小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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ライブドア 英報道


堀江氏:それでも起爆剤?

 ライブドアのことを、通常の新聞のサイト以上に、ブログで書いていらっしゃる方がたくさんいて、その1つ1つが非常におもしろい。「ライブドアの実質支配とは」 http://inthepaper.exblog.jp/d2006-01-「ライブドアと嫉妬心」20http://chou.seesaa.net/article/11899769.html

 英新聞でも経済面でかなり大きく報道されてきた。この中で、大きな流れの1つ、というか、ある特徴があることに気づいた。日本の新聞はウエブで読むだけなので、もう既に日本でも指摘されている点かもしれないが。

 まず、ライブドアに対する熱狂的関心はもちろん英国では基本的にはなく、「ライブドア=悪人=有罪」的なトーンが少ない。1つの企業であるライブドアが、「例え良くない・間違ったことをしていたとしても」(このとき、「例え・イフ」というところに力が入る)、ライブドア自体が悪いことをしたであろうことが悪いのでなく、日本全体のシステム、例えば東証のトレーディング・システムの頼りなさ、会計制度の不正確さ、不正確な会計でもビジネスが成り立っていた日本の金融業界全体が、「悪い」、「問題あり」とする姿勢だ。つまり、ライブドアが悪いのでなく、日本のシステムが悪い、それも「伝統的なシステム」が悪い、と見る。

 そして、ライブドアのような新興企業の成長が(こうした企業が成長したのには、「西欧式」のビジネスを日本が「ようやく」採用したために可能になった、として)、今後も止まらないことを願う・・というトーンである。

 ファイナンシャルタイムズの堀江氏のビジネスのやり方に対する(堀江氏だけでなく、楽天や村上ファンドなども含めているのだろうが)絶大なる信頼にやや圧倒される。

 まず日曜紙「オブザーバー」の22日付記事。Scandal fails to halt Tokyo’s rising sumsという記事で、途中から

「―ライブドアの次は何か?

・ ・・・ライブドアと堀江氏が様々な容疑で有罪になるかどうかを判断するには早すぎる。しかし、イタリアのパルマラート事件や米国のエンロン事件のように、同様のスキャンダルは他国でも起きたし、コーポレート・ガバナンスの改善のための圧力として働いた。日本でも同様の結果が起きる可能性があるーライブドアが例外であるかーーどうもそうらしいがーーあるいはもっとある病理の一部であるかどうかは別としても。

投資会社のF&Cによると、今回の事態は、日本企業が独立した監査体制をもつ必要があることを物語っている、という。コーポレート・ガバナンス部門のディレクター、ロバート・バーリントン氏は、「日本の『法定監査役statutory auditors』の有限責任について、かなり懸念を持っている。この監査役達は企業の取締役ではなく、独立性も欠如しているので、リスクがでる可能性がある。社外取締役の方が、必要な監督の役目をはるかによく果たせると思う」。

日本では、一部の企業は西洋式の説明責任を導入しているが、多くの場合は外部の株主といえば、企業の所有者であるのだからその利益は守られるべき、というよりも、いらだちとして見なされている」


 この後、東証の力不足に関しての表記に続いている。

 ファイナンシャルタイムズの19日付のLEXコラム。

 「株価操作疑惑で当局が捜査中の日本のインターネット企業ライブドアの犠牲者のリストは長くなるばかりだ。まず、株価が落ちた。東証は取引時間を短縮した。今度は、疑惑取引に関連した投資会社のトップが自殺した。

 次の焦点は、不正会計を承認したと言われる監査人に移るだろう。日本の監査人たちは、粉飾会計を見破る点に関して、あまり良い評判はない。政府が緊急援助をした化粧品会社カネボウで会計不正があったし、破綻した山一證券やもっと小さな企業のケースもあった。通常、不正会計は事が済んで大分経ってから発覚する。カネボウの場合は4年かかった。ライブドアの捜査は、2004年末に行われた発表分に関する疑惑だ。

 米国のように、日本は2001年のエンロンスキャンダルの後で会計ルールを厳格化した。エンロンの場合は、米監査会社のアーサー・アンダーセンが崩壊した。日本でこうした改革が行われたのは2年前で、戦後最大の会計改革だった。しかし、まだ問題は残っている。日本の伝統的なシステムである、あいまいな規制構造に慣れている世代が、もっと厳格なルールの適用に苦労して取り組んでいる最中だからだ。厳格な会計ルールを適用しようとしても、十分にパワーのある独立監視団体が不在であるので、不十分になっている。監査人たちは、告発者にはなりたがらないのだ。りそな銀行の危険な資金繰りには虚飾が施され、ある一人の監査人が会計書類に署名するのを拒絶するまで続いた。りそなはその後、2兆円の公的資金を使って、救命された。この監査人は、自殺した」。

 (読んでいて、恐ろしくなるコラムだ。)

 21日付のフィナンシャル・タイムズの社説。Japan at crossroads

 「曲がり角の日本」

 「日本の成長エンジンが丁度加速してきていたとき、困惑するような音が聞こえてきた。今週、貪欲なインターネットの会社ライブドアに対し、金融不正疑惑で当局の捜査の手が入ったのだ。2日後、東証は、システムの能力を超えるオーダーが入り、取引の終了時間を早めざるを得なくなった。

 一連の出来事は、かつて退屈だった日本株式会社の外観を粉々にした。経済は通常に戻りつつあったが、水面下では、全く通常ではなかったことを示唆している。

 ・・・ライブドアは悪名高い企業となったが、それは、由緒ある放送局フジテレビを昨年乗っ取ろうとしたライブドアの派手なトップ、堀江氏が国民的ヒーローになったからだ。この試みは失敗に終わったが、日本の伝統的ビジネス・エスタブリッシュメントを震撼させた事件だった」。

 FTは、日本では、保守派と変革派との間とのせめぎあいが続いており、東証の経営陣(保守派)が、「近代的な資本市場の現実に、追いついていない」としている。変化の一例は出来高にも現れており、「何千人ものデイトレーダーたちが、ライブドアの株を売ろうとした。小規模の株を扱うトレーダーの数は急速に増えており、昨年は市場の出来高の半分がこうした取引だった。大部分がインターネットを通じて取引をするトレーダーたちだ」。

 「日本は曲がり角にいる」とするFTは、日本には2つの道があり、一つは「伝統的な、仲間内だけの、内的思考のビジネス型の資本主義」を続けることで、もう一つは、「抑制のない西欧型資本主義」の実行だ。日本がこうした岐路に立っているという現状こそが、「ライブドア事件の真に重要な点だ」としている、

 そして、この事件の2つの要素が別物だと区別することが大切だと主張する。つまり、「堀江氏が何らかの違法行為を働いたのかどうは、検察当局、そしてあるいは法廷の問題」であり、「敵対的買収も含めて投資者が合法に自分の権利を行使して業績の悪い企業を改造する」、つまり堀江氏がやってきたビジネス手法の評価とは「別の問題」。

 「コーポレートガバナンスが弱い」ために、経営陣をかばい、効率性の悪さや規制の甘さをないがしろにしてきた企業が多すぎる、として、「結果は、リソースを間違ったところに投入したり、資産を非効率に使ったり、変化する、競争が起きる状況に適応することができなくなる。犠牲になるのは株主だけでなく、一国の経済全体だ」。

 「西欧の資本主義を完全に実行に移すのが最適の解毒剤になる、とは言わないが、もう一つの選択肢よりはいい」として、改革の動きを挫折させてはいけない、と呼びかけている。「競争を奨励する規制体制、オープンな市場、より高い透明性を通じて、もっとよりよく資本市場が機能するようにするべきだ」。

 (堀江氏あるいは彼に代表される最近の新興企業の動きを日本経済の起爆剤と見るスタンスは、まだ変わらないようだ。)
by polimediauk | 2006-01-23 10:01 | 新聞業界