小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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ポーランドの独立メディア「ガゼタ・ヴィボルチャ」を訪ねる 「使命」として、発行し続ける(1)

 2022年2月末に始まったウクライナ戦争で、すぐに支援の手を差し伸べたのが隣国ポーランドだった。ウクライナからの避難民を最も受け入れた国である。12月中旬までに約180万人が滞在中と推測されている。

 欧州および北米の 30ヵ国が加盟する政治・ 軍事同盟「北西洋条約機構(NATO」加盟国の一員であるポーランドは、NATOと非加盟国ウクライナの架け橋的存在として国際的に重要な位置にいる。

 同年12月末、ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアによる侵攻後初外遊として米国を電撃訪問したが、その帰途に立ち寄った国はポーランドだった。ウクライナとポーランドはウクライナの防衛力の強化や難民の支援について協議し、今後の協力についても確認し合ったという。

 侵攻直前まで、欧州連合(EU)から「法の支配」やメディア統制について批判を受け、強権政治が続くハンガリーとともにEUの中の「鬼っ子」的存在だったポーランドのイメージは消えたかのようだ。

 しかし、こうした流れの背後で、国内で起きている状況も見逃すべきではないだろう。

 独立系新聞「ガゼタ・ヴィボルチャ」は、2015年、愛国的政党「法と正義(PiS)」が単独政権を発足させて以来、様々な圧力を受けてきた。与党関連からの訴訟件数は100件近い。

 2022年10月末、ガゼタ・ヴィボルチャのワルシャワ本社を訪ね、ガゼタ・ヴィボルチャ財団のメディア・アドバイザーで元副編集長のピオトロ・スタシンスキー氏とバルトス・ビエリンスキ―現副編集長に話を聞いた。

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政権からの通告


 ビエリンスキ―副編集長:2015年、PiSが政権を取ると、すぐに政府省庁、国営企業とのつながりが切られてしまった。「もうあなたの新聞とは働かない」、と言われた。

 私たちは全国紙であり、例えば誰かががん撲滅や環境問題についてキャンペーンを行う時、通常は私たちにアプローチするものだ。

 スタシンスキー氏:国内には33の支局があり、新聞を印刷すると同時にオンラインでもニュースを発信している。

 ビエリンスキ―副編集長:月間、3000万人が私たちの記事を読んでいる。有料購読者は30万人だ。それでも、政府は関係を切ってきた。政府は私たちが敵だと思っているのだろう。政府からの収入で運営されている、と思ったのかもしれないが、それは当たっていない。政府としては、関係を切って、政府からの収入がなくなって、私たちが静かに消えていけばいいと思ったのだろう。そんな風には物事は進まなかったが。

 そこで政府が取ったのは、法的手段だった。司法を使った嫌がらせだ。いわゆる「SLAPP(スラップ)」だ。私たちは約100件のSLAPP訴訟を抱えている。

SLAPP(スラップ)とは
「Strategic lawsuit against public participation」の略で、「市民運動封じ込め戦略的訴訟」。市民団体などの反対運動を封じ込めるために、敗訴が予想されても企業などが起こす恫喝的訴訟を指す。

 スタシンスキー氏:この約100件というのは、公的役職に就く人物、政府省庁、与党政治家や政府高官からの訴訟の件数だ。司法省からの訴訟は20件を超えている。国営企業や国営テレビからも訴えられている。

 ビエリンスキ―副編集長:私たちが国営テレビについて何かを出版する度に、少なくとも1件の訴訟がある。児童を性的に虐待する神父についての司法省の対応について書いたら、6件の訴訟だ。国営石油大手PKNオーレンのビジネスのいい加減さについて書いたら、オーレンのCEOから訴訟を起こされた。今は訴訟の手紙を送る封筒代を節約するためなのか、箱に入れてまとめて送ってくるようになった。(写真を筆者に見せてくれた。)

ーこれはすごい。

 ビエリンスキ―副編集長:このように扱われても、私たちは成長を続けている。まだメディアとして存在している。破産するわけでもないのだ、もちろん。

―訴訟にはどうやって対応しているのか。

 スタシンスキー氏:社内の弁護士2人が対応しているが、外部から人材を入れることもある。訴訟の大部分は2015年以降のもので、結果はこちらの勝訴だ。司法の場に行けば、勝てないことを知っていて、訴訟を起こしている。勝つためにではなく、こちらを消耗させ、威嚇するためにやっている。勝訴しても、こちらはひどく疲れる作業になる。ジャーナリストや弁護士などの大量の時間、資金、エネルギーを使うことになる。

 ビエリンスキ―副編集長:目的は、こちらのジャーナリストが記事を書く時に二の足を踏むようにさせることだ。

 スタシンスキー氏:事態はさらに悪化している。弁護士たちによると、私が違法と思う全国裁判所評議会が親政権の裁判官をどんどん任命している。
全国裁判所評議会とは
ポーランドの裁判官は、全国裁判所評議会の要請に基づき、大統領によって任期の指定なく任命される。評議会の委員25人のうち、裁判官15人、残りが上下議員。司法の独立性を守るための構成だった。2017年、政府は裁判官委員15人を国会が選択するように仕組みを変更した。政権に近い裁判官委員が送り込まれるようになった。裁判官の懲戒手続きを行う懲戒院も最高裁に設置した。(参考: ポーランドの全国裁判所評議会)
 「ワルシャワ巡回裁判所」という重要な裁判所がある。ここが新聞法、メディア法についての大部分の訴訟を扱う。裁判長はこの全国裁判所評議会が選んだ人物だ。今までの訴訟は勝ってきたけれども、今後は敗訴が増えるのではないかという懸念がある。

独立メディアの抗議運動


 ビエリンスキ―副編集長:昨年、政府はメディアを攻撃する新たな道を見つけた。広告に対する追加の税金を導入する、という。収入にはすでに税金が課されているが、この上に、広告収入自体にも最大で15%の税金を課す。

―全てのメディア企業に?

 ビエリンスキ―副編集長:公共メディアをのぞく全てのメディア企業だ。二重課税になる。この新聞だけではなくすべての民間メディア企業。

 また、質の高い記事を書くジャーナリストを助けるための基金も設置した。もちろん、これが誰になるかは想像がつくだろうと思う。プロパガンダを行う人々だ。

 2021年2月10日、ポーランドの独立メディアは広告収入への課税に対する抗議のため、一斉に活動を停止した
ポーランド・メディアの抗議運動
 ポーランドの民間メディアは、政府が導入を計画している広告税に反対し、24時間ニュース番組を停止するなどの抗議活動を展開した。メディア側は新たな課税の導入が民間メディア企業の編集の独立性を奪うものとして批判した。モラヴィエツキ首相は新たな税金収入によって、国営のヘルスケア体制や文化・自由なメディアを支援すると述べている。(参考「NNA Europe」ほか)(下の画像は、各サイトは画面を黒くして、抗議を表明した様子。ウェブサイト「Emgerginf Europe」からキャプチャー)

各サイトは画面を黒くして、抗議を表明した(ウェブサイト「Emgerginf Europe」からキャプチャー)


 スタシンスキー氏:私たちは「ブラック・ページ・デー」と呼んだ。ウェブサイトは空白になった。メディアの抗議運動だった。

 政府は驚いた。まさかメディア同士が協力してこのようなことをやるとは思わなかったのだ。メディアは互いに競争しているものだから、と。

 ビエリンスキ―副編集長:(世界金融危機のあおりを受けて)2008年にポーランドのメディア市場は崩壊した。ビジネスがなくなってしまった。大きな投資も入ってこなくなった。

 どうするべきかと考えている中で、出てきたのがPiSだった。「私たちが買いますよ」と。こうして、地方メディア大手ポルスカ・プレスが国営の石油会社PKNオーレンに買収された。

 オーレンはなぜ、50もの日刊紙や週刊誌を欲しがったのか。当時はその理由は説明されなかった。しかしその目的は、地方紙を使って、プロパガンダをすることだった。

 買収後、最初に手をつけたのは粛清だった。編集幹部全員が外に出された。与党の一員だった幹部は、LGBTという言葉の使用をジャーナリストに禁じた。この略称を使ってはいけない、と。

 スタシンスキー氏:買収によって、オーレンは1700万人もの読者情報を獲得した。選挙目的に使える情報だ。特に地方の選挙に使える。

 ビエリンスキ―副編集長:興味深いことに、この新聞の質は決して高くなかった。編集幹部らを粛清してしまったので、ページビューが20%も落ち込んだ。それでも、どんどんおカネをつぎ込んだ。

 スタシンスキー氏:オーレンには読者データがあり、全国に新聞を配る流通システムを持っている。「Ruch」という最大の物流会社の大半の株を所有しているからだ。

 PiSはオーレンを通じて今や新聞ばかりか、メディアのアウトレット、ウェブポータル、ウェブサイト、読者情報、流通網も手中にした。強大な力を持っている。

 ビエリンスキ―副編集長:問題は巨額をつぎ込んだ後で、果たして効果的だったかどうか、だ。日刊紙からの支援、巨大広告、ガス会社、銀行、政府あるいは保険会社の1面を使ったあるいは3面を使った広告が出る。しかし、巨額を費やしても国民にリーチしたわけではない。

 政府が支援をする日刊紙でも、その70%が編集室に戻ってくる。誰も読まないからだ。お金を無駄にしているだけだ。しかし、資金を出している人は非常に裕福なのだ。

 最も重要な問いは、このプロパガンダの機械がまだ機能するかどうか。

 現在の経済状況はかなり悪い。基本的な生活ニーズである暖房をどうするのかが国民の懸念だ。ポーランドにはもう石炭がない。ウクライナ戦争が始まってから、ポーランド政府はロシアに対して禁輸を宣言した。ロシアは石炭の主要輸入先だった。国民の生活に打撃だ。

 スタシンスキー氏:輸入石炭の方が安い。

 ビエリンスキ―副編集長:安いし、おそらくポーランドの石炭よりも質が高かった。石炭の一部は今占領されているウクライナの地区から来ていた。ドンバスだ。しかし、禁輸によってロシアから石炭は入ってこないし、ポーランドには石炭はない。

 政府はコロンビア、オーストラリア、インドネシアから石炭を輸入しようとしている。

 石炭不足は生活を直撃する。ガスや電気料金も高騰し、インフレ率も高い。(つづく)



by polimediauk | 2022-12-31 21:20 | 欧州のメディア