「新聞の新たな挑戦」-メディア・イベントより-1
「フリーペーパーが答えなのかどうかはわからない。それでも、何もしないというわけにはいかない」
9月28日、読売新聞が主催した「メディア・フォーラム:新聞の新たな挑戦」というイベントが、東京で開催された。事前の申し込みが必要だったが、参加料は無料。毎日新聞などをはじめとして、各新聞社は、時折こうしたイベントを開催しているようだ。一般向けだが、メディア関係者も多く聴講したようで、私が会場内を見渡したところでは、朝日新聞のメディア担当者の顔が見えた。
読売新聞社長滝鼻卓雄氏がコーディネーターで、これに英タイムズ紙の編集長ロバート・トムソン氏、米ワシントン・ポスト紙発行人ボー・ジョーンズ氏、米シカゴ・トリビューン紙編集局長ジェームズ・オーシア氏、及び第2部では電通総研社長の藤原治氏がパネリストとして、それぞれの状況を報告した。
米英及び日本でも若年層の新聞離れ、ネットの影響、といった課題を抱えているが、このイベントで議論を聞いた限りでは、ロンドン・英国では新聞の戦争が起きており、米国では試行錯誤ながらも走りながら考える形でどんどん進んでいる、といった状況が伝わってきた。一方、日本は、「夜明け前」というより、「未だ開戦前夜」のような印象を受けた。
もしこの印象が現実を反映したものだとしたら、何故なのか?
米英では、紙の新聞の存続の危機が(より)リアルに感じられているという要素が1つあると思う。その一例がフリーペーパー(無料紙)の存在で、英国ではメトロという巨大フリーペーパーと有料紙が毎朝、忙しい通勤客の奪い合いをしている。米国では大手新聞社本体が、若者や通勤客を捕らえるために、その効果や本体である有料紙へのマイナスの影響をやや度外視して、フリーペーパーを発行している、といった状況がある。「何もしないと、すべてを失う」という感覚が土台にある。
また、米英の新聞の言語が英語である点も見逃せないと思う。世界中で英語による情報発信の量は膨大なものであることは想像でき、「うかうかしていると、他のメディア・情報発信者に抜かれる」状況はかなりシビアなものだ。ライバル紙に抜かれなければ、24時間の放送メディアに抜かれる可能性もある。常に、世界的スケールでの競争が起きている。
今のところ、特に欧州を席巻しているフリーペーパーに相当するような無料新聞は日本では登場していない(リクルートの週刊誌R25というのがある、というのを聞いたのだが)ので、こうしたフリーペーパーがいかに新聞業界にとって脅威となり得るかを、日本で実感を持って想像するのは難しいのだが。
以下は、そのときの抜粋である。主に英国、米国の部分を拾ってみた。(全体に関しては読売新聞の10月10日号に掲載されるということなので、そちらを参照されたい。)
(新聞業界の課題に関して)
「シカゴトリビューン」オーシア氏: 米新聞業界では、読者層をいかに増やすか、またフリーペーパー対有料紙の戦いが問題になっている。わが新聞も例外ではない。
若い読者層が育っていない。若者たちはネットやフリーペーパーで新聞を読むからだ。何もしないと、読者数は減少するばかりだ。既存の読者はまじめな、深みのある記事を求めている。若い人はセックスがらみの記事、短い記事を好む。新旧の読者の両方をつなぎとめておくにはどうしたらいいのだろうか?
シカゴ・トリビューンでは、無料のタブロイドサイズの新聞RED EYEを出している。18歳から34歳用向けで、デザイン、内容も若者向けにして、24人のジャーナリストが編集に携わってる。大胆で、派手な紙面レイアウトを使う。例えば、1面にシカゴ市長のクローズアップを出し、Gay OKと大きな見出しをつけた。
レッドアイは発行開始から3年目に入り、9万5000部。スターバックスや駅などでも配っている。新たな広告主1000社が広告を出したが、この1000社は、これまでシカゴトリビューンには広告を出さなかったような会社だったので、新規開拓となった。
私自身もレッドアイを販売した経験がある。若い母親や女性など、普段は忙しくて新聞を読む時間がないような人たちが買っていった。
ニューヨークのフリーペーパー、amNewYorkにもお金を出している。損失となるであろうことは既に広告主も承知している。
新聞本体が出すフリーペーパーが、(新聞を読まない若年層などをつなぎとるめる)答えなのかどうかはわからない。それでも、何もしないというわけにはいかないのだ。
紙の新聞先行きは暗いといわれる。しかし、私は挑戦の時でもあると思う。
「ワシントンポスト」紙のジョーンズ氏: ワシントンに住む大人の6-7%がワシントンポストを読んでいる。広告費は少し伸びている。学校で新聞を教材として使うことも盛んだ。
フリーペーパーのEXPRESSを発行している。若い人向けというわけではなかったが、結果的に、若い人が多く読んでいる。スペイン語の新聞El Tiemo Latinoもあわせ、ワシントンポストが傘下におく複数の新聞の全読者数は増加している。
(若者の新聞離れをどうするか?)
「タイムズ」トムソン氏: それぞれの国の新聞市場は異なる。ロンドンではニューズ・スタンドで新聞を売っているが、特に競争が激しいと思う。女性はこれまであまり買わなかったと思う。
昔は週に6日タイムズを買い、日曜日は日曜紙のサンデータイムズを買っていた読者が、今は週に2-3度タイムズを買うだけだ。従って、特定の読者層を増やしたいというよりも、既存の新聞をもっと頻繁に読んでもらえるようにしたいと思っている。
しかし、学生やもっと若い読者のために、真剣な記事を載せているタイムズを変える、という案は、いかがなものか。編集長の私がディスコに行って踊るようなものだーみっともないだけだ。
オーシア氏(シカゴ・トリビューン):フリーペーパーのレッドアイの発行で、シカゴトリビューンの読者が増えたかどうか?答えはノーだ。
人々は、日中、仕事場でネットを通してトリビューン紙を読んでいる。トラフィックを見ると、午前8時から昼までの間に増えて、午後5時には低くなる。
レッドアイを読む人の場合、親も新聞を読まず、何かを読むために買うとしても週刊誌だ。しかし、手をこまねいていて、何もしないと全部失ってしまう。現在の既存の読者は15年後にはもう生きていないかもしれない。
レッドアイからシカゴトリビューンに読者を誘い込むために、レッドアイ紙上で、「もっと読みたいならシカゴトリビューンで」というような紹介文を入れている。これで読者が実際に増えるのかどうかわからない。結果が出るまで時間がかかるかもしれないが、やってみよう、と決めた。
トリビューンとレッドアイに掲載される記事の価値は同じ。しかし、レッドアイではもっと実験的な試みをしている。
ジョーンズ氏(ワシントンポスト):読者数を増やすには、新聞業界の我々の方から若い人の方に歩み寄っていかないといけない、と思っている。我々の調査では、かなりの若者が、学校で新聞を使った授業を受けると、新聞の購読者になる、といわれている。
(フリーペーパーの有料新聞への影響は?)
オーシア氏(シカゴトリビューン): 最初はそれが心配だった。しかし、実際はともぐいはないと思う。
ジョーンズ氏(ワシントンポスト);エキスプレスのために、やや部数は下がったかもしれないが、あまり影響はない。ワシントンポストは宅配なので、(街頭で配る)エキスプレスは、隙間を埋めたのだと思う。
トムソン氏(タイムズ):英メトロの影響は大きい。現在150万部発行されている。ロンドンで17の新聞があり、多い。メトロの影響で、タイムズの発行部数は15000部から2万部ぐらいマイナスになったと言われている。
この間、ジャーナリズムを専門とする大学教授と話していたら、彼は、地下鉄に乗るとき、時間がないと、メトロを読むし、時間があればニューズ・スタンドでタイムズを買う、といった。内容でなく、時間で選んでいる。
オーシア氏(シカゴトリビューン):お金の問題ではない。フリーペーパーが無料だかから手に取るのでなく、時間を急いでいるので、ピックアップする、と。便利で早く読める、という点もある。さっと読んで、大体分かるし、後で興味ある記事をじっくり読める。シカゴ大学の学生も読んでいる。つまり、読者は馬鹿じゃない。
滝鼻読売社長:日本は宅配率が高く(約90%)、フリーペーパーの参入は、難しい。東京でもメトロの発行の動きが5年ほど前にあったが、成功しなかった。英米のように、新聞社自体がフリーペーパーを出す、という動きはまだない。しかし、便利さの面の動きから、出る可能性もある。
(何故タイムズ紙は小型タブロイド判になったのか?)
トムソン氏(タイムズ): タイムズも変わらないといけない、変化しなければ、死ぬ、ということだ。
タイムズのジャーナリストたちはブロードシート(大判。英国では質の高い高級紙と同義語)で長年働いてきたので、変化することや、(ネットでニュースを読む人が増えているなどの)情報の環境が変わったということを話しても、理解できない人もいた。最初の3ヶ月は厳しかった。販売がどれほど上昇するのか、分からなかった。厳しい態度で臨まないといけなかった。反対する人たちの声に耳を傾けないこと。他の多くのジャーナリストたちの生活を犠牲にしてはいけない、と思った。
(以下、続く。)