないほどの強い調子のバッシング記事が出る。(6万円というのは、確かに大きいが。)政府側は多くて2万円ほど、今日のブレア氏の説明では、「せいぜい6千円相当」だった。
IDカードの説明で、記者たちに問い詰められるたびに、首相は、「そんなことを君たちは言うけれど、国民の大部分はIDカードを支持している。テロをなくして欲しい、という声は高く、そのためにIDカードが役に立てば支持する人が多い」、と自信たっぷりに繰り返した。
確かに、IDカードに対する国民の支持率、テロをなくして欲しい、国境を守って欲しい、という声は高く、アンケートでもそのような結果が出ている。
マスコミが何といおうと、国民からの支持が得られている、という思い、自信がブレア氏の顔からにじみ出ていた。
新聞だけ読んでいると、IDカード導入は最悪のプロジェクト、と思えてくるが、実はそうではなく、ひょっとすると、騒ぐほどには難航せずに関連法が議会を通り、実施される可能性も高いかも、と感じた瞬間だった。
ジンバブエから来ている難民申請者たちの問題では、申請書類が通らなければ、本当にこうした申請者を国に返してしまうのかどうか?と聞かれ、ブレア首相は、何度も、「ほとんどの申請理由は実態がなく、国に返すという選択肢を取らざるを得ない」と繰り返した。
「難民問題は相当にセンシティブな問題だ。もしジンバブエ国内での人権擁護の状況が悪化しているから、という理由で、ジンバブエからの申請者を返さずに、一種のモラトリアムを与えてしまえば、ある特定のシグナル(難民申請者に対して甘い英国)を世界に送ることになる。これは避けたい」。
「せっかく、難民申請者の数を減少させた。これをまた増やすわけにはいかない。歯止めが利かなくなる。ドアを大きく開けることになる。ジンバブエから来た人々だけを特別視はできない、移民政策に一貫性がなくなる」。
しかし、ジンバブエに返された人々は、果たして何らかの迫害なしに暮らしていけるのだろうか?
そんな疑問が渦を巻いたが、何度も「移民政策の一貫性」「申請者の数を増やすわけには、なんとしてもいかない」と繰り返した様子を見ていると、よっぽど何らかのプレッシャーがかかっていることが分かる。
英国民の間で移民・難民をこれ以上増やして欲しくないという声は高く、もし年間の受け入れ数が増えようものなら、マスコミが政府をこてんぱんに批判するだろう。難民申請件数は2002年で8万4千件だったが、2003年は4万9千に減少したのだった。
帰ってきて、BBCオンラインのサイトを見ると、会見の記事ではジンバブエ問題がトップになる構成になっていた。(会見が終わったか終わらないかの頃には、既に記事がサイトに載ってしまうのである。本当に、時間との闘いだ。)