(謝罪会見をする、ルッテ首相。ウェブサイトからキャプチャー)
新聞通信調査会発行の「メディア展望」2月号に掲載された筆者記事に補足しました。) 近年、欧州各国の指導者が過去の植民地支配や奴隷制度について謝罪する、あるいは遺憾の意を表明する動きが続いている。2018年、デンマークは17世紀半ばから19世紀半ばまで植民地化したガーナに謝罪し、2020年と22年にはベルギーのフィリップ国王が植民地支配による苦痛と屈辱に対しコンゴ民主共和国に遺憾の意を伝えた。2021年にはドイツが旧植民地ナミビアでの残虐行為を謝罪している。
政府主導で和解への道を探っているのが、オランダだ。昨年12月、同国のルッテ首相は、19世紀半ばまで3世紀にわたって続いた「人間の尊厳が最も恐ろしい形で侵害された」奴隷制度について政府の代表として謝罪した。
17世紀から19世紀、ポルトガル、スペイン、オランダ、英国などが主としてアフリカ西岸で捕らえた黒人住民を現在の南北アメリカ、カナダ、オーストラリアや西インド諸島などに労働力として提供したことは良く知られている。
国連によると、約1500万人がアフリカ大陸から拉致され、過酷な条件の下、大規模農園で働かされた。オランダは南米スリナム、カリブ海のキュラソー島、インドネシアなどの植民地で奴隷貿易を行っていた。
2020年5月末、米国で黒人青年が白人警察官による暴行で亡くなると、これをきっかけに人種差別抗議運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も重要だ)」が世界中に広がった。欧州では黒人市民は総人口の中では少数派で、その由来をたどると奴隷貿易や植民地支配に行き着く。
同年7月、オランダ政府は過去の奴隷制度による影響を調査するため独立委員会を設置した。翌年7月、委員会は200頁を超える報告書を出し、17世紀から奴隷制度が廃止される1863年までの間にオランダ政府の直接及び間接的支配の下に行われた奴隷貿易及び奴隷制度が「人道に対する犯罪」であったと認めるよう、政府に勧告した。「犯罪の犠牲者及びその子孫を含むすべての関係者の苦しみを認識」し、謝罪することも求めた。報告書によると、謝罪は「歴史的苦しみを癒す」ばかりか、「共通の未来」を築くことになるという。
「ここ公文書館に収められている数百万もの書類を通して、歴史が私たちに話しかけてくる。記録に残されなかった過去の声を聞くことはできないが、書類から浮かび上がる物語はきれいなものばかりではなく、醜く、痛みを伴い、紛れもなく恥ずべきものだ」。
1814年までに60万人以上のアフリカ住民が「オランダの奴隷商人によってひどい状態に置かれた」。そのほとんどはスリナムやほかの地域に「家族から引き離され、人間性をはく奪され」、まるで「家畜のように」移送された。
その「非人間的で不公平な制度は1863年に廃止されたが、補償金を得たのは彼らではなく奴隷所有者の方だった」。さらに「残酷で、不当」なのは、廃止後の10年間、スリナムでは元奴隷だった人々が「不自由な身のままにされたことだ」。
長年、ルッテ首相は「はるか昔に起きたことについて現在に生きる私たちが有意義な責任を取ることはできない」と考えていたという。「しかし、私は間違っていた。数世紀にわたる抑圧と搾取は現代の人種差別的な偏見や社会的不平等につながっていた」。独立委員会の勧告を受け入れて、「過去に起きたことを認め、謝罪し、回復への歩を進めたい」。
オランダ政府の代表として「オランダの過去の行動を謝罪する。世界中のあらゆるところで奴隷化された人々は、その結果として苦しんだ。この人たちやその娘や息子たち、そして現在に至るまでのすべての子孫に謝罪する」。
演説の終わりに、首相はこう述べた。「過去を変えることはできないが、私たちは過去に対峙することはできる」。政府として、そしてルッテ氏自身として強く望むのは、オランダ国内、スリナムそしてほかの国々と一緒に「未来の空白のページを対話、自覚そして癒しを通して埋めていくことだ」。
演説後、政府は奴隷制についての教育拡充のため2億ユーロ(約280億円)の基金設置を表明した。オランダ王室も植民地時代の王室の役割についての調査委員会を立ち上げる予定だ。また、今年は奴隷制廃止から160年の節目に当たり、7月からの1年間を奴隷制度についての知識を深める「記念の年」として様々なイベントを行う。
ルッテ首相による謝罪前、首都アムステルダム他複数の都市の市長やオランダ中央銀行が奴隷貿易への加担を謝罪した。一昨年には国内の博物館や美術館も奴隷制度をテーマにした展示会を開催した。
BBCニュースの報道(2022年12月19日)によると、ある世論調査ではオランダのアフリカ系・カリブ海系コミュニティの約70%が「謝罪は重要」と見ているが、全コミュニティでは支持者は38%だったという。その理由は「賠償金の支払いが高額になる」、「自分や自分の祖先が植民地化や奴隷貿易から利を得たのではないのだから、謝罪は必要ない」だった。ルッテ政権は賠償金の支払いについては否定している。
関連団体からは、「謝罪演説は奴隷制度廃止の日に行われるべきだった」、「演説や今後の計画策定に植民地出身者やその子孫の意見が十分に取り入れられなかった」、「国王が謝罪するべきだった」など不満の声が出た。
筆者が住む英国では、オランダのように奴隷貿易について調査委員会を発足させる動きは少なくとも今は起きていない。
しかし、過去の植民地化に対する反省を求める声は存在し、王室は海外訪問の際に対応を余儀なくされた。
昨年3月、ウィリアム皇太子(当時は王子)とキャサリン妃は旧植民地で今は英連邦に属するカリブ海諸国を訪問したが、最初に滞在したベリーズでは訪れる予定だった村でかつての植民地支配に対する批判の声が上がり、訪問先を変えざるを得なくなった。
共和制移行についての議論が発生しているジャマイカで皇太子は奴隷制度に対する「深い悲しみ」を述べた。同年6月、英連邦首脳会議に出席するため開催地ルワンダを訪れたチャールズ国王(当時は皇太子)も奴隷制に言及し、「多くの人々の苦難に対する個人的な深い悲しみ」を表明している。