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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

IPI(国際新聞編集者協会)世界大会 ジョージアのジャーナリスト、ハンガリーの独立系メディア等を表彰

 報道の自由の擁護とジャーナリズムの実践向上を目的とする「国際新聞編集者協会」(IPI)は、10月23日から25日まで本部のあるウィーンで世界大会を開催した。

 今年はIPI創立75周年にあたり、世界90カ国以上から約630人の記者や編集者が参加した。

 IPIは1950年10月、第二次世界大戦の惨禍が収束しつつあった時期に、世界16か国の34人の編集者が米ニューヨークのコロンビア大学に集まり、自由な報道が平和の礎になるとの信念の下、国境を越えた協力を目指して設立された。
 以来、IPIは検閲や弾圧に直面する記者たちを支援する世界的ネットワークとして活動を続けている。

 今年の世界大会の様子を伝えてみたい。


「今日も働いているジャーナリスト」

 筆者はここ数年、IPIの世界大会に参加してきたが、今年は創立75周年の節目にあたり、参加者の数が例年以上に多く感じられた。

 大会初日となる10月23日の開会式では、IPIの功績を称える論調が続く中、理事会議長であるマールトン・ゲルゲイ氏が壇上に立った。同氏はハンガリーのメディア「HVG」の編集長も務めている。

 「IPIの75周年を私たちはここで祝っていますが、ハンガリーではこの日一日中、ジャーナリストたちが『1956年の革命』の取材を続けていました。働いていたのです」。

 「1956年の革命」とは、日本語では「ハンガリー動乱」と呼ばれる。1956年10月23日、首都ブダペストで行われた民主化やソ連軍撤退を求める学生や労働者のデモに対し、ソ連軍が出動して起きた事件だ。当時のナジ首相はソ連を中心とした軍事条約「ワルシャワ条約機構」からの撤退とハンガリーの中立を宣言した。11月に入って、再度ソ連軍が突入し、市民義勇軍らと市街戦となった。

 最終的にソ連軍が制圧し、ソ連を後ろ盾とするカダール政権が樹立された。死者は2700人に達した。1958年、ナジ元首相は反逆罪で処刑された。

 1989年、ソ連の崩壊に伴い、ハンガリーは共産党一党体制から転換し、複数政党による議会制民主主義に移行した。

 現在は第5次オルバン政権(連続4期)のもと、国内のメディア統制が厳格化している。

 「ジャーナリストは休んではいられない」というゲルゲイ氏の発言に、身が引き締まる思いがした。


「ムジアを解放せよ」

 翌24日には、報道の自由や独立したジャーナリズムを守るために勇気と信念を示した個人と団体を称える賞の授賞式がウィーン大学で行われた。

 会場の入り口前にはジョージアの国旗と「ムジアを解放せよ」というプラカードなどを掲げた人々が抗議デモを行っていた。

「ジョージアのジャーナリストに対する残虐行為に対して、いまだ起訴はゼロ」「手遅れになる前に戦おう」などのプラカードを掲げるデモ参加者(筆者撮影)
「ジョージアのジャーナリストに対する残虐行為に対して、いまだ起訴はゼロ」「手遅れになる前に戦おう」などのプラカードを掲げるデモ参加者(筆者撮影)

「ジョージアの独裁に対する親欧州の抗議が続いて331日」と書かれたプラカードを持つ抗議者(筆者撮影)
「ジョージアの独裁に対する親欧州の抗議が続いて331日」と書かれたプラカードを持つ抗議者(筆者撮影)

 話しかけてみると、オーストリアにはジョージア人のコミュニティがあるという。IPIの世界大会があると聞き、投獄中のジャーナリスト、ムジア・アマグロベリ氏の釈放を求めて集まったという。

ジョージアと首都トビリシ(外務省サイトよりキャプチャー)
ジョージアと首都トビリシ(外務省サイトよりキャプチャー)

(アマグロベリ氏 courtesy of Batumelebi)

 アマグロベリ氏はジョージア西部バトゥミを拠点とする独立系メディア「Batumelebi(バトゥメレビ)」と「Netgazeti(ネットガゼティ)」の共同創設者で、報道の自由を守る象徴的存在として知られる。

 今年1月、反政府デモ取材中の小競り合いを口実に逮捕され、政治的動機に基づくとされる罪で勾留された。8月、懲役2年の実刑判決を受けた。裁判は強い政治色を帯び、国内外から報道への弾圧として非難の声が上がっている。


7人の記者とハンガリー独立系メディアを表彰

 IPIの授賞式で表彰されたのは、「世界報道自由ヒーロー(World Press Freedom Hero)」として7人のジャーナリストと、「自由メディア先駆者賞(Free Media Pioneer)」としては、ハンガリーの独立系メディアであった。

 「世界報道自由ヒーロー」この中の一人がジョージアのアマグロベリ氏だった。

 ほかには元米ワシントン・ポストの編集長マーティン・バロン氏(米国)、マリアム・アブ・ダッガ氏(パレスチナ)、グスタボ・ゴリッティ氏(ペルー)、香港の日刊紙「蘋果日報(アップルデイリー)」を創刊したジミー・ライ氏、ヴィクトリア・ロシュチナ氏(ウクライナ)、テスファレム・ワルディエス氏(エチオピア)。戦場取材や調査報道、メディア創設など、それぞれの現場で権力や圧力に屈せず真実を伝え続けてきた姿勢が評価された。

 パレスチナのアブ・ダッガ氏とウクライナのロシュチナ氏は取材活動中に命を落とし、追悼の意を込めた授賞となった。代理で登壇した同僚や編集者は、彼女たちが戦火や弾圧の中でも人々の声を伝え続けた勇気を称賛した。

 ロシュチナ氏の支援者アナ・バビネツ氏は「21世紀の欧州で、拷問と飢えによって獄死する記者がいることは信じ難い」と訴えた。

 アマグロベリ氏とジミー・ライ氏は、不当な拘束が続いているため出席できなかった。

 ライ氏の息子セバスチャン氏が代理で登壇し、「父は試練の中でも信念を貫いている。真実の灯を掲げ続ける人々と共にこの賞を受け取れることを誇りに思う」と語った。

 一方、刑務所から寄せた声明の中でアマグロベリ氏は、「この賞は私個人だけでなく、圧力の中で真実を伝え続ける多くのジョージアの記者たちへのものだ」と述べ、「私たちの犠牲は無視されていないという国際社会からの励ましだ。報道の自由を守ることは、民主主義そのものを守ることでもある」と訴えた。

 授賞式に出席したエチオピアのワルディエス氏、ペルーのゴリッティ氏、米国のバロン氏はそれぞれのスピーチで、世界各地で報道の自由が脅かされている現状を指摘した。

 ワルディエス氏は「命を落とした記者、不当に拘束された仲間、権力を追及し続ける人々とこの賞を分かち合いたい」と述べ、ゴリッティ氏は「民主主義は予想外の場所でも後退している」と危機感を示した。


「米国はもはや理想ではない」

 8年間、ワシントン・ポストの編集主幹を務めたバロン氏はボストン・グローブの編集長時代にカトリック教会の神父たちによる児童への性的虐待と教会による組織的隠蔽を暴露する一連の報道を統括したことでも知られている。この報道は「スポットライトー世紀のスクープ」として映画化されている。

 米国のジャーナリズムの重鎮の一人となるバロン氏だが、受賞の演説の中で「米国でも報道の自由は当然ではなくなった」としみじみと語った。米国は世界の記者が理想とする「モデル」ではもはやない、という。「海外の記者たちの勇気に学んでいる」と述べて、会場を見渡した。

 「自由メディア先駆者賞」には、政治的圧力の高まる中でも独立報道を貫くハンガリーのメディア団体が選ばれ、代表してニュースサイト「Telex(テレックス)」のマールトン・カールパーティ最高経営責任者が登壇した。「ハンガリーで記者を続けるのは容易ではないが、読者や仲間の支えがある限り真実を伝え続ける」と述べた。


by polimediauk | 2025-12-01 19:54