小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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サラエボ日記(3) 何故サラエボ、何故第1次大戦?

 短いサラエボ滞在を終え、今日、ロンドンに戻る予定。ある意味ではあっという間だった。ここに来たことで、逆に第1次大戦前後にかかわるほかの場所に行きたくなった。サラエボを理解するために、ほかの場所に行く必要がある、と。

 何故、サラエボなのか、何故第1次大戦なのかと不思議に思われる方もいらっしゃるだろうと思う。

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(サラエボ博物館の外に置かれていた、フェルドナント大公夫妻の死から100年を追悼する花束の数々)

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(暗殺者==右のスタンドに立っていた場所の写真=から見た、ラテン橋。この橋に大公夫妻の車があった)

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(ホテルヨーロッパのヨーロッパカフェ。ウイーンの雰囲気で一杯。)

 
 きっかけは原稿を書く機会があったからだが、もともと「100周年」という時にどこかに居合わせるというのもなかなかないだろうから、一度来て見たいと思っていた。

 また、遠い昔、「サラエボ事件があって、第1次大戦が発生した」と、やや紋切り型で学校で教わったことも記憶にあった。一体「サラエボ事件って、何なのか?」、「何故オーストリアとサラエボがくっつくのか?」など分からない事だらけだったが、ピンとこないままに何年もが過ぎていたわけである。

 しかし、それ以上に、2つの強い思いがあった。1つは「自分の居場所を知る」、「知りたい」という思いだ。自分は今、欧州の一国英国に住んでいる。米国とつながりが強い英国だが、欧州連合の加盟国で、欧州ではドイツのフランスがもう戦争はしないことになっている。自分が置かれている状況、つまりは英国や欧州の現在を知るために、過去を知りたいと思ったのだ。

 もう1つは、「戦争を避けるにはどうするか」を知りたかった。その手立ての一つとして、過去におきた大きな戦争がいかにして発生したか、回避することはできなかったのか、人間が戦争に手を染めたとき、どこまでどんなことが起きるのかを知りたいし、知ったことを発信していこうと思った。

 欧州の端っこという感覚の英国にいると、また西欧のいくつかの国を訪ねると、非常に快適な生活空間がある。緑が一杯の公園で、お金を使うこともなく、のんびりしている子供連れの家族の様子を見たり、自分でもぼうっとしていると、こんなに快適でいいのだろうかと思ってしまう。戦火にさらされない生活があるというのは、なんと幸せなことだろう。ドイツとフランスが決して戦争をしないと決めた欧州連合の枠組みがなかったら、どうなっていただろう。

 かつては何百万人規模で人を殺しあった国同士が、手を結ぶことができるなんて驚きだ。一体、どうしたらそんなレベルに到達できるのだろう?それが知りたい。

 ちなみに、サラエボはボスニア・ヘルツェゴビナの首都だが、ボスニア・ヘルツェゴビナは==まだ==EUに加盟していない。

 学んだことはいろいろあったが、これから学ぶこともたくさんある。

 サラエボで見たこと、聞いたことについて、追って少しずつアウトプットしていきたい。

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ヤフー個人に2つ記事を出しています。

サラエボ事件を現地で辿る 「未解決の問題」

「平和を作る」写真展、サラエボで開催 ―平和組織IPBの日本へのメッセージとは


 

 
 

 
by polimediauk | 2014-06-30 16:11 | 欧州のメディア