小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
通知を受け取る

このブログを始めた理由 その3



(ライブドアの話、グーグルの話など、私も追っている。ライブドアに関しては言葉がまだ出てこないが、ベリタで見つけた、「ライブドアの今後とマーケットのゆくえ」が今のところ、一番参考になった。http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/e/ae4cf02ae32202c92262203c5b624ad5)


違う気持ちの持ちよう

 ブログをはじめて、書き方や書くときの気持ちの持ちようも変わった。

 紙媒体に書くときと比べ、ブログではやや話し言葉に近い。コピーライターの糸井重里氏が筆者に語ったときの言葉を借りると、糸井氏が毎日自分のサイトにエッセーを書くとき、言葉を「ストックでなくフローで使う」、と聞いた。考えて、自分の中で練った言葉でなく、頭に浮かんだ言葉でつづっていく。「考えたことでなく、思ったことを書く」。

 私の場合故意にそうしているわけではないが、紙媒体で発表したものをそのままの形でブログに出すと、文章がかっちりしすぎて硬いような印象を受ける。

 また、会社に勤務していた時分は、原稿の中で「私は」という言葉を極力入れないようにしていた。「私はこう思う」とする流れの文章を入れずに自分の言いたいことを書く、というのが部内の文章スタイルだったように思う。

 こうした文章の書き方が、ブログの読み手からすると不透明・自分の立場をはっきりさせない、として映るらしいことを書き込まれたコメントから知った。少年犯罪の報道に関しての項目で、日本と比較しながら英国の例を書いたところ、私自身としては、少年犯罪の報道はどうあるべきと思うのか、と聞かれた。私としては、「どうあるべきか」を読者がそれぞれ判断するための材料としてブログを書いていたつもりだったが、自分の意見を明確にすること、つまり筆者のオピニオンを読み手が求めていることに気づかなかった。

 一方、この一年でいくつかのトピックに関しては、読者からのコメントが長い論争に発展した。

 1つは中国の反日運動に端を発した、日本の歴史問題である。南京大虐殺は果たして「虐殺」と言える内容だったのかどうか、BBCが「第2次世界大戦中の日本軍による残虐行為」を証明する写真の真偽、東京裁判の妥当性などに議論が発展し、読者同士でコメントが行き来した。

 ロシアのプーチン大統領の言論統制とチェチェンの独立運動の関連に関しても、チェチェン問題に詳しいジャーナリストと素性は不明だが時々コメントを残してくれていた読者の一人との間で、コメントの応酬が数日にわたって続いた。

 両方のケースで私は時々論争の中に入ったが、最終的には、「ではブログの書き手の小林はどっちの側につくのか?」と問われた。私は、「それぞれの見解に一理ある」と本音を述べたが、会社員時代の「中立であろうとする」精神が体に染み付いていることに自分自身意外な思いがした。

 刻々と発展する事件に対して、瞬時で思うことを書いて発信できるのがブログの特徴だが、自分自身が事件の近辺にいたとき、すぐに言葉が出ないこともある。

c0016826_1321279.jpg

        (ガーディアンの、テロ発生翌日の1面)

 7月に起きたロンドンでのテロがその具体例だった。

 朝8時過ぎに起きた爆破テロで、アルカイダが関連しているという報道がある、とブログに書いたのは午前11時。テレビやラジオにかじりついて時を過ごし、ある程度まとまった解説などを出そうとは思うのだが、膨大な量の新しい情報がどんどん入ってきており、流れを追うのに精一杯だった。ロンドンの中心部から自宅までは電車で20-30分で、親戚がテロに巻き込まれた可能性もあって、まともなことを書く気持ちの余裕がなかった。

 日にちが過ぎて、少しずつ書くようになるのだが、メディア報道に関して分析する、という本来のブログの目的から離れ、テロが自分や知人に起きるかもしれないという緊張感の中で、見たこと、体験したことを書いた。

―将来

 ブログ・ジャーナリズムの将来像に関して、私自身は確固とした結論が出ていない。未だ実験中、というところだ。ブログ人口全体、ひいてはブログ・ジャーナリスト(ブログを言論発表の手段の一つとする人)の絶対数が増えれば、ブログ・ジャーナリズムの位置、果たすべき役割が現在よりも自明となり、次第にその定義ができていくような気がしている。

 私が「英国メディア・ウオッチ」を始めたのは、自分が取材で得た知識で原稿に入らなかった部分が死蔵されてしまうことが耐えられなかったのが大きな理由だったと書いた。

 昨年取材したトピックの一つに、オランダの表現の自由とイスラム教徒の移民に対するネガティブな状況があったが、長いインタビュー取材の全貌をいくつか書いた原稿の中で明らかにすることができなかった。「英国メディアウオッチ」ではそのいくつかを出したものの、ふと、本当に必要とする人に情報が届いていないことに気づいた。

 それは、日本の読者にオランダの状況を伝えることも大切だが、オランダに住む人、特にイスラム教徒の若い青年たちにこそ、オピニオンメーカーの人たちが取材中に何を言ったのかを知るべきだ、と思った。取材で知り合った人と協力しながら、英語版のブログを立ち上げ、インタビューの全貌などを掲載していくことを考えている。オランダだけにするのか、他のトピックも入れるのか、まだ構想を練っているところだ。また、情報発信するけでいいのかどうか、もっと直接的に困っている状況を何らかの形で好転するようなことに力を入れることはできないものか、思いをめぐらせている。

―糸井氏の2000年の記事

 以下は、2000年2月、英字紙「デイリーヨミウリ」に掲載された記事の日本語版である。(和訳は私自身がしたもの。若干編集・補足した。この内容は「ほぼ日刊イトイ新聞」のアーカイブやウエブ上でグーグルすると、でる。また、中に、一日のアクセス数が18万とあるが、現在は100万ほどになっているようだ。)

 http://www.1101.com/today/2000-02-29.html 

 何故私が糸井氏のインタビューをすることにしたのか?どこかの新聞記事で、自分のネットサイトを立ち上げた、という話を読んだのだと思う。その新聞記事が良く書けていたようで、とてもおもしろいことをやっているように、思えたのだった。

 とりあえずサイトを見に行って、たまに読んだ感想のようなことをメールにして送っていたようだ。その時、取材の中で知るのだが、糸井氏とスタッフが、送られてきた全部のメールに目を通していたことを知らないままに、送っていた。

 当時、私は夜勤の後などにメールを送ることが多く、それがいつも午前2時から4時ごろの間だったと思う。丁度糸井氏やスタッフが一番じっくりメールを読む時間だったらしい。そんな偶然が重なって、取材の申し込みをメールですると、すぐOKになったことを覚えている。

 カメラマンと一緒に事務所に着くと、こたつがあって、そこに座って、話を聞くことになったのだった。

 6年前の(!!)記事を読み直して、スピリット的に影響を受けていたことに、改めて自分自身、驚いた。(といっても、私はクリエイティブなタイプではなく、このブログと「ほぼ日」の共通点は、全くないのだが・・・。)

 
ネットで新しい道を見つけた

 インターネットは、クリエーターとその作品を変えることができるだろうか?

 糸井重里氏は、そうできる、と信じている。

 日本で、最も知られたコピーライターの一人である糸井氏は、「ほぼ日刊イトイ新聞」、文字通りほぼ日刊のイトイ新聞というホームページを開設してから、彼自身が確実に変わったという。その名に反して毎日更新されているホームページは「ほぼ日」として知られ、毎日約18万人がアクセスする。

 40代後半になった糸井氏は、メディアで仕事をしているといっても、必ずしも好きなことを何でも書けるわけではない事に気がついていた。年月が過ぎ、書く技術は卓越したレベルになり、何が書かれるべきかを見つけることができた。自分が何をしているのかも正確に分かるようになっていた。それでも、自分の企画や仕事のやり方が拒絶される事態を避けることはできなかった。

 「コピーライターですから、請負仕事なんですね、その逆ではなくて。ですから、自分の案が一番いいものだと思っても、相手が良くないと言えば、ボツになってしまうんです」。東麻布にある鼠穴ビルの彼の事務所で、糸井氏はこう語った。

 「例えば、野球の選手で言えば、ホームランを打ちたいと思っていてもバントを打つように言われ、何故自分が野球の選手になったのか分からなくなった」。

「いつもそんなことを言われていると、ヒットも打てなくなりますよね。恐怖感があった。」

 糸井氏は、生き生きとして役に立つものが外に出ず、クリエーターが一番いいものと思ったものではない情報が出る、という状況は不当だ、と感じたという。「新しい表現の方法を見つけなければ、自分の価値がなくなる。自分が自分を好きになれなくなる」。

 以前、西武百貨店向けに「おいしい生活」というコピーを書いたことがあった。このコピーを自分自身が実行したことになったのかもしれないが、糸井氏は、インターネットを新たな表現の場所にすることにした。インターネットで、自分が本当に言いたいことを外に出す機会を得た。文章の書き方も変わってきたという。

 糸井氏は、「ほぼ日」に、毎日コラムを書いている。これまで600回にもなった。「ほぼ日」のスタッフとともに、毎日来る約80通のメールを読み、数通には返事を書く。このプロセスを楽しみ、他の何ものにもかえられないと考えている。

 しかし、この新しい生活をすぐ見つけたわけではない。広告の仕事を続けながらも、糸井氏は、趣味に(特に釣り)心を傾けた。この頃、一番楽しかったのは、友人や知人との会話だった。

 「例えば友達がふらっと来て、昨日起きたこととかを、お互いに話すときに、その時の会話がいくら面白いものであっても誰も他には聞いてないんですよ」。
 
 こうした会話が再現できるような場として、インターネットを表現手段として使える、と思った糸井氏は、6ヶ月間、スタッフとともに計画を練り、1998年6月、「ほぼ日」を始めた。

 糸井氏がインターネットに書くときと紙媒体に書くときでは、心構えが違う、と言う。それは、言葉を「フロー」と考えるか「ストック」と考えるかによる違いである。

 ネットに書くときは、「友達に話すように書くんです。時々、前に何を書いたか全部覚えていないことがあります。言葉を、ストックでなくフローとして使います。そっちの方が、動いているから面白い」。

 現在のところ、なるべく早く書くようにしているという。「時間をかけて書くんだったらやめた方がいい。考える、でなく、思う、で書きたい」。

 2月7日、糸井氏は、「震えるということば」について書いた。新聞にある精神科医の話が載っていたのを読んだという。自閉症の子供に何とか言葉を発してもらおうと精神科医は苦心するが、うまくいかない。ある日、子供が、いやな質問をされる度に、言葉を発する代わりに膝を震わせることに気づいた。

 糸井氏はこの箇所にショックをうけたという。氏はそれまで、どんなことでも言葉で表現できると考えていたからだ。

 氏は、今、この「震える膝」に相当する思いを書こうとしているのだという。文脈や文章の美しさを犠牲にすることになっても、「まだ思いが新鮮なうちに書く」のだ。例え言葉でうまく表現できなくても、「ほぼ日」の読者は彼が表現したかったことを分かってくれるだろう、と思っている。

 「ほぼ日」は、糸井氏が自分で書く日替わりのエッセーで始まる。心に浮かんだトピックついて書いたものだ。このエッセーの後、その日の新しいコラムを紹介してゆく。コラムニストは、ものまねの清水ミチコ、漫画家のみうらじゅん、ニュースキャスターの鳥越俊太郎から、学生、会社員など様々だ。あるコラムニストは、学校を辞めてアメリカの映画界で働くことを希望する中学生だ。コラムニストたちは、日常生活で起きたことについて書くが、そこには何かしら「驚き」がないといけない。

 誰をコラムニストにするかに、糸井氏は最も頭を悩ませるという。金銭的報酬はないが、それでも、どのコラムニストも情熱を持って書いてくる。例えば、ニュースキャスターの鳥越氏は、ニュースの中で面白いと思ったことに関して毎日書く。自分の番組を持つ鳥越氏には、人前に出る機会は既に十分ある。しかし、それでも無料でコラムを書くのは、自分が重要だと思うことについて好きなように書けるからだという。お金をもらったら書かないかもしれない、と言っているそうである。

 鳥越氏は、先日、番組「ザ・スクープ!」の中で「ほぼ日」を取り上げた。放送後、67万人が「ほぼ日」のサイトにアクセスし、一時アクセス不可になった。糸井氏は、「ほぼ日」が、既存マスメディアの形を取らないマスメディアになったように感じているという。

 ウエブサイトは、読者に課金するようになっていないので、糸井氏は、コンピューターや電話、人件費のために広告の仕事を続けている。どうやって経費をまかなうかが、常に悩みの1つだ。

 最近、糸井氏は、読者に対してこれまでとは違った見方を持つようになった、と書いた。何年も、不特定多数の人々に向けて、マスメディアを使って広告コピーを書いてきたが、初めて、しみじみと、個々の顔や心を持った、いろいろな年代の情報の受け取り手の存在を感じることができるようになったという。「ほぼ日」をやっていなければ、分からなかったことだという。

 糸井氏が、毎日のエッセーの中で元気がないと書けば、読者は、「自分も元気がない」、と書いてくる。または、「元気がなかったけど、今は元気」と書いてくる。困った読者について書けば、看護婦をやっている人が困った患者について書く。そんな時、自分と読者の人生がつながっているのを、糸井氏は感じる。読者の反応が、糸井氏がウエブサイトを続ける際の原動力になっている、と言う。

 「日曜の夕方、日が落ちて何となくしんみりしているところへ、読者からのメールをもらって、感動して泣くこともあるんですよ」。

 「読者からメールをもらうと、今でもびっくりします。 書いたものが本当に読まれているな、と。嘘をつけない、と思います。正直にしないと。」

 もしサイトを閉じることになったら、読者は怒るだろう、と糸井氏は言う。読者のエネルギーを集めたら、「発電所を1つ作れるかもしれないほど」。「ほぼ日」をやっていて、「たくさんの人数の人が集まっている」こと、そのエネルギーを「日々実感している」という。


(この項終わり)



 
by polimediauk | 2006-01-22 01:42 | プロフィール+ブログ開始理由