英国で「難民ホテル」に市民らが抗議 政府は移民政策の厳格化で対応するが・・・・
「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者コラムに補足しました。
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「追い出せ!」「外国人犯罪者を強制送還せよ!」
8月23日と24日、英国各地でこうしたスローガンを掲げた人々が、難民認定申請者(Asylum Seekers)を受け入れているホテルの外で抗議デモを行いました。
デモはロンドン東部のエッピング、イングランド南部ブリストル、中部バーミンガム、北部リヴァプール、そしてウェールズやスコットランドでも発生しました。数週間続いてきたホテル前での定期的な抗議が、全国的なうねりへと発展していることを示しています。抗議に反対するグループも現れ、治安維持のために警察が出動しました。ホテル周辺には緊張感が漂いました。
エッピングでの抗議と裁判の行方
中でも注目されたのが、ロンドン東部エッピングで行われたデモです。地元のベル・ホテルに収容されていた申請者の1人が、14歳の少女に対する性的暴行容疑で訴追され、地元住民の間に不安が広がりました。
デモ参加者が掲げた「エッピングは『ノー』だ」というプラカードは、住民の多くの不安と反発を象徴していたようです。
英国では、難民の認定申請を行う際、申請の結果が出るまで行き場のない申請者が国内のホテルに公費で宿泊することがあります。エッピングの住民と自治体は、こうした「難民ホテル」の運用を停止するよう求める訴えを起こしました。
8月19日、高等法院はこの訴えを認め、内務省に対し、9月12日午後までに難民申請者をホテルから退去させるよう命じました。政府がただちに控訴したところ、8月29日、控訴院の判事は高等法院の判断を覆し、「ホテル運用の停止はさらなる抗議活動を誘発する恐れがある」として、難民申請者を路上から遠ざけるという大臣の法的義務を認める判断を示しました。
難民申請者は過去最多の11万人超に
8月22日、内務省は最新の難民申請者数を発表しました。それによると、今年6月までの1年間で難民申請者は前年同期比14パーセント増の11万1084人となり、過去最高を記録しました。
国内のホテルに収容されている難民申請者は、今年6月末時点で3万2000人超で、前年同期比で8.4パーセント増えています。ちなみに、日本の難民認定申請者数は2024年に1万2373人で、前年より1450人減少しました。
英政府は申請者の増加について、「アフガニスタン、イラク、ソマリアなど、紛争や迫害から逃れてきた人々の増加によるもの」と説明しています。6月までの1年間で、初回審理で難民または同様の保護の権利を認められた人は5万1997人でした。
難民や移民の流入を最大の懸念事項として挙げる有権者が増えており、記録的な申請者数はキア・スターマー首相にとって政治的な打撃となっています。
ファラージ氏と「リフォームUK」の強硬策
英国が欧州連合(EU)から離脱した要因の一つには、EU移民の流入による生活や雇用への不安がありました。その離脱を主導した政治家ナイジェル・ファラージ氏が党首を務めるポピュリスト政党「リフォームUK」は、8月26日、次期政権を樹立した場合には大量の難民申請者を強制送還し、危険地域への送還を禁じる欧州人権条約などから脱退すると発表しました。
現在、リフォームUKは投票意向調査で与党・労働党や最大野党の保守党を抑えて首位に立っています。この大胆な提案は、政府に対してより厳格な反移民・反難民政策を取るよう圧力をかける結果となってきました。
去る7月にはスターマー首相とフランスのエマニュエル・マクロン大統領が、英仏海峡を小型ボートで渡って到着した人々をフランスに送還する新たな枠組みを設けることで合意しましたが、その実効性には疑問の声が上がっています。
2025年上半期、約2万人が小型ボートで英国に到着しており、同期間として過去最多を記録しました。保守党前政権は難民申請者をルワンダに送る計画を立てましたが、実施が遅れ、昨年7月の総選挙前に実現することはできませんでした。
スターマー政権は、英仏海峡の渡航を組織する密航ネットワークの取り締まりに力を入れていますが、成果が出るまでには時間がかかりそうです。政府は、裁判官とは別の審理担当者が判断する独立機関を新設する方針を示していますが、収容施設周辺の住民や自治体の不満は募るばかりです。
スターマー首相「リフォームUKの政策は人種差別的」
リフォームUKの支持率が高まる中、スターマー首相は対抗姿勢を強めています。
9月28日、労働党の党大会開幕にあたり、BBCのインタビューの中でリフォームUKによる大量送還策について「人種差別的だ」と発言しました。
「人種差別的(レイシスト)」という表現は英語では非常に強い言葉です。この発言を受け、「リフォームUKの支持者もレイシストなのか」という質問が出ましたが、スターマー氏は「そうではなく、政策がレイシストだ」と答えました。
でも、この答えでどれぐらいの人が納得したでしょう?人種差別主義の政策を支持する人は人種差別主義者ではない・・・と言われても・・?
党大会での演説と評価
英国では党大会の最終日に党首が印象的な演説を行うのが恒例です。
スターマー首相(労働党党首)は、リヴァプールで開かれた労働党大会の演説で、反移民を掲げて支持を拡大するリフォームUKへの対決姿勢を明確にしました。リフォームUKの政策を「蛇の油(万能薬をうたった偽造薬)」と非難し、「英国は皆のものだ」と訴えて国民の結束を呼びかけました。
演説後、「演説が得意ではない首相としては健闘した」「感動した」との評価が出た一方で、「スターマー氏がどのような国の構築を目指すのかが見えてこない」との批判もありました。
デジタルID導入と移民政策の厳格化
党大会の開催前、スターマー政権は矢継ぎ早に新たな政策を発表しました。目玉は、不法滞在や違法労働の摘発を目的に、全ての成人にデジタル方式のIDカード所持を義務付ける計画です。永住権の取得要件を厳格化する方針も示されました。
さらに、難民申請者の救済手段となってきた欧州人権条約の一部を再検討する意向も示しています。
こうした方針は、従来リベラルな移民政策を支持してきた労働党にとって大きな方向転換であり、英国の移民政策が全体的に厳格化している現状を反映しているといえます。
物足りない?
筆者はスターマー氏の演説に物足りなさを感じました。それは、「リフォームUKは誤っている」という姿勢ばかりが目立ち、「労働党はどのように社会を変えていくのか」という将来の構図が十分に示されていなかったように思うからです。
リフォームUKを単に「悪」として批判するのではなく、同党を支持する人々が抱く不安や不満をどう受け止め、どう応えていくのか。これがスターマー政権に最も求められているものではないでしょうか。
Asylum Seekers(難民認定申請者):Asylumとは庇護、つまり自国で迫害を逃れてきた人に他国が与える保護を指す。1951年難民条約による難民(Refugee)の定義は、「人種、宗教、国籍、特定の社会的集団への所属、または政治的意見を理由とした迫害を受ける」根拠があり「自国の保護を受けることができない者」。該当しない人が人道面から保護を受ける場合も。




