原爆投下までの日米の過程をたどる、英ポッドキャスト「大統領と天皇」に出演 俳優・上枝貞雄さんに聞く

トルーマン米大統領の孫クリフトン・トルーマン・ダニエル氏が大統領を演じ、日本の昭和天皇を在英の日本人俳優上枝(うえだ)貞雄さんが演じている。
上枝さんの経歴をプロフィルサイトで見ると、映画、テレビ、舞台、コマーシャルとその活動の幅は広い。歌、踊り、ドラムと芸歴も多彩だ。
ポッドキャストについて話す前に、なぜ英国で俳優になったのか、その経緯を電話で聞いてみた。
神戸から英国へ
―俳優になられた、経緯を教えてください。
上枝さん:高校を卒業した後、1989年から神戸市役所に就職したのですが、同時に神戸市外国語大学の夜間に入りました。
大学の3年生と4年生の時にイギリスのドラマを勉強したんですが、確か3年生の「エクウス」が終わった後で、(俳優・劇作家・演出家の)スティーブン・バーコフがたまたま東京にやってきて、銀座セゾン劇場で『サロメ』をやったんです。
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補足:バーコフは1992年に同劇場で上演されたオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の演出と主演を務めた。主人公のサロメは伯父であるヘロド王の懇願に促され「7つのヴェールの踊り」を披露し、その報酬として預言者ヨカナーンの首を所望するという物語が描かれた。
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「サロメ」に衝撃
上枝さん:これをNHKが放送した分を授業で見せてくれて、何を言っているのか全然わからないんですけど、そのphysicality(注:「フィジカリティ」とは身体的な使い方や表現方法)に衝撃を受けて、「俳優になりたい」と思ったんですね。
もう働いてはいたんですけれど、高校を卒業した時には将来何をしたいとかそういうことを考える余裕はなくて、その時に初めて自分が何をしたいかを考えたのです。
その後、社会人が行ける兵庫県のピッコロ演劇学校に時々行ってたんですけれども、日本の演劇界はとてもドグマティックで、監督さんが言うことは絶対で、軍隊みたいだったんです。その当時、僕も25歳ぐらいだったんで、もう、これをするには年がいっていると思って、途中でやめました。
阪神・淡路大震災でイギリス行きが一時停止
上枝さん:イギリスの演劇学校の話は先生から聞いて知っていたので、1年、オーストラリアにワーキングホリデーで行って、その後でイギリスに行って演劇をやろうかなと思っていた矢先に、1995年の神戸阪神大震災が起きました。
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補足:神戸阪神大震災(正式には阪神・淡路大震災)は、1995年1月17日午前5時46分に兵庫県南部を震源として発生し、マグニチュード7.3、神戸市で最大震度7を記録した大都市直下型地震。この地震は、死者6,434人、負傷者約4万4千人、全壊住宅約10万5千棟という甚大な人的・物的被害をもたらし、都市機能や経済活動に深刻な影響を与えた。
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神戸市役所に勤めていた上枝さんはすでに辞職する意思を市役所側に伝えていたが、大震災の発生で辞めることできなくなり、イギリス行きは一旦は延期となった。
しかし、30歳になったころ、「40歳になって、ああ、30歳の時にやっておけばよかった」と思いたくない自分がいたという。「俳優になりたい」、「後悔するのはいやだ」と強く思うようになり、イギリス行きに踏み切った。
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イギリスの演劇界は?
―イギリスと言えば、「シェイクスピアの国」ですよね。演劇が本場の国に行くとはすごいですね。
上枝さん:でも、演劇学校に行くと、日本だと年功序列じゃないですか。イギリスは才能があれば何年やっているとかは全然関係ありません。どこから来たとか、どのぐらいやっているかは全然関係ない。やりやすいのです。
日本だと、事務所に入って、「事務所様様」のようなところがありますよね。イギリスではエージェントから見ると俳優はクライアントで、俳優の立場の方が高い。エージェントは俳優がいないとコミッションをもらえないからです。イギリスのやり方の方が妥当だと思いました。
日本だと、出る杭は打たれる。自分でもそれをつくづく感じていました。人と違うことをすると、すぐ冷たい目で見られる、と。でも、こっちに来ると、変わった人が多いじゃないですか。そういう人がいっぱいいすぎて、全然気にしない。僕の肌にはそっちの方が合っている、と。
―俳優業は生活が不安定になる職業であることは日英で知られていますよね。上枝さんは生活を支えることよりも、俳優になりたかったということですよね。
上枝さん:そうですね。俳優をやっている人は、こちらでは貧しい人が多い。それでも、俳優をやっている人は…最初はたぶん、有名になりたいと考えるでしょう。でも、実際やり始めると、意味のある役をやりたいと(と思うようになる)。
始めた時は、有名になろうというのがありましたけど、こっちの仕事をしているうちに、すごい俳優さんで全然有名じゃない人がいっぱいいるんですね。才能あるのに、売れていないという人がたくさんいる。テレビを見ていると、すごい下手なのになぜこんなに売れているの、という人もいる。
名声と富は運によるのです。実力とは関係なく、「right time, right place, right person to meet(適切な時に、適切な場所にいて、適切な人に会う)」。それで たまたまブレイクする人がいる。
才能はすごくても売れないということはざらにあるということに気づいたときに、有名になろうとしても仕方ないな、と思ったのです。
―英国人ではないということは、仕事の上で障壁になりましたか。
上枝さん:映画とかテレビでは、アジア人は日本人役やアジア人役をやることになります。もし英語が母国語だったら、ラジオだったら国籍に関係なくできるのですが。僕の場合は英語はうまくなりましたけど、やっぱり日本語のアクセントが入っているので、日本人役しかこない。それについては壁と言えば壁だが、自分は絶対にネイティブスピーカーにはなれないから、それをやろうとしても、仕方ないと思うのです。だから、日本人役に徹していけばいいかな、と。
日本人がしゃべる日本語なまりの方がより自然に聞こえる場合が結構ある。例えば、ドキュメンタリーで、津波の時に携帯で録音したものを放送することがあったんですけど、インタビューでは最初日本語でこれがフェードアウトして日本語なまりの英語になると。そういう仕事が結構ある。
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「英語だけの空間で生活していると、英語で考えるようになる」と上枝さんは言う。「英語上達のためにはこれに助けられた」。一緒に暮らすパートナーとの口喧嘩も英語力上達のカギとなった。特に、サーカズム(sarcasm)。これは相手をからかったり批判したりするために、あえて反対の言葉や遠回しな表現を使うことを指す。もっとも好きなフレーズは「I’m happy for you to believe that.」これは直訳では「あなたがそう信じているのなら私は嬉しい」だが、サーカズム(皮肉)として使われると、実際には「本当はそうじゃないし、むしろバカバカしいけど、好きに信じてれば?」というニュアンスが出る。「まあ、そう信じたいならご自由に」、「はいはい、勝手に信じてれば?」などの意味に。
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―今回の天皇役はどのような経緯で上枝さんのところに来たのでしょう?
上枝さん:知り合いの俳優がかかわっていたのですが、プロデューサーが日本人の俳優を探していることを知り、彼が私を紹介してくれました。
台本をいただき、読み通してみて、昭和天皇のプライベートな人柄が表されており、興味を持ちました。また、ストーリーそのものはどちらの国を責めることなく、中立的な立場で、事実を元に書かれていたのも気に入りました。キャスティングを聞いたら、私に昭和天皇をやって欲しいということでしたので、承諾しました。
演劇学校時代から降伏宣言は英語版でずーっとやりたいと思っていたので、20年後にやっとできて、感無量といった感じです。
「天皇の真似はしないように」
ーどのような準備をされたのでしょうか。
上枝さん:綿密な準備はできませんでしたが、天皇の真似だけはしないように心がけました。Netflixの「TOKYO TRIAL(「東京裁判」)」や、映画「オッペンハイマー」を見直して、当時の時勢に感覚として浸かろうとしてみました。「日本の一番長い日」のNHK版のドキュメンタリーを昔見たことがあり、まさに今回のドラマと一致するので、それをネットでリサーチしました。
―事実を入れた、中立的な立場から書かれていた点がアピールしたと聞きましたが。
上枝さん:そうですね。アメリカの場面ではトルーマン大統領が「ジャップ」とか、「日本は敵だ」と言っていますが、日本側はそういう感じではなかった。どっちが悪いということではなく、もっと中立の立場で事実を描いています。日本ではどういうことが起きていて、アメリカではどういうことが起きていて、と。誰が悪かったということがあったとしても、もう過去のことだから。あまり意味がないのではないでしょうか。
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今回の仕事を通じて、上枝さんは当時の経緯について考える機会を持てたという。知らなかったこともあった。例えば、思想家大川周明の存在だ。東京裁判において、唯一民間人としてA級戦犯の容疑で起訴された人物である。ユーチューブで検索すると、東条英機の頭を叩く場面が出てくる。大川は梅毒による精神障害と診断され、訴追免除となった。旧日本陸軍により旧満州(中国東北部)のハルビン郊外に置かれた細菌戦部隊「73部隊」も以前は知らなかったという。同部隊は正式名称は関東軍防疫給水部で、戦時中、ペスト菌などを使った細菌兵器開発に携わったほか、抗日運動で捕らえた中国人捕虜らを「マルタ(丸太)」と呼び、人体実験を行っていた。
昭和天皇が東京裁判で裁かれなかったことについて、「それでよかったのか」と問うようになったという。「誰が悪かったというのではなくて、何か起きたかを知るべきだと思います」。
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―今後のご予定は?やりたい役柄はどういうものでしょうか。
上枝さん:ロックダウン当時はストリーミングの番組が爆発的に増えたのですが、今は、映画、テレビのプロダクションは激変して、ボイスオーバーもやっています。つい先日初めてのオーディオブック(一冊全部)をやりました。冬、春撮影の映画のキャスティングがそろそろ始まるので、今は毎日読書や音読でいつでもオーディションができるようにトレーニングしています。
ワンシーンだけ出演して、すごくエモーショナルな、印象的な芝居をする人が時々出てきますよね。そこしか出てこないけど、そのシーンだけが心に残る、と。有名にならなくてもいいのですが、意味のある芝居ができたらいいなと思っています。
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