小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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オランダのスタートアップ「コレスポンデント」のオフィスに行ってみた

 オランダのスタートアップ・メディア「コレスポンデント」については、これまでにも何回か書いてきたが(記者と読者の関係を変える、オランダの「コレスポンデント既存メディアの枠を打ち破るオランダでの試み世界新聞大会で気づいた7つのことなど)、13日、アムステルダムで開催された「出版エキスポ2014」(世界ニュース発行者協会=WAN IFRA=主催)のイベントの一環として、実際にオフィスを訪ねる機会を得た。

 コレスポンデントはオランダの日刊紙「Nrc・next」の元編集長ロブ・ワインバーグ氏と同紙のブロガーの一人で、NRCメディアのインターネット部門の編集長だったエルンストヤン・ファウス氏が中心となって立ち上げたウェブメディアだ。クラウドファンディングでほんの数日で約1万5000人から総額100万ユーロ(約1億3900万円)を集め、オランダ内外で注目を集めた。広告収入には頼らず、購読料(年間60ユーロ=約8000円)で運営をまかなう。読者は「メンバー」と呼ばれ、記事に対するインプットを「コントリビューション」(貢献)として扱う。記者(=コレスポンデント)は読者との「会話」を奨励され、「会話を始める人」という役割も持つ。書き手と読者が知識を持ち寄り、より充実したジャーナリズムを作り上げることを狙う。オランダ語サイトだが、一部の記事は英訳されている。

 昨年9月のサイト開始から1年余りが過ぎた。現在、購読者数は2万8000人。(ファウス氏自身による1年を振り返るブログポストは「ミーディアム」に掲載されている。)

オランダのスタートアップ「コレスポンデント」のオフィスに行ってみた_c0016826_18103032.jpg コレスポンデントの狙いや今後について、ワインバーグ氏とファウス氏が報道陣の前で話した内容の一部を紹介したい(以下、敬称略)。

 コレスポンデントのオフィスはアムステルダム市内のビルの一角にある。ドアを開けると白い壁の細長い部屋がある。左手にはグレーのソファーがあり、右手にはミニ・バーがある。木製のカウンタートップに、2人が次々と報道陣向けに飲み物を並べてゆく。

 部屋の奥には長い机があり、いくつものコンピューターが並ぶ。ここが「編集室」のようだ。報道陣が訪 れたのは午後7時半過ぎ。2人の女性がコンピューターの画面に向かって作業をしていた。

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読者の知識=ジャーナリズムの宝庫


エルンストヤン・ファウス:読者の知識は今までに手がつけられていなかったジャーナリズムの領域ではないか。考えてみて欲しい。3000人の医者がいたら、その人たちの医療知識はたった一人の医療問題の記者の知識よりはるかに深く、広い。

 今はそれぞれ専門知識をシェアできる時代だ。オランダはツイッターも流行っているし、多くの人がネットでつながっている。知識をシェアするジャーナリズムをやりたかった。

 自分はロブ・ワインバーグがいたNRCのウェブサイトのブロガーだった。市民の意見・コメントではなく、専門知識をシェアする試みを行っていた。サイトの閲覧者も倍に増えた。

 しかし、ロブが「解任」されてしまったので、プロジェクトはつぶされてしまった。これが2012年の秋だった。

「一から始めよう」


ロブ・ワインバーグ:NRCの全ての編集者たち、ジャーナリストたちは質の高いジャーナリズムを作るという使命を共有していた。しかし、会社側はこれをあまり共有しておらず、利益を生み出すことをそれ以上に重要だと考えていた。

 私たちは新聞でイノベーションを起こそうと思った。私たちのプロジェクトはすぐに利益を生み出さない種類のものだ。株主がいる会社組織では、株主が3ヶ月で結果を出しなさいというだろう。

 私が前にいたNRCでは、100年前とまったく同じことをやっている。それを変えるのはとても大変だ。組織としても巨大だ。
 
 私たちは自分たちで一から始めることにした。

ファウス:それが2012年の秋だった。立ち上げについてのアドバイスはほとんど無視した。つまり、最初は小規模で、コーヒーショップの片隅で始めなさいとか、ニュースは商品なのだから、そのように扱いなさいとか。

ワインバーグ:ニュースをやるなら、ビジネスプランを持て、とかね。広告をどうするのか、とか。たくさんのオーディエンスを持つことを目的にしてしまうと、試験的な記事が出せなくなってしまう。

ファウス:広告記事を書くようなジャーナリストを雇え、という人もいた。いわゆるブランデッド広告だ。ウェブサイトの一部にこうした広告記事を出して、お金をもうけなさい、と。読者が欲しいものを与えなさい、つまりはネット時代なのだから短い記事をどんどん出しなさい、とか。

 そんなもろもろのアドバイスは私たちがやろうとしていたこととは正反対だった。

 まず、小さく、コーヒーショップの片隅で始めるということ。これはダメだ。

デザイナーとの共闘作業

 私たちが生きているこの時代に、デザイナーがどうやって物語を語るかは記事の中身と同様に重要なんだ。私たちは今、どのようにジャーナリズムを出していくのか、作っていくのかを考えている真っ只中だ。そんなとき、デザイナーと一緒になって、どうやってやるかを考えるべきなんだ。

 そこで、デザイナー&デベロプメントの会社「モンカイ」と一緒にやることにした。でも、普通に仕事を依頼すれば、すごく高い料金を払わなければなくなる。そこで、ビジネス上のパートナーになってもらい、低コストでやってもらえるようにした。

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(画面の例。モンカイ社のデザインが光る)

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(上の画像の右端、記者部分をクリックすると、記者専用の画面になる)

ワインバーグ:広告は入れない。これはある意味ではリスクだ。メンバーからの購読料だけで運営するのだから。

 広告を入れないことにした理由は、そうすることによって、自分たちが本当に重要だと思うことや、社会や読者が本当に読みたいと思うことに集中できると思ったからだ。

 私たちは読者を(何かを売るための)「ターゲット」としては捕らえていない。読者の特性を広告主に売りつけたりはしない。

 広告主がいないと、ジャーナリズムに対する考え方ががらりと変わる。広告主を悪魔のような存在だと言っているわけではない。

読者のバックグラウンドは何でもいい


 要は、私たちは読者の特性(性別、年齢、社会的バックグラウンドなど)をまったく気にかけもしないんだ。良いジャーナリズムの記事は18歳の読者にも80歳の読者にも読まれるだろう。お金持ちか、貧乏かも関係ない。読者が金持ちだろうが、貧乏だろうが、どちらでもいいんだよ。読者には、記事以外にはほかに何も売りたくはない。これは永遠にそうだ。私たちがやるジャーナリズムの根本なんだ。

ファウス:運営費は完全にメンバーからの購読費による。

 短い記事が良いというアドバイスがあったけれど、私たちはまったく違う。長い、深みのある記事を出す。ネットでは長く書いたり、説明したり、リンクやシェアができる。

ワインバーグ:だからと言って、「ロングフォーム」(長い形の)ジャーナリズムであれば何でも良いという意味ではない。また、手がけているプロジェクトはその過程を読者に公開している。

ファウス:記者は2-3ヶ月、半年、あるいは1年をかけて記事を仕上げる。

 あるトピックが今話題になっているかどうか、「ニュース」かどうかなんて、関係ない。記者が「これがこんな理由で重要なトピックだ」と説明したら、それが取り上げるに足る理由になる。

―資金作りはどうやったのか?

ファウス:クラウドキャンペーンを使った。年に60ユーロで、もし1万5000人集まったら、何とか始められるだろうと思っていた。でも、実現の可能性は50%ぐらいかなと思っていた。ロブ(ワインバーグ)があるテレビ番組に出て、資金を募ったらー。

ワインバーグ:テレビ出演から8日間で1万5000人以上が購読者になったんだ。このときの購読者を私たちは「創設メンバー」と名づけている。

 記者には1800人ほどから応募があり、3ヶ月かけて、これはと思う人物を選んだ。8人がフルタイムで、20人がフリーランス。5人のサポートスタッフがいる。

 ある記者は教員でもある。記事の発想が教育の現場から生まれる。元NRCにいた女性記者が今はアフリカの紛争について書いている。

ファウス:独自のコンテンツマネジメントシステム(CMS)があるべきだと思い、モンカイと協力しながら作り上げた。

 開始から1年後の今年9月末でメンバーは2万8000人だ。

 記者は原稿を仕上げるまで、いわば「旅」をする。記者にお願いしたのは「読者=メンバー=との会話のリーダー役になってくれ」、と。記事を出して終わりではなく、メンバーからの知識を引き出すようにサイト上で情報を出し合う。

 メンバーにはそれぞれ自分の専門の知識がある。例えばホームレスであった経験を持つ人がいたり、ポルノ女優であった人も。それぞれの知識をサイトにインプットしてもらう。

ワインバーグ:前に新聞社にいた記者は、読者との会話をするという作業に対し、「追加の仕事が増えた」という。私たちが言うのは、「追加の仕事じゃない。これこそが仕事なんだよ」。オーディエンスにエンゲージするのが仕事なんだ。

 コレスポンデントの記者は記事を出してからの仕事がある。読者には「コメント」ではなく、自分が知っていることを「コントリビュート」(貢献)してもらう。「どう思ったか」ではなく、「これについて何を知っていますか」と読者は聞かれる。

ファウス:知識を共有しましょう、ということだ。

―オーディエンス、あるいはメンバーを増やすためのマーケティング戦略は?

ファウス:ほとんどしていない。フェイスブックのページを持っている。これは「いいね」が8万回、ついている。

 記事自体をメンバーがシェアすることで広がっている部分もある。シェアすると、誰がシェアしたかが分かるようになっている。非メンバー、つまり購読者になっていない人もメンバーがシェアした記事は読める。

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 2人の話を世界中からやってきた報道陣が聞いた。小さいオフィスながら、大きな大志を持つ2人。

 「私たちは読者の特性(性別、年齢、社会的バックグラウンドなど)をまったく気にかけもしないんだ。良いジャーナリズムの記事は18歳の読者にも80歳の読者にも読まれるだろう。お金持ちか、貧乏かも関係ない。読者が金持ちだろうが、貧乏だろうが、どちらでもいいんだよ」--ワインバーグ編集長のこの言葉を聞いて、思わずほろっとしたのは私だけではなかったように思う。

 とは言え、将来性はどうなのだろう?また、この動きがメディア界全体に広がる見込みは?

 エキスポの会議に出席していた、アムステルダム大学のメディア学教授マーク・デューズ氏に聞いてみた。「将来性はあると思う。これからも続くだろう」。ただし、「コレスポンデントはあくまでもニッチ=隙間のジャーナリズムだと思う。いくつかの特定された分野のトピックを深く追いかけているから」だ。

 コレスポンデントのワインバーグ編集長によれば、ジャーナリズムのスタートアップのやり方やCMSなどを他のメディア機関に販売することも予定(遠い先の話のようだが)しているという。一部の記事をまとめた書籍(紙の本)もあり(電子本もすでに出している)、10月初旬、フランクフルトで開催されたブックフェアで披露したばかり。今後が楽しみなメディアであることは間違いない。
by polimediauk | 2014-10-23 17:42 | ネット業界