小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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公益のためのジャーナリズム 「国営」ではない英BBCが目指すもの その歴史と現在とは

 英国の公共(サービス)放送大手「BBC」。世界中で広くその名が知られている放送局だが、「国営放送」として紹介される事例をネット上でよく見かける。

 改めて国営放送とは何かというと、例えば「ブリタニカ国際大百科事典」の定義によれば、

 国家自身が管理運営する放送。国家予算や国庫交付金などを主たる財源とし,国家機関の一部局として,あるいは国家の強い管理下で放送事業を行い,営利を直接の目的としない。中国などの社会主義国のほか,開発途上国の放送機関の多くが国営放送である。

 では、公共放送とは何か?

 「百科事典マイペディア」の定義によれば、

 放送事業体が営利を目的とせず,聴視者からの聴視料などをおもな財源として,公共の福祉と発展を事業目的として行う放送を商業放送と対比していう。日本のNHK,英国のイギリス放送協会(BBC)などはその代表的なもの。

 英国の主要放送局はBBC,ITV、チャンネル4、チャンネル5、そして有料放送のトップ、スカイなどがあるが、いずれも国営ではない。

 細かく言えば、最初の4つの主要放送局はすべてが「公共サービス放送」(Public Service Broadcasting=PSB)というカテゴリーに入り、放送業を公共サービスの1つとしてとらえる伝統が続いている。

 ちなみに、BBC以外の放送局ITV,チャンネル4、チャンネル5はその運営を広告収入によってまかなっている。運営資金調達方法からいえば、この3局は「商業放送」と言ってよい。しかし、チェンネル4は政府が所有しており、通常の「公共放送か民放か」の2者択一では分類できない形になっている。

 公共放送と商業放送の違いについて、「世界大百科事典」を見てみると、 

 企業として利潤を得ることを目的とせず,もっぱら広く一般の人々の福祉のために行われる放送。放送事業体の類型の一つで,商業放送との対比で設定されるもの。主として,(1)事業目的 公共放送は一般の福祉向上,商業放送は利潤の獲得,(2)運営財源 公共放送は主として受信料,それに対して商業放送は広告収入,(3)番組編成基準 公共放送は全国民的ニーズ,これに対して商業放送は市場性,以上の3点で公共放送は商業放送との対比において特徴づけられる。

なぜ、区別が大事なのか

 筆者がこの原稿を書こうと思いたった1つの理由は、「国営放送のBBC」,「BBCは国営放送」という表現を日本語のネット空間でよく見かけるからだ。

 当初は、「BBCが国営放送ではないことを知ったうえで、ジョークや皮肉としてそう書いているのだろう」と思ったものだ。「まるで国営放送のように、政府寄りの報道をしている」など、一種の批判として書いているのだろう、と。

 しかし、この頃はジョークや皮肉、批判的表現ではなく、これを事実として認識している人が次第に増えているのではないか、と思うようになった。

 というのも、メディア関係者でさえ、「BBCは国営放送」という前提で話したり・書いたり、あるいはそのような前提での論考や批判を「うっかり(?)」と事実として受け止めている例をたまに見かけるようになったからだ。

 しかし、「BBCは国営放送」とするのは、事実誤認である。もちろん、「国営放送のようだ」と表現するのは大いにありだが。

 BBCを国営放送として認識してしまうと、その存在意義が全く無視されてしまうことになる。誰がその運営費を払い、何を重要視しているのかについて、全く違う理解をしてしまうことになる。

 国営放送では何をどのように放送するかを決めるのは時の政府になるし(政府を「国民の代表」と解釈することもできるが)、公共放送では(受信料を払う)みんな(=国民)が決める。いわゆる「お上」が決めるのか、社会を構成するみんなが決めるのか、という話である。そして、BBCは後者である。

BBCの成り立ち

 英国は、なぜ放送業を公共サービスの1つとしてとらえるようになったのだろうか?

 それは放送業の始まりに由来している。英国の放送業の開始は、BBCの誕生と同義語だ。

 拙著「英国メディア史」に書いた個所を参考にしながら、説明してみたい。

 19世紀後半。世界中の科学者が電波を利用した無線通信の実用の可能性を探っていた。

 1896年、イタリア人の発明家・無線研究家のグリエルモ・マルコーニも自己流の実験に没頭し、投資家を求めて英国に渡った。翌年、英郵政省向けの実演が評価されたマルコーニは無線電信機の英国での特許を取得する。

 マルコーニ無線会社を立ち上げ、1899年、英仏ドーバー海峡横断の無線通信に成功。1901年、大西洋横断の無線通信を成就させ、09年にはノーベル物理学賞を受賞するまでになった。

 第1次大戦(1914-18年)を経て、ロンドン郊外チェルムスフォードにあったマルコーニの通信施設では、実験的なラジオ放送が始まっていた。1920年、「新聞王」ノースクリフ卿が当時の著名なオペラ歌手ネリー・メルバによるラジオ・コンサートを実施させた。

 大好評となったメルバの歌声を聞き、「ワイヤレス」(無線、あるいは無線機。当時はラジオの代名詞)メーカーは大きな市場が生まれることを予感した。そこで郵政省に対し、放送局を設置するための申請書を送るようになった。政府は、周波数の混乱を防ぐため、メーカー側が一つの組織にまとまることを希望した。

 1922年、200以上の無線機メーカーがまとまって民間企業「BBC](British Broadcasting Company)が生まれた。

 BBCは、政府からラジオの販売と放送の事実上の独占権を与えられた。民間企業としてのBBCの収入の大部分はラジオの販売からの売り上げと聞き手が郵政省に払う「受信免許料」(ライセンス料)であった。

「公共」の概念が入るまで

 放送を公共サービスとしてとらえ、そのサービスを提供する組織も公的存在であるべきという考えは、アマチュアの無線愛好家たちや政府のレベルで次第に支持されるようになっていく。

 背景には、英国の政治家や知識人の間に広がっていた「資本主義は悪くないが、市場競争に任せてばかりでは富の配分はうまく行かない」とする考え方があった。郵便体制、漁業、水道、電気が公共体として運営されており、放送も射程に入った。

 政府高官らによる米国への視察も影響を及ぼした。世界に先駆けて放送業が発達した米国では、数千にも上る放送局が乱立していた。英政府は米国が「混とん状態にある」と判断し、中央からの規制体制を構築して、大小の無線機メーカーを統合させて1つの放送体を形成させる道を選んだのである。

 こうして、1927年1月、公共放送としてのBBCが生まれた。

国営化への抵抗

 公共組織に変わる直前の1926年5月、英国でゼネストが発生した。

 公共交通機関がほぼ停止し、新聞は休刊かページを大幅に縮小。唯一の最新ニュースを得られる媒体として、BBC(当時はラジオ)を誰もが聞きたがった。BBCの放送内容を書きとったものがあちこちに貼りだされ、電気店や新聞社など、人々はラジオがあるところに集まって放送を聞いた。

 政府は、ウィンストン・チャーチル財務相(のちに首相となる)に御用新聞「ブリティッシュ・ガゼット」を制作させている。

 チャーチルはBBCに対し、ガゼットの報道を読み上げるよう依頼したが、BBC側に断られた。国家の緊急時には政府はBBCを国の管理下に置くことができたが、今回どうするかについて内閣では意見が割れた。チャーチルはBBCの臨時の国営化を主張する一人だった。

 当時の経営陣のトップ、リース卿はボールドウィン首相との連絡を密にしながらも、ニュースの扱いが公平で、当事者の両方の主張を紹介するよう尽力した。

 BBCは「本当に何が起きているかを知らせてくれる」報道機関として、国民や政治家らから頼りにされて、国営化を免れた。

 現在も、公益を目的として報道する伝統が続いている。BBCばかりではなく、ほかの英国のPSB放送局にもこの精神が根付いている。

情報があふれる時代、公共放送の意義をホールBBC会長が力説

 11月14日と15日、スコットランド・エディンバラで、メディア会議「NewsXchange」(欧州放送連合=EBU=主催)が開催された。EBUは欧州を中心とした56か国の公共放送局が加盟する組織で、毎年、このタイトルでメディア会議を開いている。筆者は2005年頃から、この会議を何回か取材してきた。

 情報があふれるこの時代、公共放送の意義は何なのか?

 14日、BBCのトニー・ホール会長の基調講演を聞いてみた。

 印象深かったのが、「視聴者を中心に置く」という立ち位置だ。「視聴者に対して、責任を持つこと」。

 現在、「自分の意見に同意しなかったら、あなたは自分の敵だ」とみなす風潮が強い。しかし、公共(サービス)放送の役目は片方だけの意見を出すのではなく、「偏らないこと。BBCが理解するところの世界のありようをそのまま出すこと」。

 BBCの課題は「視聴者に仕える・役立つための最善の方法は何か」を考えることだという。

 「トップダウンで、視聴者に向かって放送コンテンツを流す、というのではなくて、視聴者とともにある放送局であるべき」、とホール会長は言う。

 視聴者が「自分たちで物事を決定する」ことを支援する存在としてのBBCである、と。

 そのためにBBCが具体的に手掛けるのは、「フェイクニュース(正しくは「ミスインフォメーション」と言い換えた)の撃退」、「説明する」、「リアリティ・チェックというコーナーで、何が事実なのかを明らかにする」、「専門性を持ったジャーナリズム」。

 何度も会長が繰り返したのが、BBCは「視聴者のために」存在していること。ジャーナリズムの役目は「人々に力をつけさせる(エンパワーする)こと」、「人々が自分たちで物事を決定することを可能にすること」。

 リップサービスだと思うだろうか?

 筆者はそうは思わなかった。この理想が十分に現実化しているかどうかの評価は別にしても、BBCの国内放送の主たる運営費は視聴家庭が払うライセンス料によるので、このような表現は当然であろうし、これが公共(サービス)放送とは何かの意味なのだと思う。

 

 


by polimediauk | 2018-12-06 22:58 | 放送業界