小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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英国メディアと比較した、日本メディア報道


相手を傷つけないことに神経を集中させると・・・

 まだ日本に戻って2-3日目で、ほんの印象記的な観察になるが、前に、どうも日本では必要な情報が十分に行き渡っていないのではないか?というようなことを書き、「ではどんな情報が足りないと思うのか?」に関しては書かなかった。

 テレビのニュース番組を見ていて、丁度そんなケースに遭遇した。

 水曜日(31日)頃のNHKの夜のテレビ・ニュースで、「ロシア・ベスランのテロ事件から1年」というクリップがあった。現地から特派員の報告があり、これを東京のアンカーが聞く、という格好だった。テロ事件から1年経っても、何故テロが起きたのか?その詳細が分かっていないことを嘆く、犠牲者の母親に取材したもので、現地の苦しみをよく紹介していたと思うが、「そうですか、もう1年も経ったのに、何も分かっていないんですか」という形で話が進んだ。

 「本当に、大変ですね」ということで、終わるのだが、いかにも、「プーチン・ロシア大統領も一生懸命やっているが、まだわかっていない。大変でした」というような印象があった。しかし、プーチン大統領のテロ事件の処理にロシア国内及び海外で大変な批判が起きていること、チェチェン問題の処理に関しては弾圧といってよい状態が続いていること、言論の自由が少なくなっていることに西欧諸国から大きな批判が起きていること、などが、(日本の新聞記事を読むと出ているとは思うのだが)、少なくともこのクリップからはすぐには分からないように感じた。少なくとも、「一生懸命やっているけれども、真相が分からない」のではなくて、「真相を隠している疑いが強い」「故意に情報を出していない」面があることなどは、英国にいるジャーナリストたちの間では常識で、国民の間でも、よく知られていたと思う。

 しかし、NHKのこのニュースだけでは、どうも分かりにくいのだった。(嘘を言っているわけではもちろんないのだが、あまりにもオブラードに包まれていて、最後はメッセージが明確に伝わらないのだった。)

 さて、今晩(2日)、12チャンネルの夜のビジネス・ニュース(11時から)を見ると、さかいや太一氏が、「団塊の世代はこれからどうなるか?」というテーマの特別ゲストとして出演していた。

 団塊世代が2007年にいっぺんに退職した後、どうなるか?ということなのだが、新作「エキスペリエンス(経験)」を書いた作家でもある氏が、理想的な自論を語るのに対し、キャスターの女性は、基本的には、ある意味、はれものにでも触るように、「はい、はい」と聞くだけなのだった。

 理想は理想だが、常識的に考えて、60歳で退職し、それほど簡単に再就職が見つからないであろう事は、想像に難くない。

 団塊の世代は、年金をもらいながら仕事もする、という形をとり、消費も増え、良い事尽くめのような話をする相手に対し、何の真剣な、知的で、チャレンジングな質問もないことに、驚いてしまった。

 キャスターの主な関心ごとは、「いかにしたら、このゲストをハッピーにできるか?いかにしたら、失礼のないようにするか?いかにしたら、相手を傷つけないようにするか?」らしいのだった。

 定年後の生活に一定の困難さが起きるであろうことが明らかである以上、「それほど将来は理想的にはいかないのではないか?」という点を、視聴者の代表として、言葉を変えながら、何度も聞いてもいいはずだし、もしそうしなければ、ジャーナリストとして、キャスターとして、意味がないように思うのだが。

 日本と英国では、国民がニュース報道に期待するものは違うかもしれないし、報道のスタイルも違うだろう。日本は日本であろうし、英国は英国だ。

 しかし、間違った方向で、ゲストに対して変な気遣いばかりしてしまうと、必要な情報を国民に与えないことにつながっていくと思う。そうすると、報道の意味がないのではないか?

 話は飛ぶが、雑誌AERAで、英語特集の雑誌を出している。現在書店に出ている一冊では、英国のフットボール選手ベッカム氏が表紙になっている。ベッカムといえば、例えば奥さんのビクトリアが、「生涯にただの一度も本を読んだことがない」と最近発言して、英国で失笑をかった人の夫だ。それ以上に、もちろん彼自身が、日本でも大人気だが、今回のAERAを見て、どきっとしたのは、ベッカムの会話から英語を学ぶ、という企画だった。

 ベッカムは、英国では、英語力・国語力に欠ける人として有名である。

 数年前、女性誌AN ANで、「ベッカムで英語を学ぼう」という特集があり、これにも驚いたが、AERAでもまた起きてしまった。

 ベッカム・ファンにとって、彼の話す言葉を理解したいという気持ちは強いだろう。ここでいろいろ言うほどのことではない、のかもしれない。

 しかし、私は、ここにも、「情報の欠如」の例を見てしまう。どういったらいいだろうか、どうも故意に一部の情報のみが与えられているような気がして、ならないのだ。英語の雑誌を作るほどの人であれば、ベッカムと英語について本国でどんなことが言われているのか、分からないはずがないように、思うのだが。少なくとも、読者は、知らないだろう。知らされていないからだ。一種の詐欺的なものを感じてしまう。

 AERA, あるいは上記のニュースの個々の製作者を責めているわけではないのだが、こういうことが少しずつ重なって存在していると、全体の雰囲気、言論の場の成熟度合いなどに問題が起きる・起きているのではないか、と心配になる。
by polimediauk | 2005-09-03 00:33 | 日本関連