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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

アンドリュー元王子、公職上の職権乱用疑惑で逮捕 王室史に刻まれる異例の事件 その背景とは

 2月19日、英国のアンドリュー・マウントバッテン=ウィンザー元王子(66)が、公職上の職権乱用の疑いで逮捕された。警察当局による逮捕の発端は、米富豪で性犯罪者ジェフリー・エプスタイン氏(2019年拘置所で死亡)への機密情報漏洩疑惑に関するものだ。
 元王子はこれまで、エプスタイン氏との関係に起因するいかなる不正行為も一貫して否定してきた。


アンドリュー・マウントバッテン=ウィンザーとは

 元王子は1960年、バッキンガム宮殿で生まれ、故エリザベス女王の第3子。兄チャールズ現国王、姉アン王女に次ぐ位置づけで、かつての王位継承順位は第8位だった。

 1979年、スコットランドの名門寄宿学校ゴードンストウンを優秀な成績で卒業し、海軍兵学校に入学。同年にはフォークランド紛争で航空母艦「インヴィンシブル」のヘリコプターパイロットとして従軍した。

 1986年にセーラ・ファーガソンと結婚しヨーク公に叙されたが、1996年に離婚。二人の娘、ベアトリスとユージーンをもうけた。

 公務では、慈善活動への支援に加え、2001〜2011年には英国通商投資局(UKTI)の特使として15カ国を訪問し、616の会合に出席。この役職では給与はなく旅費や経費は国が負担していたが、多くの海外出張が「飛行機のマイルばかり稼いでいる王子」と皮肉られ、メディアでは「エア・マイル・アンディ」と揶揄された。

 2011年、エプスタイン氏との関係が大きく報じられると特使職を退き、2019年には王室公務全体から退いた。さらに昨年秋には性的被害を訴えたヴァージニア・ジュフリー氏との民事訴訟の和解やエプスタイン事件との関係によって公的信頼が低下したことが背景となり、チャールズ国王により「プリンス」の称号を剥奪された。ただし、王位継承権の順位は8位で変わっていない。

 今年2月には、ウィンザー城の敷地内にあった自宅を離れ、ノーフォークにある王室のサンドリンガム邸の敷地内へ移った。


エプスタイン氏とは

 ジェフリー・エプスタイン氏は1953年生まれの米国人実業家で、ヘッジファンド経営で巨富を築き、政財界や学術界に広い人脈を持っていた。しかし2006年に児童買春で有罪となり、2008年に禁錮刑を受けた。

 2019年7月には未成年者への性的搾取の疑いで再逮捕され、同年8月10日、ニューヨーク拘置所で死亡。市検視当局は自殺と断定したが、不可解な状況からFBIや司法省による調査も行われ、陰謀論も呼んだ。

 2025年以降、米司法省は関連文書数百万点(「エプスタイン・ファイル」)を公開し、各国政財界人との関係が明らかになった。アンドリュー元王子との関係もこの公開を契機に再び注目された。


エプスタイン氏との関係、ジュフリー氏の告発

 2000年ごろ、当時17歳だったジュフリー氏は、エプスタイン氏と、その仲間で後に禁錮20年の実刑判決を受けるギレイン・マックスウェル氏に誘われ、当時ヨーク公であったアンドリュー王子に性的行為を強要されたと訴えた。同時期、ロンドンで元王子がジュフリー氏の腰に手を回している写真が撮影され、後にメディアで報じられた。しかし元王子は2019年のBBCインタビューで「そのような人物には会ったことがない」と全面否定している。

 ジュフリー氏は長年にわたり被害を公に訴え続け、エプスタイン事件の報道が広がった2011年ごろから広く注目を集めるようになった。2014年にはアンドリュー元王子を相手取ってアメリカで民事訴訟を起こし、2022年2月に双方は「大枠で和解」したと発表した。和解条件は非公開だが、王室の公的信頼に大きな打撃を与えた事件として記録されることとなった。


逮捕の経緯と疑惑

 アンドリュー元王子は2月19日午前8時ごろ、サンドリンガム邸内で逮捕された。偶然にもこの日は66回目の誕生日であった。

 テムズ・バレー警察は、元王子がUKTI特使在任中(2001〜2011年)に職務を通じ入手した機密情報をエプスタイン氏と共有した疑いを精査している。また、エプスタイン氏が2010年に女性を英国に人身売買した疑惑も並行して調査中である。

 報道されている具体的疑惑には、「通商視察報告書の共有」、「アフガニスタン復興関連投資情報の転送」、「財務省の機密情報を個人的な知人に渡した可能性」などがある。

 警察はノーフォーク州とバークシャー州の複数の住所で家宅捜索を実施。以前の居住地ロイヤル・ロッジ周辺でも制服警官の姿が確認されている。

 逮捕後は数時間以内に事情聴取・家宅捜索が行われ、保釈後に警察署への出頭が求められる。起訴の可否はテムズ・バレー警察と英国王立検察局が共同で判断し、数週間を要する見通しである。


王室と政府の反応

 チャールズ国王は声明で、「公正かつ正当なプロセスが始まる。法律は従わなければならない」と述べ、全面的な協力を表明。長男夫妻(ウィリアム王子・キャサリン妃)も支持を示した。スターマー英首相は「何人も法の上に立つことはできない」と述べている。

 英国の王室は千年以上続き、17世紀の内戦時代を経ても立憲君主制が維持されてきた。今回の逮捕は王室制度全体の正当性を揺るがすものではないが、司法の遅れに対する疑問は大きい。

 2025年4月24日、ジュフリー氏はオーストラリア・西オーストラリア州の農場で自死した。家族によれば、性的加害に対する戦いを勇敢に続け、虐待のサバイバーを支えていたものの、長年にわたる負担が耐え難いものとなり、命を絶ったという。

 「もっと早く捜査や公的介入があれば悲劇を防げたのでは」と無念の声を上げる人も多い。

 


by polimediauk | 2026-03-09 03:08 | 英国事情