小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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【テロとの戦争から20年】在米ジャーナリストの視点 「9.11テロの前に戻ってしまった」

 米同時多発テロ(9.11テロ)の発生から、今年で20年となった。

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9.11同時多発テロとは:2001年9月11日、米国内で4機の旅客機がテロリストに乗っ取られた。このうち2機はニューヨークの世界貿易センタービルに突入し、2つのビルは倒壊した。別の1機はワシントンの国防総省に突っ込み、さらにもう1機はペンシルベニア州で墜落した。犠牲者は、確認されただけで約3000人に上った(NHKアーカイブス)。

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 テロ発生からひと月未満の10月7日、テロを首謀したイスラム過激組織「アルカイダ」とその指導者オサマ・ビンラディンを捕まえるため、ブッシュ米政権が英国とともにアフガニスタンに侵攻した。「テロの戦争」の始まりである。

 アフガニスタン・タリバン政権は瞬く間に崩壊し、米国は次にサダム・フセイン大統領が統治するイラクに狙いを定めた。2003年3月、イラク戦争が開始された。

 2003年から共同通信社のニューヨーク特派員として報道を開始し、06年以降は在米フリーランス・ジャーナリスト&フォトグラファーとなった津山恵子さん。今年9月11日も現地を取材した。米国から見たテロの戦争と米国の状況について、テレビ会議ソフトZoomを使って、津山さんに聞いてみた。

ーいつから9.11テロの現地取材をされているのでしょうか。

 津山さん:2001年はまだアメリカにいなかったのですけども、2003年から、セプテンバー・イレブン(9.11)の当日は取材を続けています。03年、04年、05年、06年と4回、共同通信の記者として9.11の署名入り記事を書いていますね。

 2003年でも、まだ生々しかったです。

 初めて行ったときは、北の方からグラウンド・ゼロ(テロによって破壊されたニューヨークの世界貿易センタービルの跡地)を目指して歩いて行って、がれきの山を1.5メートルか2メートルぐらいのフェンスが囲っていたんですけれども、その手前に「家族を探しています」という写真、ポスターなどが、ラミネートをかけて置かれていました。花とか造花、ぬいぐるみが山のように積まれていた。膝の高さぐらいまで積んであって、それも2年経っていましたので当時の灰ではないと思うのですが、ものすごくすすけていて。それは生々しかったですね。

 フェンスの中のグランド・ゼロも、吹き飛ばされたときの形が残っている感じでした。

 参考:9.11同時多発テロから20年、グラウンド・ゼロ再建を振り返る(ビジネス・インサイダー、2021年9月10日付)

ー2003年というと、イラク戦争が始まりつつある時でしたね。

 イラク戦争は2003年3月に始まりましたが、ニューヨーク赴任は2003年7月1日からです。イラク戦争は嫌だなあと思っていました。

 国連の決議を無視して、しかもAUMF(Authorization for the Use of Military Force=軍事力行使権限承認)といった、要するに、大統領に戦争を始めてもよいという権限を持たせた。議会上院でも満場一致で可決しているんですけれども。

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イラク戦争とは:2003年3月20日、ブッシュ米政権が、イラクが大量破壊兵器を保持しているとして空爆および地上軍によって侵攻し、サダム・フセイン政権を倒壊させた戦争。国連安保理決議に基づかず、「テロとの戦争」の一環として、有志同盟による軍事行動として実行した。

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軍事力行使権限承認AUMF)とは:米国憲法は、議会に宣戦布告の権限があると定めているが、AUMFにより、大統領に権限が委譲された。AUMFは失効期限がなく、20年近くにわたって、民主・共和両党の大統領が軍事行動を正当化する根拠となってきた(ロイター通信、2021年6月18日付他)。

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-外から見ていると、愛国的雰囲気が高まって、反対意見が言いにくい状況に見えました。

 おっしゃる通りです。この時も超党派で、カリフォルニア州の下院議員(民主党)がただ1人反対する形で、イラク戦争に突っ込んでいったんです。

 反対したバーバラ・リーという議員は、「怒りがすべての理性的な考え方を奪ってしまう時にこういうことをするべきではない」、と議会演説をするんですね。

 事務所に戻ったとたんに、ファックスからメールから電話から、殺害予告です。半分ぐらいが脅迫で、半分は賛成する意見だったと彼女が言ってました。

ーイラク戦争について、どんな感じで受け止められていらっしゃいましたか。

 個人的には、両親ともに戦争を経験していますし、(1945年8月9日に原爆投下があった)長崎の支局にいたということもありますし、母方の祖父母が満州で餓死しているわけですね。個人的には戦争はとにかくもう嫌だ、というのがあります。

 面白いなと思ったのは、共同は、今でもそうだといいなと思うんですけれども、割と自由でリベラルな会社で、アフガン戦争、イラク戦争が始まったことについては、疑問を呈するような感じの原稿が出ていたと思います。私が書いたものではなくて、先輩が書いていますけれども。

ニューヨーク市民は戦争反対で一色に

-違法かもしれないと言われながらイラク戦争が開始されたわけですが、ニューヨークにいて、開戦してしまうのもやむを得ないというか、感情面で同感する部分はあったのでしょうか。

 私は、あまりなかったですね。

 2003年の3月にはイラク戦争が始まって、ニューヨークは反対で一色になりました。

 面白いのは、ブッシュがグラウンド・ゼロに初めて立って、市長さんと腕を組んでいた時には口笛とか歓声が周りから上がっていたわけですけれども、戦争をやるとなったら、ニューヨーカーは一転して彼に背を向けたわけですね。

 2004年には大統領選挙があり、共和党がブッシュを大統領候補に決める党大会をニューヨークで開いたのです。その時は、たぶん5-6万人規模のブッシュ反対のデモがありました。私もその様子を取材しました。

ーなぜそうなってしまったと思われますか。アメリカと言えば世界の警察官であり、法を守る国というイメージがありました。しかし、「違法の戦争」とも言われたイラク戦争、イスラム系男性らをテロの容疑者として、キューバにあるグアンタナモ米基地に設置した収容所に無期限に拘束するなど、超法規的行為がありました。

 ネットフリックスで「ターニング・ポイント」という作品がありますが、あれを見ていて分かったのはブッシュは戦争にあまり乗り気じゃなかったんですね。でも、チェイニー副大統領と軍部が彼をぐいぐいと引っ張って、2つの戦争に持って行くわけなんですけれども。

ネットフリックスの「ターニング・ポイント」(公式サイトから画像キャプチャー)
ネットフリックスの「ターニング・ポイント」(公式サイトから画像キャプチャー)

 当時から、アメリカは真っ二つに分かれていて、共和党、共和党支持者、あるいは保守的な考えをしている人は大歓迎して、ブッシュを応援するわけですよね。

 ニューヨークは感覚で言って95%ぐらいがリベラルな市民なので、それには反対していた、そんな環境に私が赴任した、という感じなんですね。

ーというと、トランプ大統領(在職2017-2021年)以降ではなく、トランプ以前からすでに、リベラル系と保守系に分かれていたということですね。

 そうですね、大統領選の投票結果、ポピュラー・ボート(一般投票)を見ると、本当にいつも拮抗しているわけですよね。

 そのうちの1%、2%、3%が共和、民主のどちらの党に流れたかによって大統領が決まっている。

 だから、政治信条的には、インディペンデント(独立系)がすごく少なくて、アメリカは赤(共和党)と青(民主党)、保守とリベラルにはっきり分かれている国です。

 アメリカでは「fear-driven politics(恐怖に突き動かされる政治)」という言葉をすごくよく聞きます。

 それをブッシュとか(チェイニーは)使ったということですよね。ありもしない大量破壊兵器がイラクにある、と。タリバンがアルカイダをかくまっている、という話をして、投票の賛成への意見を集めていく、というわけです。

 これが今年1月に発生した、議事堂襲撃事件につながっていくんですけども。

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議事堂襲撃事件とは:2020年の米大統領選が不正と主張する、トランプ支持者らが連邦議会が開かれていた議事堂を襲撃し、議会機能が一時的に喪失した事件。議事堂ではバイデン大統領の就任を正式に確定しようと連邦議会が議事を進行中だった。

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 これも、完全にフェア・ドリブンですよね、バイデンが大統領になったら、大変なことになるぞ、とか。

 この国は歴史的にそういうことに突き動かされるというのは、いまさらながらに、この2-3日で思い出したんですよ。

ーこれは「誰かに侵略されるかもしれない」という脅威でしょうか。

 そうですね、今「フリーダム」という言葉に凄い手あかが付いてしまっていて、例えばマスクをしない自由、ワクチンを打たない自由。

 これで今、アメリカの中で2つに分かれているので、南北戦争以来のことを、武器を使わないでやっていることが多いですよね、ずっと分断しているという感じなんですよね。

 例えばワクチンを義務化させるというバイデンの方針について、9・11の、世界貿易センターでコメントを取った人が何とワクチン反対派で、アッと気づいて、近づきたくない、みたいな感じだったんですけど、職業を聞いたらラジオ局だというから、ワクチンをしているだろうな、と。

 でも、彼の言い分だと憲法で保障されている個人の自由に反する、違憲である、と。ワクチンの義務化も違憲である、非常に自分はアプセットしている、と。あの悲しみの場所で言うわけですね。ですから、だから本当に分裂しているのを強く感じて、ショックでした。

ー分断はいつから、なぜそうなったと思われますか。世界金融危機という説も一つありますが。分断がなぜ可視化されるようになったのでしょうか。

 トランプがすごく煽ったというのは、間違いない事実だと思います。

 それまでは、どちらかというと、真っ二つにリベラル派と保守派に分かれていたものの、今マスクに反対したり、ワクチンに反対している保守の人たちの声が聞こえにくかったんですね。

 それでポリティカリー・コレクトネスがまかり通っていたんですけれども、トランプが平気で(新型コロナウイルスを)チャイナ・ウイルスと今でも言っていますし、女性を差別する言葉であったり、特定の宗教を差別するような言葉を使ったりしました。

 一国の首脳がそういうことを言ったということで、特に強硬な保守の人たちが留飲を下げて、そうか、じゃあ自分たちも言ってもいいんだということになって、それで初めて、それまではあまり表面化していなかった分断が、手に取るように見えるような形で現れてきたのだと思います。

 それで、例えばシャーロッツビルで南北戦争のリー将軍の銅像を撤去せよというデモをやっていたら、その反対が出てきて、クー・クラックス・クランみたいな人々がたいまつを持って出てきたり、ああいうことも、今まで聞いたことがなかったんですけどね。

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シャーロッツビル事件とは:2017年8月12日、米東部バージニア州シャーロッツビルで起きた、白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)、ネオナチなどの白人至上主義グループと対抗デモを行った反対派による衝突事件。トランプ米大統領は喧嘩両成敗のようなコメントを出した。

参考:朝日新聞、2017年8月13日付 米、白人至上主義グループと反対派が衝突 3人死亡

BBCニュース 2021年7月11日付 衝突と死者の原因になった南部将軍の銅像、4年経て撤去 米シャーロッツヴィル

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ーそういうことが、前からあっても、今、外に出るようになった。ソーシャルメディアがあるので、簡単に出てしまいますね。

 そうですね。本当に、人々があまりポライト(=礼儀正しい)ではなくなっちゃったな、と。

―大統領選をいつも取材していらっしゃいますが、初の黒人大統領となったオバマ大統領(在職2009-17年)の評価はいかがでしょう?テロの容疑者を拘束したグアンタナモ収容所の閉鎖を実現できず、アフガン戦争でも増派を選択したのはオバマ大統領でした。負の遺産を残した感じがして、残念に思うのですが。

 彼は外交がちょっと残念なことになってしまって、ワシントンでの人気は意外にないですね。

 でも、1点だけ、私が彼を好きなのは、黒人だったということで、ほかの非白人の人たちがすごく勇気を与えられて、8年間、割と心地よく過ごしたんですね。

 それから、同性愛者の人たちの結婚が全米で認められるようになった。2015年、最高裁の判決が出ましたけれども(6月26日、連邦最高裁が同性婚は合衆国憲法下の権利であり、州は同性婚を認めなくてはならないとの判断を下した)、その日も私はたまたまワシントンにいて、最高裁前で喜びに沸く同性愛者の人の姿を見たんですけど。いうことが可能になったのも、やはり黒人の大統領がいたからだ、と思うんですよね。

 8年間で、国内的には割とガラリと改善されたところがあったんですけれども、2017年のトランプ大統領の誕生で、逆戻りしてしまいました。

ーバイデン現大統領をどのように評価しますか?

 今回のアフガニスタン撤退が完全に失敗ですよね。彼は大丈夫なのかという論調は高まっているんですが、内政的にいうと、この間オクラホマ州のタルサであった、黒人の大量虐殺事件の追悼式に大統領として初めて行ったんです。

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タルサ虐殺とは:米オクラホマ州タルサで1921年5月31日に黒人コミュニティーが破壊され約300人が死亡した事件。

バイデン氏、100年前のタルサ虐殺を追悼 米大統領として初

タルサ事件の100周年のため、ジョー・バイデン米大統領は6月1日、現地を訪れた。アメリカ史上特にひどい人種差別暴力のひとつの事件を追悼するため、現職大統領が現地を訪れるのは今回が初めて。(BBCニュース、2021年6月2日)

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 多分、オバマも行きたかっただろうと思うのですが、自分が黒人だからできなかったと思うんですよね。バイデン大統領が融和を進めようとしている動きは、私はすごく評価できるものだと思います。

時計の針がテロ前に戻ってしまった

ーテロの3000人の犠牲者は痛ましいですが、外から見ると、その後のテロとの戦争でアフガンやイラクで人が亡くなったことが想起されてしまい、複雑な思いです。

 この20年間で、アフガニスタンをタリバンが制覇してしまったということで、時計の針が古い時代に戻ってしまったというのは、痛感しますね。

 これからタリバンがどれぐらい勢力を持っていくのかわかりませんけれども、でもこの間、CNNの記者が言っていたのですが、アメリカ軍と同盟軍がバタバタと引き上げたので、最新の兵器とかが残っているんですよね。

 それをタリバンが手中にするというのは、非常に懸念があると言っていました。そうなると、アメリカや日本も含めての同盟国にジハードをかけると宣言すれば、また9.11のようなテロが起きる、イギリスも例外ではないと思います。

―英国内情報機関MI5のトップが、先日BBCラジオに出演し、本当に大規模なテロを含めてテロ発生のリスクが大いにあると言っていました。

 そういう意味で、国の安全保障上の理由で9.11の前に戻ってしまったとはっきり言えると思うんですよね。

ー9.11テロの前に戻った・・という評価は重いですね。

 アルカイダがまだどれぐらいタリバンと密接な関係を持っていて、どれくらい2000年当時のような勢力をまだ持っているのか、不明なわけですよね。でも、もし持っていたら、アメリカ、イギリス、日本へのテロの脅威は、9.11前に戻っているという仮定ができると思うんです。

ーアメリカ政府側がアフガニスタンの状況について十分な諜報情報を持っていなかったのではないか、という指摘もあります。

 それは私も同感です。

 これだけの諜報機関を持っていながら、しかも、9.11の後に、「ナショナル・セキュリティ・エージェンシー」(国家安全保障局=NSA)を新しく作って、そこに強大な権力を持たせて、ある時点では、ほぼメタデータとしてあらゆる通信内容の傍聴もやっていたわけですよね。

 そういうところがありながら、タリバンがカブール近くまで来ているということが(事前に)分からなかったのは、本当に残念ですし、疑問ですね。予算も相当使っているんですけれど。

―事件が起きてから、ああすればよかったというのは簡単かもしれないのですが、今年1月に出た英上院のアフガニスタンの状況報告では、危険である、と表記されていました。

 なぜNSAを作ったかというと、9.11が起きるかもしれないと警告を発していた人がFBIやCIAにいて、FBIは国内で、CIAは国外で、ということですが、縄張りもあって、諜報機関同士の情報の伝達がうまく行っていなかったという判定の基に、NSAを作るんですね。

 だから、もしアフガニスタン情勢の分析がうまく行ってなかったり、同盟国からリスクの警告があったにもかかわらず、ワシントンできちんと流通していなかったというのであれば、またこれも、9.11前と同じではないか、と。

 とにかく今、アメリカにとって最大の問題は、なんでも政治的に取られてしまうことです。例えばリスク報告があった、と。でも、今これに対応すると、今の政権にとって得なのか、そうじゃないのか、と。支持者が増えるのか増えないのか、と。

 なんでも政治的な材料にしてしまうことがものすごく大きな問題だし、私自身は、もうこれはダメだな、という感じがしているんですね。

教育現場と9.11

 9.11について、「AERA」に2ページの原稿を書いたんですけれども、9.11を教育の場でどのように教えているのか、ということをずっと知りたくて。

アメリカで「授業に9.11を入れるのはすごく大変」 教師ら奮闘もほとんど実現しない現実(「AERA」)

 ちょうど20周年記念なので書いたんですけれども、実は、おそらく、半分以上の州で教えてないんです。

 なぜかというと、日本は文科省が作った学習指導要領で全国一律の授業をやっていますけれども、アメリカは州ごとにスタンダードが違うんですね。

 テロについての授業をするときに、9.11を入れるのか入れないのか。入れたほうが良いと勧めている場合と全然言及がない場合に分かれていて、9.11を教えた方がいいと言うスタンダードを使っている州は25州なんですね。

 要するに、それは割とリベラルが強い州でそうなっているんだと思うんです。でも、保守が強い州ではそもそも、9.11が起きて、で、アフガニスタンとイラクと戦争しました、それから、イスラムフォビアが広がりました、と。それは正当だと保守の人は思うわけです。

 イスラム教徒はとんでもない、どんどんいじめてやれ、差別してやれと思っている人たちもいるわけですよね。

 9.11を巡る、教育現場の判断が真っ二つに分かれているし、いわんや、教えていない、と。アメリカのメディアの報道だと、きちんと教えているのは50州のうち14州。

 先生らに直接取材をしたら、とにかく、9.11の後にガラリと社会が変わってしまい、イスラムフォビアとか、戦争に反対するのか、賛成するのかで、あまりにも問題が複雑で、教えるのが大変。先生の側にも生徒の側にも、戦争をじゃんじゃんやれ、イスラム教徒はダメだと思っている人がいるし、いや、差別はダメだ、戦争もやっちゃだめだよと思っている人がいる。両方いるわけですね。そこで、9.11を教えると言ってもあまりにも難易度が先生にとって高すぎるから、避けて通っている。

 教えてもいいよという州が25州あっても、14州でしか教えていないというのは、すごくよくわかるんですね。

 政治的なイデオロギーが違うので、9.11の解釈にしても全然違うんですよね。

―それがずっと続いていたら、社会の分断が進んでしまいますね。

 そうですね。この国は、政治的イデオロギーのために、未だに、歴史的に起きた事件でさえもきちんと教えられないんですよ。

 南北戦争だって、未だに黒人を差別してもいいと思っている白人至上主義者の人にとっては、とんでもない歴史的な出来事で、話したくもないし、学校で教えてほしくもないわけです。

 19世紀に起きた戦争の解釈ですら、未だにきちんとできていないんですよ。9.11ももっと複雑で、伝えていきにくいですよね。

―何を思い出すのかが違う

 そうなんです。追悼に来ている人が、ワクチンに反対しているわけでしょう。

 3000人亡くなったわけですけれども、今コロナでは、たぶん2日か3日で3000人ぐらい、亡くなっているわけですよね。

 でも、マスクはしたくない、ワクチンはしたくないと言って世界貿易センターの場に立っているわけですよ。そういう人が。この政治的な分断というのはすごくショックです。

ー9.11テロの解釈さえも、人によって違う、ということですね。

 そうですね。

―みんなが悲しみに沈んでいる、というわけでもない?

 20周年ということであそこに集まった、多分2000人ぐらいだったと思うんですけれども、唯一、よこぐしで共通の感情があったとすれば、やっぱり、そこで亡くなった人がいる、ということですね。

 なぜ起きたのか、とか、9.11がどんな意味を持ったのかというところでは、絶対に共通の認識はないです。

ー9.11テロやテロとの戦争の世界に対する影響は、これからも大きなことであり続けると思うんですが。米国だけの話ではなかった、と。

 そうですね、同盟軍となったイギリスとフランスの戦死者の数を調べてみたらいいのではと思うんですけれども。

 アメリカの兵士は、アフガンとイラクを合わせたら、死者数は3000人は優に超えます。

 今は駐留しなくても戦争はできる、という記事がありました。コンピューターで、どんと、テロリストがたくさんいそうなところにミサイルを落とすだけでいいわけですね。

 何千人ものアメリカと同盟軍の兵士を犠牲にしても、駐留させているメリットがもうない、と。デメリットの方が大きいという記事だったんです。

 なぜかというと、駐留していることで、反感を呼んでテロリストになってやろうという市民が出てくるという影響がある、と。もうプレゼンスはその土地に示さない方がいい、という専門家の声が入った記事だったんですね。

 犠牲になった命の数、それからお金、コストですよね、それと、アフガニスタンやイラクでテロリストを増やすきっかけになってしまった。そして、タリバンにもパキスタンや中東からおカネや武器がたくさん入っている。ケシの栽培をしてお金を得ようと思っているのも、ジハードの資金のためじゃないですか。

 だから、世界的な影響はすごくあったと思います。

ー兵士の多くが心の病気にかかっていると言われています。

 これは私の感じですけど、退役軍人、兵士の人たちは、ほぼ100%近く、軽度か重度かは別にしても、PTSDになっていると思います。

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PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)とは:死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態(厚生労働省)一人一人 

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 なぜかというと、若い退役軍人たちを取材したことがあるんです。

 3人のうち2人は、いわゆる簡易爆弾みたいなもので目の前で同僚や上司が亡くなったのを目撃している。

 その体験を話してもらったときは、それまで全然普通の人に見えたんですよ。冗談を交えて話していたのに、その体験の話になったら、本当に涙をこらえている。顔だけどんどん真っ赤になっていって。エクスキューズミーとかいって、ちょっとナプキンで顔を拭いたりという感じなんですね。

 後の1人は目の前で同僚が亡くなることを目撃はしていない。でも、自分が負傷した。一番いやだったのは、1人分の穴を掘ってそこに何日もいなければならない時に、雨が降ってきて、自分でおぼれるんじゃないか、と。水の中に長時間つかっていた、と。

 その体験を話してくれた時は、やっぱり、前者の2人と同じように顔がだんだん赤くなっていって、目をぱちぱちして、泣かないようにしていたのがはっきりわかる状況だったんですね。

 だから、PTSDと診断されていないかもしれないけれども、また、同僚が亡くなっていない、あるいは自分は負傷していないかもしれないけれども、そこでの何カ月かの体験というのは、相当彼らの精神に影響があると思うんですね。それは同盟軍の人たちも同じだと思いますよ。

 普通に話しているとわからないので、多分、家族でも親しい友人でもなかなか気が付かないと思うんですよね。

-普段はそういうことは言わないでしょうしね。

 言わないです。特に、マッチョなことが評価されるアメリカ人の男性としては、なかなか言わないと思います。

―残された傷は本当に大きいですね。

 失われた命はアメリカ軍では数千人規模ですよね。だけど、現地の市民の犠牲者は多分十何万人いると思うので、その人たちがみんなそういう心の傷を抱えているとしたら、大きな問題ですよね。

 アメリカ人にとっては、やっぱり、よく言われるのがパールハーバー以来の本土攻撃ということで、そういうショックも大きいですよね。

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パールハーバーの攻撃とは:1941年12月7日(日本時間では8日)、米国オアフ島の真珠湾(パールハーバー)にある米国海軍の太平洋艦隊基地に対して、日本海軍が加えた奇襲攻撃。太平洋戦争のきっかけとなった。(コトバンク

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 2003年から住んでいる私でさえ、秋の青空に飛行機が飛んでいるのを見ると、ああ、9.11はこんなんだったんじゃないかなって思うんです。

 当日、リアルタイムで体験された人は、空で飛行機を見るともっと強い感情を持っているんじゃないかなと思うんですよね。

津山さん(本人提供)
津山さん(本人提供)

津山恵子さん:ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「ビジネスインサイダー・ジャパン」などに、米社会、経済について幅広く執筆。近著は「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報 https://amzn.to/2ZtmSe0)、「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社 amzn.to/1qpCAWj )、など。2014年より、海外に住んで長崎からの平和のメッセージを伝える長崎平和特派員。元共同通信社記者

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(筆者のヤフー個人ニュースページから転載)


by polimediauk | 2021-10-18 06:33 | 政治とメディア