小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

英国「グルーミング・ギャング」の波紋 米実業家マスク氏による英政府批判で、新たな脚光浴びる

 「英国ニュースダイジェスト」に掲載されている筆者のコラムに補足しました。

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 今年1月に就任したばかりのトランプ米大統領ですが、トランプ氏の横で「お騒がせ」言動を繰り返しているのが、米実業家で富豪のイーロン・マスク氏です。

 所有する投稿サイトX(旧ツイッター)で約2億人のフォロワーを持つ上に、トランプ政権では政府の無駄をなくするという要職に就きましたので、無視できない存在です。


英政界とマスク氏

 英国の政界がマスク氏に「噛み付かれた」のは、昨年夏でした。

 各地で暴動が発生した折、マスク氏はXで「内戦は避けられない」と投稿しました。「内戦」とは、暴動を先鋭化し扇動するような言葉です。

 スターマー英首相が暴徒による「イスラム社会への攻撃を容認しない」と述べると、真マスク氏は「全ての社会に対する攻撃を懸念するべきではないか」と反論。

 さらに英保守系政党リフォームUKへの献金をほのめしたかと思うと、極右活動家の受刑者の処遇について意見を異にするナイジェル・ファラージ党首を交代させるよう呼び掛ける展開もありました。

 今年に入ってマスク氏が再度噛み付いたのが、スターマー首相です。1月3日のXで「無残にも輪姦の対象にされ、しばしば悲惨な方法で殺害された何十万人もの英国の少女たちに正義を」と投稿。

 スターマー首相は前職である検事総長在任中(2008~13年)に「英国の強姦に加担した」ので、「辞任し、英国史上最悪の大規模犯罪への加担で起訴されるべき」と続けました。


「グルーミング・ギャング」

 マスク氏が言及していたのは2010年代に明るみに出た、イングランド各地での児童への性的虐待事件の数々で、グルーミング・ギャング・スキャンダルと呼ばれるものでした。この場合のグルーミングとは「性的目的で相手を手なずける懐柔行為」を指します。

 グルーミングによって性的虐待やレイプ行為を実行し、有罪判決を受けた一連の事件は主にパキスタン系の男性グループによる若い白人少女たちへの犯罪でしたので、一定の人種による加害行為というイメージが付きました。

 1月6日の記者会見で、スターマー首相はマスク氏を名指しこそしませんでしたが、「嘘や誤解を広めている」政治家や活動家を非難するとともに自分の検察総長時代の実績を主張しました。

 例えば、被害者が直ちに被害を訴え出なかった場合や、薬物やアルコールを使用していた場合、あるいは特定の服装や行動をしていた場合には、その証言は信頼性が低いと見なされることがあったため、捜査指針を改訂し、その後の起訴を容易にしたこと、その結果、退任時点では児童性的虐待の起訴が過去最多になったこと、アジア系のグルーミング・ギャングを初めて起訴したことなど。


当局への不信感を持つ人も

 マスク氏がこのトピックを取り上げたきっかけは、昨年10月、スキャンダルが発覚した都市の一つ、英北部オールダムの市議会が政府による公開調査を求めた際に、ジェス・フィリップス保護担当相がこれを拒否したことが年明けに報道されたためです。

 2022年に発表された独立調査は、警察と市議会が子どもたちをグルーミングや性的搾取から守ることができなかったと指摘しています。

 BBCの取材に対し、地元住民は今も事件の全てが明らかになったわけではないと話し、「隠ぺい行為があったのでは」と当局への不信感をあらわにしています。

 野党側は全国規模の調査の開始を呼び掛けました。政府は当初反対していましたが、世論の高まりを受けて、スキャンダルが発生した5つの都市での新たな調査を支援し、グルーミング・ギャングとその犠牲者、発生の背景などについて全国的な調査を行うと発表しました。

 これに先立ち、クーパー内相は、先の独立調査による20の是正勧告の一つである、子どもに関わる仕事に就く人は自分が目撃した、もしくは子どもあるいは加害者から報告を受けた虐待行為について通報することを義務化し、そうしない場合は刑法違反とすることを犯罪・警察法案に組み込むと議会で発表しています。


未成年者の言葉、加害者たちの人種

 英国のグルーミング・ギャング問題で、2つ、注目するべき点があります。

 まず、「アジア系(パキスタン系)による犯罪」という見方が固定されたため、警察などが「捜査に及び腰になったのではないか」という疑惑です。「人種差別と見なされては困る」という点です。

 もう一つは、こちらがまさに「グルーミング」と直結する部分なのですが、「未成年者の証言を警察やほか当局側が真剣に受け取らなかった」点です。ほかの児童に対する性犯罪にも共通する問題です。グルーミングされていたり、まだ幼くて知識がなかったりするので虐待を受けても、それが虐待だと気づかないことがあります。声を上げても大人がまともに受け取ってくれなかったそうです。声を上げること自体にもかなりの勇気が必要です。

 今回の一件によって、よりよい解決方法や防止策に結びつくことを強く願っています。


キーワード

Glooming Gang(グルーミング・ギャング)

性的虐待を目的に児童に近づき、信頼関係を築いて性犯罪を行う集団。英中部ロザラム、北部オールダム、ロッチデイルなどで発覚。英ストクラスクライド大学のアレクシス・ジェイ教授が主導した2014年の調査では、少なくとも1400人の子どもたちがロザラムでグルーミング・ギャングから性的搾取を受けた。


by polimediauk | 2025-02-26 17:34 | 英国事情