「借り物の剣」――英国核兵器の不都合な真実 英パグウォッシュ協会のズーム会議報告(第一部)
「(ウィンストン)チャーチルではない」――今月3日、トランプ米大統領はホワイトハウスでスターマー英首相をそう評した。
イランへの軍事作戦「オペレーション・エピック・フューリー」において、スターマー首相が当初、米軍による英国基地の使用を拒否したことへの怒りからだ。
第二期のトランプ政権は、欧州の安全保障の根幹を揺さぶり続けている。「防衛費を十分に払わない国は守らない」という発言を繰り返し、米国が北大西洋条約機構(NATO)最高連合軍司令官(SACEUR)の地位を欧州側に引き渡すことも検討されていると報じられた。冷戦後の欧州秩序を支えてきた「米国が欧州を守る」という前提が、かつてないほど不確かになっている。その不確かさは英国の核政策にも直撃する。
トランプ氏の「チャーチルではない」発言が飛び出したのは、英国パグウォッシュ協会がズーム会議を開いた、ちょうど2日前のことである。同会議のテーマは「英国の核兵器の将来――米国依存からの脱却は可能か?」。これ以上ないほど時宜を得たテーマだったと言えるだろう。
会議の要点を紹介する。
パグウォッシュとBASICについて
パグウォッシュ(Pugwash)とは、核兵器をはじめとする大量破壊兵器の脅威に強い懸念を持つ科学者、専門家、そして一般市民が集まる国際的なネットワークである。その名前は、1957年に第1回会議が開催されたカナダ・ノバスコシア州の小さな村「パグウォッシュ」に由来する。
科学者アインシュタインや社会思想家バートランド・ラッセルらが核戦争の危機を訴えた「ラッセル=アインシュタイン宣言」(1955年)を受けて生まれたこの運動は、冷戦期を通じて核軍縮の議論をリードし、1995年にはノーベル平和賞を受賞している。
会議を主催した英国パグウォッシュ協会は、その英国支部にあたる。
3月5日の会議では、二人の専門家が講演した。
デービッド・カレン氏:核軍縮・核不拡散を専門とする英国の独立系シンクタンク「英米安全保障情報評議会(BASIC)」の政策研究員で、英国の核兵器プログラムの政治的・技術的問題について多くの論文を発表している。
ポール・イングラム氏:2007年から2019年までBASICの事務局長を務め、現在はケンブリッジ大学の実存リスク研究センターの研究員でもある。
トライデント・ミサイルとは何か
議論の中身に入る前に、トライデントII D5弾道ミサイルとは何かを押さえておこう。
米国のロッキード・マーティン社が開発・製造する潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)で、射程は約1万2000キロメートル、事実上地球上のどこでも標的にできる。
一発のミサイルに複数の核弾頭を搭載し、それぞれが独立した目標に向かって飛翔する「MIRV方式」を採用しており、現存する潜水艦発射弾道ミサイルの中で最も信頼性が高いと評価されている。
核兵器は一般に、地上配備の大陸間弾道ミサイル・核爆弾を搭載した戦略爆撃機・潜水艦発射弾道ミサイルの「核の三本柱(核トライアド)」で運用される。「トライアド」は英語で「三つ組」を意味する。
この三つの異なる手段で運用する体制の中で、潜水艦発射型が最も重要視される。
その理由は、敵の先制核攻撃を受けても海中に潜む潜水艦は生き残れるため、「攻撃を受けた後でも必ず報復できる能力」(第二撃能力)を担保できるからだ。この能力こそが核抑止の核心となる。
英国はこれしかない
米国はトライデントを核トライアドの一翼として運用しているに過ぎないが、英国にとっては事情がまったく異なる。
英国は地上配備ミサイルも核爆撃機も持たず、核戦力は完全にトライデントだけに依存している。現在はヴァンガード級原子力潜水艦に搭載されており、常に1隻が海中で任務についている。この体制はCASD(常時海上核抑止)と呼ばれ、1969年以来一日も途切れることなく続いている。
ちなみに「級」とは、同じ設計で建造された潜水艦や艦艇の総称で、英国ではその1番艦(最初に建造された艦)の名前をつけて呼ぶ。つまり、1番艦の名前が「ヴァンガード」だと、そのグループ全体を「ヴァンガード級」と呼ぶ。
「借り物の剣」という現実

会議の中で、カレン氏は英国の核の「独立性」をめぐる根本的な矛盾を指摘した。
英国はトライデントミサイルを自国では製造していない。ミサイルはすべて、米国ジョージア州のキングズベイ海軍基地に保管された「共有プール(共同ミサイル備蓄)」から借りる形をとっており、整備・維持管理もすべて米国側が行う。
さらに潜水艦の心臓部である「共通ミサイル区画」は米国と共同設計されたものであり、核弾頭の設計も米国の技術に強く依存している。
「共通ミサイル区画」とは、潜水艦の中でトライデントミサイルを格納・発射するための船体中央部のモジュールのこと。
潜水艦をいくつかのブロックに分けて考えると、前部には魚雷などの通常兵器、中央部にはトライデントミサイルを搭載する区画、後部には原子炉・推進装置がある。この中央部の「ミサイル区画」を、英国と米国が共同設計・共同使用している。
名称から「ミサイルだけが入っている」と思われがちだが、実際には乗員の居住空間や指揮統制システムも含まれており、潜水艦の作戦能力の核心部分を占めている。
英国のドレッドノート級(老朽化したヴァンガード級に替わる次世代潜水艦))と米国のコロンビア級潜水艦が、まったく同じ設計・規格のものを共同開発・共同使用している。設計は主に米国主導で行われた。
英米相互防衛協定の縛り
英米間の核技術共有を定める相互防衛協定(MDA、1958年締結)がこの関係を法的に縛っており、これは2024年に無期限延長された。
カレン氏はこの無期限延長について、「条約を定期的に見直すことは、トランプ氏のように取引優先の大統領が政権に就いていれば、更新を拒否しかねないリスクがあった」と分析する。
2013年に英国政府が実施した「トライデント代替案レビュー」は衝撃的な結論を出している。「米国が核システムへの支援を撤退した場合、英国はわずか数週間しか持たない――運が良くても数か月程度」というのだ。「核の発射ボタンは英国の首相が持つ」という形式上の独立性はあっても、米国の支援なしには核兵器システムそのものが機能しないのが現実である。
老朽化したヴァンガード級潜水艦
カレン氏は次に、英国の核兵器プログラムの現状について「英国は現状、核保有国としての地位を維持することに苦しんでいる」と率直に述べた。
英国は現在、ヴァンガード級原子力潜水艦4隻(ヴァンガード、ヴィクトリアス、ヴィジラント、ヴェンジェンス)にトライデントミサイルを搭載している。これを新型ドレッドノート級4隻(ドレッドノート、ヴァリアント、ウォースパイト、キング・ジョージVI世)で置き換える計画を進めているが、著しく遅延している。
建造はイングランド北西部カンブリア州バロー=イン・ファーネスにあるBAEシステムズ造船所が担当し、2030年代の就役を目指しているが、コストは310億ポンド(約6兆6000億円、執筆時のレートによる概算)を超えるとも言われる。
カレン氏は「政府はプログラムの終了予定日を公表していない。公開データはすべて大幅な遅延を示唆しているが、政府は実態が公になることのないよう情報管理を行っている」と指摘した。
問題はさらに複雑だ。英国ではいま、二つの潜水艦建造計画が同時並行で進んでいる。
先のドレッドノート計画とは核弾頭を搭載したトライデントミサイルを運用する潜水艦(SSBN)の建造計画で、老朽化したヴァンガード級4隻の後継として、ドレッドノート級4隻を建造する。
もう一つが「アスチュート計画」と呼ばれ、核兵器を搭載しない通常の攻撃型原子力潜水艦(SSN)を建造する。魚雷やトマホーク巡航ミサイルなどを搭載し、敵の潜水艦や艦船を攻撃する任務を担う。
このアスチュート計画もまた、長年にわたる深刻な遅延とコスト超過に見舞われており、建造中の最終艦はいまだ完成していない。
問題は、両計画の潜水艦が同一施設(デヴォンシャー・ドック・ホール)で建造されている点だ。アスチュートの遅延がドレッドノートにも連鎖的に波及する構造がある。
さらにカレン氏が指摘したのは、真の障害が建造施設ではなく、潜水艦の心臓部である原子炉の製造にあるという点だ。原子炉を製造するのは、航空機エンジンでも知られる英国の大手メーカー、ロールス・ロイス社(主要製造拠点イングランド中部ダービー)である。政府の独立監視機関が繰り返し遅延リスクを警告しているにもかかわらず、抜本的な解決策は取られていない。
こうした遅延は「AUKUS(英米豪安全保障協定)」にも影を落とす。英豪共同設計の次世代原子力潜水艦の原子炉もロールス・ロイスが製造する予定であり、英国側の遅延がオーストラリアの計画にも深刻な影響を与えかねない。
なおカレン氏は、英国がAUKUSに参加した背景には経営難のロールス・ロイスを間接支援したい政府の思惑もあるのではないかとも指摘した。
「英国が真の意味で独立した核保有国になる道はない」
カレン氏はこう締めくくった。
「英国が真の意味で独立した核保有国になる道はないと思う。わが国の核プログラムは米国のそれと深く絡み合っており、現在開発中の弾頭は米国が開発中の新型弾頭と非常に似た、あるいは同一のものになるよう設計されている。核兵器プログラムで米国から独立したいのであれば、数十年前から考え始めておく必要があった。しかし、そうはしなかった。これが私の率直な答えだ」。
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次回は、ポール・イングラム氏の講演と質疑応答を紹介する。なぜ英国はここまで米国依存の構造に陥ったのか。その歴史的な起点、AIと核兵器の関係、NATOの核共有の実態、そして「核抑止は本当に機能しているのか」という根本的な問いまで、議論は多岐にわたった。




