小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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イギリス高級紙のタブロイド化を追うー5

英オックスフォード大学での熱弁、そして今後は?

 オックスフォード大学で開催されるディベートには、学生のみならず多くの著名人も参加する。

 昨年11月18日開催されたディベートは「マスコミは民主主義を阻害するか(否か)」という議題で、ガーディアン紙のアラン・ラスブリジャー編集長、インディペンデント紙のサイモン・ケルナー編集長、経済紙フィナンシャル・タイムズの週末版についてくる雑誌の編集長ジョン・ロイド氏らが参加した。ロイド氏は、昨年6月、イギリスの政治ジャーナリズムを批判した本「メディアが政治に何をしているのか」という本を出している。

 ラスブリジャー氏、ロイド氏は「マスコミは民主主義を阻害している」という側で、ケルナー氏は「阻害していない、むしろ民主主義が機能するための有効な役割を果たしている」という側だ。

 ロイド氏を除き、それぞれ黒のタキシード姿で登場した討論者たち。話の途中でも、聴衆席にいる学生たちには質問やコメントを述べる機会が与えられる。

 「マスコミは民主主義を阻害している。特に、インディペンデント紙のように、一面で自分たちの意見を押し付けるような見出しをつけるのは、その典型的例だ」と、ロイド氏がインディペンデント紙を名指しで批判した。本を書いただけあって、説得力があった。

 ラスブリジャー氏は、またもや数紙の新聞を片手に登場。高級紙のインディペンデントがいかに低俗なタブロイド新聞のジャーナリズムに流れつつあるかを説明した。「事実と意見は違う。これを区別するのが高級紙。タブロイド判になったインディペンデントは意見を表に出している。こうしたやり方は人々から考える力を奪い、民主主義に貢献しない」。

 途中で一旦休憩になって討論者が別室に出て行ったが、残っていた学生たちは、それぞれに自分の意見を述べる。一人の学生が、議論をおもしろくするために言っている部分もあるだろうが、かなり怒った様子で、「自分はインディペンデントを読みたくない。インディペンデントの意見を押し付けられたくないからだ。あの1面は、傲慢だと思う」と熱弁を振るった。かなりの反響があった。

 自分自身は気づかなかったが、インディペンデントの一面の目立つ見出しに、押し付けがましさ、一種の傲慢さを感じる人がいる、というのは、新しい発見だった。

 討論者が席に戻り、今度はケルナー氏の番になった。「読者は新聞を買うときに、既にその新聞がどんなスタンスの編集方針かを知っている。インディペンデントを買う読者もそうだ。読者は事実と意見の違いを十分に知っている。読者を低く見るべきではないと思う」と反論。「新聞は民主主義の重要なツールとして機能している」と結論付けた。

 途中、先ほどの学生がコメントを出そうと何度か試みたが、ケルナー氏は片手で「ちょっと待て」のメッセージを出し、他の討論者とは違い、最後までコメントを述べる機会を与えなかった。午後8時過ぎに始まった討論は、午後11時近くまで続くこととなった。

―デイリー・テレグラフの編集長も「タブロイド化」に懸念

 イギリスの4大高級紙の中で、タイムズ、インディペンデントがタブロイド判のみになった一方で、デイリー・テレグラフとガーディアンは既存のサイズのままだ。
 
 テレグラフのマーティン・ニューランド編集長はラスブリジャー編集長と同じスタンス、つまり、タブロイド化した2紙は、既存のタブロイド紙のジャーナリズムに流れていると見ていることを、ガーディアンやBBCのインタビューなどで明らかにしている。

―さらに小型化も?

 小型タブロイド化の是非に関して議論が沸騰しているイギリスだが、今後の動きとして、世界新聞協会(WAN)の「新聞は未来を作る」プロジェクトのアドバイザー、ジム・チショルム氏は、フィナンシャル・タイムズの2004年9月14日号で、「小型タブロイド化が最後の変化とは思うな」と述べている。

 「オーストリアでは、既にA4サイズに近い新聞を出すところも出てきた」現実をあげ、「それほど遠くない将来、A5サイズの新聞が発行されることも十分ありうる」と予想している。

 また、インディペンデント紙のコラムニスト、ビル・ハガティー氏は、11月のコラムの中で、新聞の大きさにこだわる時代は終わりになりつつあるのでは、と述べている。かつて、ニューヨークタイムズ紙の発行者アーサー・サルツバーグ・ジュニアが、「読者が望めば、Tシャツにだって印刷する。紙である必要はない」と言った、というエピソードを紹介している。

 ハガティー氏は、新聞の将来は、紙よりもネットが主役になると予見している。

 この予見は、ガーディアンのラスブリジャー編集長の最近のコメントと不思議にだぶる。

 インターネット版のガーディアンに巨額の投資を続けてきたラスブリジャー氏は、「もし、紙とネットのどちらか1つをとれと言わ、最終的にはネットで勝負したい」と、10月末のロンドン市内の講演会で述べている。「これまでのネットへの投資はあと2年で回収される見込み。自分としては、将来的に紙の新聞がなくなる時代も予期している」。

 日本の新聞業界の人が聞いたら、驚くような発言だ。

 何があっても、紙の新聞はなくならないーこんな言葉を、私たちはこれまで何度聞いたことだろう。しかし、本当か?

 「ネットだけになっても構わない」としたラスブリジャー編集長の姿に、「タブロイドの次」のトレンドを見たように思った。

 (「イギリス高級紙のタブロイド化を追う」の一連の原稿は、新聞通信調査会報12月号に掲載された「議論が続くタブロイド・ジャーナリズム 高級紙の小型判化が進む英国」の同筆者の記事に大幅加筆したものです。ご興味のある方は、http://www.chosakai.gr.jp/index2.htmlへ。過去の様々な著者のメディアの記事がダウンロード可です。)

 
by polimediauk | 2005-01-07 08:35 | 新聞業界