小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

国民投票のイラク インディペンデント紙フィスク氏の声


「イラクは無政府状態に」「西欧諸国の関与が続く限り、平和はない」、英紙中東ジャーナリスト


 新憲法案の国民投票が開始されたイラク。

 自爆テロが横行してきたイラクは無政府状態に陥っており、駐留外国軍が国内に存在する限り、平和はやってこないー左派系新聞「インディペンデント」紙の中東専門ジャーナリストが、警告を発している。

 2年前のイラク戦争開始後も、身の危険をかえりみず何十回とイラクを訪れ、多くのイラク市民に取材をしながら原稿を書いてきたロバート・フィスク記者は、新刊「文明のための偉大な戦争―中東の征服」(仮訳。原題はThe Great War for Civilisation: the Conquest of the Middle East)の出版を記念して開かれたインディペンデント紙主催のイベントの中で、新憲法への国民投票が行われるイラクの今後を語っている。この模様は13日付のインディペンデント紙で紹介された。

 フィスク記者によると、イラクのほとんどの地域が無政府状態になっており、イラク人武装勢力が国内を支配している。バグダットの通称旧連合国暫定当局(CPA)管理区域「グリーンゾーン」から500メートル離れた地域でさえも、イラク武装勢力の支配下にある、という。 (私も書いている日刊ベリタの斎藤力二郎記者が伝えるところによると、イラクでは、国民投票開始直前にも同国の指揮命令系統の乱れを象徴する交戦事件が相次いで発生している。)


 過去何世紀にも渡る、西欧による、中東地域への「継続した、集中した関わり」が「多くの中東のイスラム教徒たちが我々西欧を嫌う理由だ」、「私たちは(こうした関与の歴史を)終えることができる。中東諸国は終了する側にはないのだ」。

 フィスク氏は、米英の政治家たちが本気でイラクに民主化をもたらそうとしているかどうかに関して疑問をはさみ、外国軍がイラクに駐留する限り、本当の平和はやってこない、とした。「中東では、確かに人々は西欧型の民主主義をいくらかは欲しいと思っているだろう。人権も少しは保障されたいと思っているだろう。しかし、同時に、我々から自由になりたい、とも思っている」。

 「アメリカ人はイラクを去らなければならないし、実際、去ってゆくと思う。しかし、本当には関与をやめないと思う。従って、これからも砂が血に変わる、という状況が続くと思う」。

 フィスク氏は、治安状況の改善策として、米国側がイラクの反乱軍と話し合いの機会を持つことが大切だ、と指摘する。「しかし、どうやってそんなことができるのか?私自身、分からない。国連や国際赤十字など、間をとりもつ役割を持つ団体の建物が爆破されているのだから。イラクを民主化するというプロジェクトは終わったのだと思う。イラクの大部分は無政府状態だ」。

 イラクの市民に実際に話を聞いてきたフィスク記者の目からは、イラクに民主主義を導入し、そのために憲法の国民投票を行う、といった西側の指導者が成果としてあげる動きは、多くのイラクの国民にとっては、「現実性のないもの」にしか聞こえないという。

 バグダッドでは女性や子供たちは身代金目当てや奴隷にさせられるために誘拐されるかもしれないので、家にじっとしており、多くの国民は電気が止まらないように自家発電の装置を動かすためのお金を調達するために死ぬほどの努力をしており、「部屋で憲法の国民投票に関して議論をしている」といった状態ではない、とフィスク氏は述べる。

 また、「グリーン・ゾーン」付近でさえも治安状態が非常に悪いため、取材活動を続けるジャーナリストたちの身にも危険が迫っているという。「バグダッドに行く度に状況は悪化しており、こんな場所で取材ができるのだろうか、と毎回自分に聞いている。つまり、こんな危険を冒してまで、原稿を書くべきなのか?と」。

 一方、フィスク記者は、英テレビが戦場の惨状をそのまま放映しないことへの不満も漏らした。「(ベトナム映画の惨状を描いた)米映画『セービング・プライベート・ライアン』や他の映画を観てほしい。頭部が切り落とされるシーンも出てくる。本当に頭部が切り落とされたら、テレビのスクリーンでは放映されない。テレビは(イラク戦争を開始した)政府にべったりしすぎているのではないか」。

 戦争で亡くなった人々の無残な様子が鮮明なカラー写真で新聞各紙に掲載された点に関し、こうした報道は亡くなった人々の人間としての尊厳を傷つけたことになるのでは?というイベントの会場からの問いに、フィスク記者はこれに同意せず、「亡くなった人々は、私たちジャーナリストに、自分たちの身に何を起きたかを記録して欲しいと思っていると思う」と述べた。

 政治家の側でなく、常に市民の視点から記事を書いてきたフィスク記者だが、ジャーナリストの基本は客観性を保つこと。イラク戦争の悲惨な様子がフィスク氏の客観性を鈍らせることはないのかどうかを聞かれ、「大量殺戮の現場に遭遇したら、人は強い怒りを覚えると思う。私もそうだ」と答えている。
by polimediauk | 2005-10-15 18:08 | イラク