小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

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イギリス高級紙のタブロイド化現象を追うー4

「ガーディアン」編集長のタブロイド判批判とは?

 2004年11月上旬、ロンドン市内で「(新聞の)大きさは重要か?」と題された議論の場(出版業界団体Staioners’ and Newspaper Markets Company主催)に各高級紙の編集長らが集い、それぞれの意見を交換する機会があった。

 メディア評論家の間では、インディペンデント紙の評判はタブロイド判になってから上々だ。ガーディアン紙のアラン・ラスブリジャー編集長は、これに同意しない。

 演壇に立ったラスブリジャー編集長は、タイムズ紙やインディペンデント紙、タブロイド紙「デイリー・メール」の一面のコピーを集まった聴衆に示しながら、、タブロイド判の高級紙が「タブロイド・ジャーナリズムに流れていること」への大きな危機感を表明した。

 例えば、インディペンデント紙のある日の一面は、黒の背景の紙面にイラク戦争開戦がきっかけで内閣を去った女性閣僚と、バグダッドで人質となった女性マーガレット・ハッサンさん(後殺害された)という女性二人の写真を並べていた。その下に、大きな見出しで「嘘と結果」とつけていた。非常に人目を引く、メッセージ性の高い紙面だ。

 「『嘘』というのは、おそらく、ブレア英首相が開戦理由に関して嘘をついた、だからこの閣僚が辞めた、ということだろう。しかし、その嘘の『結果』として、片方の女性が人質になっているというのは、やや論理の飛躍がないだろうか」。

 1面に1つの記事を入れ、強いメッセージ性を持った見出しで人目を引くというのは、既存のタブロイド紙の特徴だ。

 「これで売れ行きが伸びるのは分かる。しかし、こうしたやり方を踏襲しては、既存のタブロイド紙と高級紙とが全く見分けがつかなくなってしまう」。

―誰しも、「タブロイド」と一緒にされたくない

 質の高い報道を自負する高級紙が、「タブロイド紙と見分けがつかない」とくくられることは、イギリスの新聞業界では侮辱と受け取られる。タブロイド紙は読者数こそ巨大だが、その報道には信憑性がないとされ、女性の裸同然の写真が常時掲載される。日本の夕刊紙をさらにどぎつくしたもの、つまり低俗なものというイメージがイギリスでは非常に強いからだ。

 「全く見分けがつかなくなる」というラスブリジャー編集長の言葉に、おそらく、同じく議論に参加していたインディペンデント紙のサイモン・ケルナー編集長は、どきっとしたはずだ。

 さらに、ラスブリジャー編集長は続ける。「タブロイド市場と高級紙市場は、読者が期待するもの、提供されるジャーナリズムのスタイルが全く違う。現在の二つのタブロイド判高級紙が、既存のタブロイド紙特有の、読者に向かって、(あるメッセージを)叫ぶというスタイルを用いる方向に流れつつあることが、嘆かわしい」。

 では、ガーディアン紙のジャーナリズムとは?

 「もっと冷えた頭で物事を見る姿勢、もっと穏やかなアプローチ、もっと信頼感のあるオーソリティーがあるもの」。続けて、「自分の見方・意見と客観的ニュース報道が混同されていないのが、高級紙のジャーナリズムだ」。

 ここまで言われ、かちんと来た様子のケルナー編集長。ラスブリジャー編集長のスピーチが終わると、マイクは2人の間を行き来する。

 「タブロイドという器を使っても、十分に客観的な報道、質の高い分析記事を出してゆくことは可能」と、ケルナー編集長が反論する。

 「例えアラン(ラスブリジャー編集長)が何といおうと、新聞は、テレビやインターネットの速報性にはかなわない。どんなに一生懸命がんばってニュース報道記事を1面に出しても、翌朝の時点では、もう『遅いニュース』になっている」。

 「自分は、ニュースの背後にある意見、見方がますます重要になってくると思う」。インディペンデント紙は、これからも、「ニュースよりもビュー(意見、見方)を重視していく」と宣言した。

 ラスブリジャー氏はこれに真っ向から反対。新聞はニュース報道が先に来るべきであって、意見は後に来るべき、とした。

 「ニュース報道とは新聞のスタート地点であり、その報道が信頼できるものかどうかが最も重要だ」。完全タブロイド化したインディペンデント紙は「本当の意味で革新的なことをしたのではなく、既存のタブロイドのテクニックを使っただけだ」。

 「タブロイド」という媒体を使うと、このテクニックを使う方向に走らざるを得なくなるーーこれが高級紙がタブロイド判を作るときの「大きな危険性だ」と述べた。

 そして、インディペンデントのような「叫ぶ」スタイルを大きく前面に出していないタイムズのタブロイド判を、「よくできている」とほめたのだった。

 ただのやっかみなのか、それとも、真実をついた発言だったのか?

 2人の闘いは、11月末のオックスフォード大学のディベートの場で再燃することになった・・・。

 (上記の議論の様子を伝えるガーディアンの記事は以下のサイトで読める。)http://media.guardian.co.uk/presspublishing/story/0,7495,1346922,00.html)


by polimediauk | 2005-01-06 00:03 | 新聞業界