小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

激動する欧州の安全保障体制 ポーランド首相、独自の核兵器所有を示唆 核全廃への道はどうなる?

メディア展望」4月号掲載の筆者記事に補足しました。

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 2月中旬、米トランプ政権が欧州の安全保障への関与を減少させる姿勢を示し、欧州政界に激震が走った。米国抜きの安保体制は果たしてどこまで有効なのか。欧州指導者陣による緊急会合がいくつも開催され、「軍事力を増強する」点では一致したものの、それぞれの国の姿勢は異なる。2022年にロシアの侵攻で始まったウクライナ戦争が停戦後、英国主導で平和維持隊を派遣する計画が持ち上がったが、参加しない国もある上に今も停戦実現の見込みは立っていない。

 こうした中、対ロシアへの抑止力として新たに浮上しているのが核兵器の存在だ。


トゥスク首相が核兵器所持に言及

 3月7日、ポーランドのトゥスク首相は下院で演説し、すべての成人男性を対象に大規模な軍事訓練の実施を立案中と述べた。ロシアの脅威を念頭に「戦争に備えて訓練を受け、脅威に対応できる予備軍」を作ることが目的だ。対ロ最強硬派のポーランドはウクライナの隣国で、ロシアとも国境を接する。国内総生産(GDP)に占める国防費の割合が去年は4.1%だったが今年は4.7%にし、その後は5%まで増大を計画している。

 トゥスク首相は核兵器保有の願望も述べた。同氏の演説の2日前、フランスのマクロン大統領がテレビ演説で、ロシアの脅威が欧州に差し迫っているとして、フランスの核兵器による抑止力を欧州に広げることを検討すると表明したが、トゥスク氏はフランスの核の傘に入る提案を「慎重に検討している」と述べ、独自の核兵器の保有にも言及した。

 ウクライナ戦争をきっかけにポーランドは北大西洋条約機構(NATO)下の核共有制度に積極的な関与をしたいと述べており、ドゥダ大統領も、NATOが決定すれば米国の核兵器を「受け入れる用意がある」と表明してきた。トゥスク首相の核保有発言は一歩踏み込んだものといえよう。

 マクロン大統領の提案の前には、ドイツで次期首相になると思われるメルツ・キリスト教民主同盟党首が仏英との核安保協議の開催を訴えている。

 複数の欧州指導者が関心を示す核兵器による抑止案は、同時期に米ニューヨークで開催されていた核兵器禁止条約(TPNW)の締約国会議出席者にとっては逆行する動きとして受け止められたに違いない。

 3月7日の会議閉幕日、昨年ノーベル平和賞を受賞した日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)の田中熙巳代表委員はマクロン大統領の核の傘拡大表明を踏まえて、欧州に住む人々に「核の脅威を理解してほしい」と述べて、強い危機感を示した。


米主導のNATO各共有制度

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)による2024年1月時点の推計によると、核兵器保有の上位5カ国はロシア(退役済みで解体待ちを含む核弾頭数:5580)、米国(5044)、中国(500)、フランス(290)、英国(225)。

 米欧などが加盟するNATOでは、独自に核兵器を持たない加盟国が米国保有の核兵器を自国の領土内に配備して共同運用している。

 現在はトルコ(20)、ドイツ(15)、イタリア(35)、オランダ(15)、ベルギー(15)に配備されている。

 核使用の決定権は、核兵器を供給している核保有国が持つ。米国は核共有を通じて欧州の安保体制を支えてきたと言える。一方、フランスの場合は構想、製造、運用に至るまで自国の大統領の決定の下で行う方針を維持してきた。「死活的利益」が脅かされた場合に限って核ボタンを押すのが原則だ。


米国頼みの英国

 欧州内では英仏のみが自前の核兵器保有国だが、フランスの核兵器は完全に自国によって開発された独自のもので、英国の場合は核弾頭の設計や搭載ミサイルの調達で米国に依存する点が異なる。米国による核の傘が危うくなった場合、その抑止力を英仏で代替できると言い切れる人は少ないだろう。マクロン氏の核の傘の拡大案は実現するだろうか。

 ロシア側の動きを見ると、2023年、プーチン大統領はベラルーシにロシアの戦術核兵器を配備すると表明している。まもなくしてベラルーシのルカシェンコ大統領は核兵器が国内に配備されたと主張し、現在までに国内に持ち込まれた核弾頭が数十発に上ると述べている。2024年12月には、どちらかの国が核攻撃や侵略を受けた場合に核兵器が使用される可能性があることを文書化した。

 日本被団協がノーベル平和賞を受賞した今、これを機に核兵器撤廃の流れが強くなってほしいものだが、きな臭い欧州が足を引っ張る。何か手立てはないのだろうか。


by polimediauk | 2025-05-09 17:51 | 政治とメディア