小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

トランプ米大統領はプーチン露大統領のどこを気に入っているのか ロシア専門家の分析と戦争の行方

 ウクライナ戦争の即時停戦は実現するだろうか。

 その問いの鍵を握るのが、18日に行われたトランプ米大統領とロシアのプーチン大統領の電話会議だった。プーチン氏は、米国が提案し、ウクライナが受け入れていた30日間の即時停戦案については同意しなかったが、エネルギーやインフラ施設に関する即時停戦については同意した。

 しかし、地上戦が止まるわけではない。2022年2月のウクライナへの全面侵攻以降、ロシアはウクライナのエネルギーやインフラ施設への攻撃を繰り返してきた。

 一方、ウクライナ側もドローンを使ってロシアの石油施設に多くの攻撃をしてきた。こうしたウクライナ側の攻撃は「ロシアの軍事兵站に影響を及ぼしてきたが、今後は一時停止せざるを得なくなる」(BBCの安全保障記者フランク・ガードナー氏、BBCニュース、3月18日)。

 今回のトランプ―プーチン間の合意はウクライナにとって明るいニュースとは筆者には思えないが、専門家らの分析を待ちたい。


プーチン大統領の長年のウオッチャー、ヒル氏

 さて、ウクライナへの全面侵攻を開始したのはプーチン大統領率いるロシアだが、トランプ氏は侵略された側のウクライナのゼレンスキー大統領を「独裁者」と呼んで非難した。

 一体、何がトランプ氏をプーチン大統領に引き付けるのか?

 その背景を最もよく知る人物の一人が、英国生まれのフィオナ・ヒル氏だ。同氏は、先日、米外交雑誌「フォーリンアフェアーズ」のポッドキャスト及びユーチューブで配信されたインタビュー・シリーズに登場した。

 現在米ブルッキングス研究所/米国・欧州センターディレクターだが、元NSC(米国家安全保障会議)のロシア担当首席顧問で、長年、プーチン大統領をウオッチングしてきた。トランプ政権1期目の時のロシア担当首席顧問でもあったので、トランプ氏とプーチン氏の会話にも立ち会った。

 「トランプ氏はプーチン氏のどこが気に入っているのか」と題されたインタビューの内容の一部を紹介してみたい。インタビューは、3月11日に行われた。

フィオナ・ヒル氏(ロンドンのザ・コンデュイット・クラブにて。2023年4月。筆者撮影)
フィオナ・ヒル氏(ロンドンのザ・コンデュイット・クラブにて。2023年4月。筆者撮影)

-2月28日、米大統領官邸でウクライナのゼレンスキー大統領とトランプ米大統領、ヴァンス副大統領らが会談し、公に衝突した。これをどう見ていたか。(その様子については、NHKの記事が詳しい。)

 ヒル氏:「昔ながらのトランプ」だったと思う。トランプ大統領は、ウクライナと関わることを望まず、ウクライナには何の切り札もないこと、そしてウクライナとゼレンスキー氏を「タフガイ」として持ち上げたのは米国だと考えていた。ウクライナは「負け組」であり、降伏すべきだと示唆し、以前の米国大統領がウクライナやゼレンスキー氏と結んだいかなる合意も無効であることを明確にした。

 トランプ大統領にとって、この会談は個人的な合意、事実上の友好条約を結ぶものであり、特にウクライナのレアアース(希少資源)に関する合意が重要であった。トランプ大統領は、ゼレンスキー氏が自分自身と個人的な約束をすることを期待しており、過去の米国との継続的な合意とは全く異なると考えていた。


十分な準備をしていなかったゼレンスキー

 ヒル氏:ゼレンスキー大統領とそのチームはこの会談に対して十分な準備をしていなかったのではないか。トランプ大統領がどのような人物であるかを完全に理解していなかった。

 ゼレンスキー大統領は英語で話すべきではなかった。ウクライナ語の通訳を使うべきだった。会談のペースが非常に速く、ネイティブスピーカーにとっても理解が難しい。通訳を使えば、考える時間も作れる。今後は、優秀な通訳を用意するか、特別な担当特使を任命する必要がある。


会談がうまくいかなかったのは

 ヒル氏:ゼレンスキー大統領は会談で2つの点で「誤った」行動を取った。まずプーチン大統領がどのように行動するかをトランプ大統領に思い出させようとしたこと、次にバイデン前大統領によるウクライナとゼレンスキー氏に対するコミットメントが存在することを指摘した。これに対し、トランプ大統領は激怒し、過去の大統領たちを軽蔑し、自分だけが重要だと主張し、非常に個人的なやり取りになってしまった。

 この会談は非常に個人的なものであり、チームや周囲の人々ではなく、トランプ大統領とゼレンスキー大統領個人の間のやり取りだった。トランプ大統領は、ゼレンスキー大統領に自分自身との個人的な合意を結ぶことを求めており、それは従来の国家間の外交とは大きく異質なものであった。

 トランプ大統領が従来の外交や国家間の合意を軽視し、個人的な関係と取引を重視する姿勢が、ゼレンスキー大統領との会談において明確に現れた。


トランプ氏はプーチン氏のどこを気に入っているのか

 ヒル氏:トランプ大統領はプーチン大統領を以下のように見ている。

 「強い男、同等の存在」: トランプ大統領はプーチン氏を自分と同等の「強い男」と見ており、彼自身もプーチン大統領の前で「大きな強い男」であることを望んでいる。自分をプーチン大統領の「同僚」と捉え、尊敬の念を抱いている。

 「脅威ではない」: トランプ大統領はロシアを脅威とは全く見ていない。1980年代のソビエト連邦に非常に魅了されており、その頃からのロシアに対する見方は大きく変わっていないようだ。

 「影響力の大きい人物」: プーチン大統領は、名前も顔も広く知られており、トランプ氏はその影響力の大きさを評価している。

 「個人的な繋がり」: 自分とプーチン大統領の間には個人的な繋がりがあると感じており、「まるで引き離されようとした10代の恋愛のように」、多くの困難を共に乗り越えてきたと考えている。そのため、プーチン大統領と直接会談することを強く望んでいる。

 「操作しやすい存在」: 皮肉なことに、プーチン大統領はトランプ大統領を操作しやすいと考えている可能性がある。しかし、トランプ大統領自身は、自分はプーチン大統領と対等に交渉できると考えているようだ 。

 「自身の鏡のように思っている」: プーチン大統領と同様の考え方をしていると思っている。両者とも、他者を尊重せず、自分自身や自分を賞賛する人物を高く評価する傾向がある。

 トランプ大統領はプーチン大統領の権力を羨望している可能性があり、世界をロシア、中国とアメリカの三極で分割するような構想を持っているのかもしれない。

 実際にはプーチン大統領に巧みに利用されている可能性がある。


プーチン氏の皮肉がうまく伝えられていなかった

―ヒル氏はトランプ政権の1期目でNSC(米国家安全保障会議)のロシア担当首席顧問だった。トランプ氏とプーチン氏の会談にも同席していたことがある。どのようなことに気づいたか。

 ヒル氏:言葉のニュアンスがうまく伝わっていないときがあった。通訳が常にすべてのニュアンスを捉えるわけではない。プーチン大統領との電話会談を注意深く聞いていた際、通訳が捉えきれていない脅しや含みをプーチン氏の発言に感じ取った。プーチン大統領がトランプ大統領を皮肉ったり、試したりするような発言があったとしても、翻訳によってその文脈がスムーズにされてしまい、失われてしまうことがあった。

 トランプ大統領は通訳の言葉を真剣に聞いておらず、雰囲気を掴もうとしているだけに見えた。

 トランプ政権は、ロシアとの会談において通訳以外のスタッフ、つまりロシアの専門家を十分に活用していなかった。ロシアの政治体制やプーチン大統領の考え方を深く理解している人物の存在が不可欠であり、それは通訳だけでは補えないものだ。


トランプ、プーチン、ウクライナ:地政学の再構築

ートランプ大統領とプーチン大統領の独特な関係は、世界秩序にどのような影響を与えているのだろうか?

ヒル氏:米国と欧州の関係が変容している。トランプ大統領はプーチン大統領のような「強い男」であることを望んでいる。そのために同盟国をないがしろにする傾向がある。一方的な断絶だ。

 トランプ大統領は世界を分割するような構想を持っている可能性があり、それはロシア、中国との三極構造のようなものかもしれない。中国、北朝鮮、イランといった国々が、米国の弱体化を期待してロシアを支援する構図を生み出している可能性もあるだろう。

 以前はロシアと中国の戦略的パートナーシップはありえないと考えていたが、ウクライナ戦争を経てロシアが中国への依存度を高めている。ロシアを中国から引き離そうとする試みもトランプ陣営内には存在する。

 トランプ大統領のプーチン大統領に対する親近感の根源には、ロシアに対する根本的な誤解と、自身をプーチン大統領のような強力な指導者と見なしたいという願望がある。


「戦闘停止だけでは主要な問題は解決されない」

ーウクライナとロシア間の停戦合意の見通しについてはどうか。

 ヒル氏:単なる停戦合意はプーチン大統領にとって再武装と部隊の休養のための機会に過ぎない可能性が高い。戦闘停止だけでは主要な問題は解決されない。プーチン大統領の停戦条件は広範囲に及ぶものであり、ウクライナが自国を防衛するための軍隊を持たないこと、NATOに加盟しないことなどが含まれている。

 たとえロシアが現在占領している、あるいは併合を主張している地域を支配したとしても、ウクライナ人が武器を置くとは限らない。また、トランプ大統領が彼らにそうすることを強制できるのかも不明だ。ウクライナはロシアとの国境だけでなく欧州との国境にも接する「緩衝国家」であり続ける可能性があり、それはロシアが望む形ではない。

 プーチン大統領は停戦を単なる一時的な休止と捉え、最終的な目標であるウクライナの屈服を諦めていないのではないか。

 ウクライナとロシアの間の停戦合意は容易ではなく、持続可能な和平に繋がるかは非常に不透明だ。むしろ、プーチン大統領が自身の目的を達成するための一時的な手段として利用するのではと懸念している。


by polimediauk | 2025-03-22 17:41 | 政治とメディア