英日曜紙のオブザーバー、刷新 デジタルメディアによる買収後、紙とデジタルのシナジーが生まれそうだ

「新聞協会報」(5月27日付)掲載の筆者コラムに「英国発メディア事情」に補足しました。
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世界最古の日曜紙と言われる英国のオブザーバー紙が4月27日、新しくなって登場した。新興メディア「トータスメディア」が新所有者となってから最初の号の発行である。
1791年に創刊され、英国の中道左派系論壇を担うオブザーバーは、数年前に開設されたばかりのデジタルメディアであるトータスに昨年末売却されることが決まった。
売却前、同紙は日刊紙ガーディアンを発行するガーディアン・メディア・グループ(GMG)の傘下にあり、両紙は編集室を独自に維持しつつもウェブサイトを共有していた。
売却交渉が明るみ出た昨年秋以降、英国ジャーナリスト組合(NUJ)に所属する両紙の記者、著名人、議員らが数回にわたって交渉停止を求めるデモを決行した。新所有者が紙媒体での発行を停止する、あるいは編集人員の大幅削減を実行するなどの懸念が出たためだ。
当時トータスメディアは記者らの雇用継続を確約したが、メディア専門サイト・プレスガゼットによれば、約70人の編集部員の中で46人が新所有者の下での継続雇用契約を結んだ模様だ。数人がガーディアン紙に移籍し、20人が希望退職者した。
保守系日刊紙タイムズなどから有力記者が複数新規雇用された。オブザーバー紙で数々の調査報道を行ってきたあるフリーランスの記者は、売却案に反対していたためか契約は更新されなかった。
トランプとゼレンスキーを1面に
新オブザーバー第1号の1面は全面を使い、教皇(当時)フランシスコの葬儀に先立ち聖ペトロ大聖堂の中で椅子に向かい合って会談するトランプ米大統領とゼレンスキー・ウクライナ大統領の写真を掲載した。会談は刷新前日の4月26日に行われた。
まるでポスターのようなインパクトの強い1面は教皇の葬儀、そしてウクライナ戦争の行方という大きなテーマを集約させ、第1号を飾るのにふさわしいデザインとなった。
大型特集記事としては著名インフルエンサーの兄弟による女性への性的搾取や人身売買の疑惑を掲載。映画化された小説「教皇選挙」の著者の執筆記事、トランプ政権発足直前まで米メタの幹部だった元下院議員による欧州の将来についてのエッセーなども載せた。
発行部数は公表されていないが、売却直前で約7万5000部、刷新後は10万部ほどと言われている。価格は20ペンス(約39円)の値上げで4・20ポンド(約811円)に。ちなみにガーディアンの週末版(土曜発行)は一部4ポンド、日曜紙サンデータイムズは4・50ポンドである。
独自サイトも開設
独自のウェブサイトは4月25日に開設の運びとなった。「ニュースの流れの中で何が起きているかを理解する場所」を目指し、速さで競うBBCとは競合しない。日に8から12本の記事を追加し、誰も知らないニュースの発掘や調査報道に力をいれる。リベラルな論調を維持し、ポッドキャスト、ニュースレターなどデジタルメディアの特質を活かすサービスを拡充させる。サイトの利用は現在無料だが、新たなサイトとアプリの開発を進めており、数ヶ月後には有料購読制を導入する予定だ。電子版購読者の獲得目標数は10万人。
新オブザーバーは従来の同紙とトータスメディアの「混合」に筆者には見える。ニュースを読みたい時に真っ先に手に取る媒体ではないものの、他紙で知ったニュースがどんな意味を持つのかがわかる新聞としてオブザーバーを位置付ける姿勢はトータスメディアの共同創設者で新編集長ジェームズ・ハーディング氏の発言に重なる。
同氏はタイムズの元編集長でBBCの元ニュース・時事部門ディレクターだった。トータスメディアは「何がニュースの背後にあるか」の報道を主眼にすると述べている。
紙媒体に「野望」
筆者は前回の本コラム(新聞協会報、1月1日付)で、新たな所有者の下で紙媒体での発行が長期的に継続できるかどうかを疑問視した。共同最高経営責任者リチャード・ファーネス氏は4月24日付プレスガゼットのインタビューの中で、紙の発行に「野望」を持っていると発言している。発行部数の減少傾向を「転換させたい」「読者や広告主が紙媒体に抱くイメージを変えたい」。
どのような紙媒体として市場に導入するかを議論した結果、印刷用紙を高品質なものに変えたという。ページ数を増やし、「ニュース・レビュー」「マガジン」「フード・マンスリー」など紙面に挟み込まれる雑誌を充実化させるとともに調査報道にも注力する。
トータスメディアによるコンテンツはオブザーバーに組み込まれる形となる。
将来的には「オブザーバーTV」の開始やイベント開催も予定されている。
新旧メディアのシナジーが新たなビジネスモデルを生み出すのかもしれない。筆者は希望を感じている。