小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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預言者ムハンマドの戯画の件 波紋広がる


価値観の衝突

 イスラム教の預言者ムハンマドの政治風刺画を、デンマークの新聞「ユランズ・ボステン」紙が昨年9月掲載し、イスラム教諸国及び国内でも抗議のデモなどが起きている、という話を先に書いた。http://ukmedia.exblog.jp/i27 デンマークの人口約540万の中で、イスラム教徒は15万人ほどいるといわれている。今年に入って、ノルウエーでも、表現の自由を支持する、としてある雑誌がこの風刺画を掲載した。

 一方、26日付のBBCオンラインによると、サウジアラビアでは、「預言者への侮辱」の事態に関して、デンマーク政府が何もしていない、という理由でデンマーク大使を本国に送還した、という。

 ユランズ・ボステン紙は、掲載直後、新聞自体と、担当した複数の風刺画家らがイスラム教徒からの脅しを受けた。掲載に関して謝罪はしたものの、イスラム教に関する表現の自由の限界を試すためだった、と説明。

 イスラム諸国の政府は、デンマークのラスムスセン首相に抗議したが、「デンマークの新聞に、これを印刷しろ、これを印刷するな」と指示することはできない、と答えてきた。

 そこで、26日、サウジ政府が、「預言者ムハンマドが新聞によって侮辱されたことに対し、デンマーク政府が十分な注意を払っていない」ために、大使を送還した、と発表。

 デンマークの食品会社アリア・フーズは、BBCの取材に対し、風刺画のおかげでサウジアラビア内のデンマーク製乳製品のボイコットの呼びかけがテレビや新聞などを通じて起きているという。

 翌日、アリア・フーズは中東諸国の新聞に広告を出し、イスラム国でのデンマーク製品のボイコットをやめるように訴えた。

 これまでのところ、ユランズ・ボステン紙や首相の「生半可な謝罪」は、イスラム諸国の政府にとっては、十分に真摯なものとして伝わってないようだ。例えばユランズ・ボステンは掲載を謝罪しながらも表現の自由のテストだ、と述べており(結局、正当化している印象は否めない)、首相も、イスラム諸国からの大使10人が何らかの行動を求めても、表現の自由と報道の独立の点から、大使らの思うような行動を起こしていない。新年のスピーチでも、首相は表現の自由を実行する責任を述べていた。かといって、抗議を受けたからといって、原理原則を曲げることは許されないのだろうから、こういう形が精一杯だった、という見方もできるが。

 表現の自由がビジネスにも影響してきたとあって、デンマークの経済団体がユランズ・ボステン紙に風刺画掲載を決定したことに対する謝罪を紙面で表明するべきだ、と要求している、というが、この先どのように展開するか、まだ分からない。

 風刺画は12が1セットになっており、ムハンマドをテロリストに見立てたものもある、という。

 価値観の衝突はなかなか収まらないだろう。
by polimediauk | 2006-01-29 02:00 | 欧州表現の自由