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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

迫るハンガリー総選挙(1)オルバン氏とは何者か 専門家が語る「非自由主義」という実験

気になるハンガリー、その既視感

 欧州にいると、ハンガリーの政治が気にかかる。どこか既視感を覚えるからだ。

 ヴィクトル・オルバン首相(62)は、16年にわたり政権の中心にいる。その間に裁判所の独立性は弱まり、メディアの多くは政権の影響下に入り、選挙制度も少しずつ作り替えられてきた。結果として、与党フィデスに有利な仕組みが積み重なっていったと指摘されている。

 政治権力がメディアを取り込み、批判的な報道の力が弱まっていく「メディアキャプチャー」と呼ばれる現象がある。ハンガリーはその典型だ。司法、選挙制度、世論形成が連動しながら変化し、政治全体のバランスが変わっていく。

 「民主主義の破壊だ」との批判に対し、オルバン氏はこう言い返してきた。「これは新しい民主主義だ」と。これを「非自由主義的民主主義」と名付け、自由や多様性より国家のまとまりや多数派の意思を重視する政治モデルとして提示する。この政治モデルは欧米の一部の政治勢力の間で「長期政権を維持する仕組み」として手引きになっているという。

 具体的な政策を見れば、その方向性は明らかだ。2020年には憲法に「母親は女性、父親は男性」と明記し、同性カップルの養子縁組を事実上禁止した。2021年には未成年へのLGBTQに関する情報提供を制限する法律が成立した。その後も、性的少数者の権利を訴えるプライドパレードの禁止などが進められた。


「同性愛者は子供に近づくな」

 「同性愛者は子どもたちに近づくべきではない」「我々ハンガリー人は混血ではないし、混ざりたくもない」——オルバン氏の言葉は強い。「純粋な国民」を守るという論理は、外国人や少数者への警戒感をあおり、社会の結束を演出する手法でもある。

 こうした語り口は、ハンガリーだけのものではない。「自国民を第一に」という主張は、程度の差はあれ各国でも見られる。批判はしばしば「外からの圧力」として国内政治に転換される。この構図もまた、どこか既視感がある。

 一方で欧州連合(EU)加盟国の一つであるハンガリーは、ロシアのプーチン大統領と関係を維持し、EUの対ロ制裁やウクライナ支援にしばしば抵抗してきた。EUの意思決定が全会一致である以上、ハンガリーの拒否権は欧州全体の政策にも影響を与える。

 ハンガリーはいま「EUの厄介者」とも呼ばれている。


4月12日に総選挙 ライバル出現

 ハンガリーでは4月12日、総選挙が行われる。

 オルバン氏は5回目の勝利を狙うが、ここにきて初めて本格的な挑戦者が現れた。新興野党ティサ(TISZA、「尊重と自由」の意)の党首ペーテル・マジャル氏(44)だ。政権内部に近い立場から腐敗を告発した経歴を持つ。ティサは一部の世論調査でオルバン氏の政党フィデスを20ポイント以上リードしている。

 さて、どうなるか。

 3月26日、ハンガリー事情に詳しい識者がオンラインセミナーで議論を行った。その内容を紹介したい。

 ハンガリーの「なぜ?」を考えることは、単に一国の政治を見ることにとどまらない。民主主義の仕組みはどのように変質しうるのか、権力はどのようにメディアや司法を取り込んでいくのか——こうした問いは、どの国にとっても無関係ではない。

 セミナーは、ウィーンに本部を置くプレスクラブ・コンコルディアが主催した。

登壇者
 ジュジャンナ・セレーニ氏(政治アナリスト、元政治家)
 中央欧州大学民主主義研究所プログラムディレクター。著書に「汚された民主主義――ヴィクトル・オルバンとハンガリーの転覆」。2014~2018年に国会議員。ブダペスト在住。
 ペーテル・マジャリ氏(ジャーナリスト)
 ニュースサイト「ヴァーラス・オンライン」に所属。調査報道で複数の受賞歴がある。ブダペスト在住。
 ボトンド・フェレディ氏(弁護士、外交政策専門家)
 ブリュッセルを拠点とする地政学専門家、弁護士。欧州の安全保障とハンガリー外交を主な研究対象とする。ブリュッセル在住。
司会
 ミリャナ・トミッチ氏
 ウィーンを拠点とするジャーナリスト。ウィーンのジャーナリズム・メディア・フォーラム(fjum)などで欧州の政治・メディアをテーマにしたセミナーの企画・司会を担当。

***人名表記について:ハンガリー語では姓・名の順が正式だが、本稿ではセミナーの表記に合わせ、名・姓の順で統一した。***


なぜオルバン氏は国際的に影響を及ぼすのか

 司会:ミリヤナ・トミッチ氏

 ハンガリーの政治は、いま欧州から米国、ラテンアメリカにまで影響を及ぼす存在になっている。

 その象徴的な場面が3月下旬のブダペストだった。オルバン氏が主導する欧州議会の右派会派「欧州の愛国者」や、米国保守派会議「CPAC欧州版」が開かれ、フランスやイタリアなどから右派指導者が集まった。トランプ米大統領もビデオでオルバン氏を称賛した。

 欧州各国でもオルバン氏に近い勢力が台頭している。例えばオーストリアでは、自由党(FPÖ)のヘルベルト・キックル氏が反移民・反EUを掲げて支持を伸ばし、2024年の総選挙では第一党となった。ただし連立は成立せず、政権入りはしていない。

 オルバン氏はなぜ世界的な象徴となり、キックル氏はそうならなかったのか。


最大の議席数で権力握る

セレーニ氏(セミナーの動画からキャプチャー)
セレーニ氏(セミナーの動画からキャプチャー)

 ジュジャンナ・セレーニ氏

 オルバン首相率いる与党フィデスは、これまで4回連続で選挙に勝利し、そのうち複数回で憲法改正が可能な3分の2の議席を確保してきた。戦後の欧州ではほとんど例のない強い権力の集中である。

 2010年の選挙では得票率は約52%だったが、議席の67%を獲得した。その後も、過半数を大きく超えない得票であっても、同様の大きな議席を繰り返し確保してきた。

 こうして強い権力基盤を得たオルバン氏は、ハンガリーを一種の「試験場」としてきた。2008年の金融危機後、欧州各国が対応に追われる中で、既存の民主主義の仕組みをどこまで変えられるのか、その限界を探るような政治を進めた。

 その過程で、選挙での勝利を背景に制度を少しずつ作り替え、権力を中央に集めていった。司法の独立やメディアの中立性、選挙制度の設計などが段階的に見直され、政治のルールそのものが変化していったと指摘されている。

 欧州で長く共有されてきた前提——たとえば、選挙に勝っても反対勢力の権利を尊重することや、司法を政治から独立させること、EUの意思決定に誠実に参加すること——こうした暗黙のルールにも変化が及んだ。

 今では国家の仕組みは大きく中央に集まり、与党と国家の境界もあいまいになった。制度や公的資源は政権の政策を支える方向に動き、権力を抑制する仕組みは弱まったとされる。


「非自由主義的民主主義」を主張

 ジュジャンナ・セレーニ氏

 こうした統治は、オルバン氏自身の言葉では「非自由主義的民主主義」と呼ばれる。選挙は維持しながらも、権力のチェック機能を弱めていく政治モデルである。

 この手法は国内にとどまらず、いまや欧州を中心に他国の右派政治家にとって一つの参照例となっている。オルバン体制が国際的に注目される理由も、そこにある。

ハンガリーの歴史観、「本来はもっと強い国であるべきだった」。


マジャリ氏(セミナーの画像からキャプチャー)
マジャリ氏(セミナーの画像からキャプチャー)

ペーテル・マジャリ氏

 オルバン氏の国際的な存在感は、実はハンガリー国内に向けた政治と深く結びついている。これを理解するには、この国に広く共有されている歴史観を知る必要がある。

 ハンガリーは現在、中東欧の一国だが、かつてはオーストリアとともにハプスブルク帝国を構成し、この地域に広大な領土を持っていた。しかし第一次世界大戦での敗戦後、1920年のトリアノン条約によって国土の約3分の2、人口の約3分の1を失った。その後も長く外国勢力の影響下に置かれ、民主化は1989年まで待たなければならなかった。

 こうした歴史から、「本来はもっと大きく、強い国であるべきだった」「外国のせいでそれを失った」という感覚が社会に根付いている。学校教育でも、19世紀の詩などを通じて、このような物語が繰り返し語られてきた。

 オルバン氏は、自らをその歴史を背負う存在として演出してきた。アメリカやロシア、中国の指導者と直接関係を持ち、地域の他の首脳よりも強い影響力を持つ——そうした姿を国内に示してきた。

 その際に用いられたのが「非自由主義」という考え方だった。2013年から2014年にかけて、ロシアがウクライナのクリミアを併合し、東部にも軍事介入を進めた。これに対する欧米の対応が慎重だったことを見て、オルバン氏は一つの流れを読み取った。欧州では、より強硬でナショナリスト的な政治への支持が広がりつつある——そう判断した。

 すでに国内で強い権力基盤を持っていた彼は、その流れにいち早く乗ることができた。そして「非自由主義」を掲げることで、自らの政治を国際的な潮流と結びつけていった。

 ただし、彼の目的は必ずしも世界に影響を与えることそのものではない。むしろ重要なのは、国内の有権者に向けて「自分こそがハンガリーの歴史的使命を果たせる指導者だ」と示すことにある。

 長いあいだ領土の喪失や外国支配を経験してきたこの国にとって、そのメッセージは非常に強い意味を持つ。


「感情に直接訴えかける」オルバン氏

 ジュジャンナ・セレーニ氏

 オルバン氏の強さの一つは、まさにそこにある。過去の喪失への怒りや、かつての力を取り戻したいという願い。そうした人間的な感情に直接訴えかけている点だ。

 しかも彼は、自らを単なる被害者としてではなく、「大きな力」に立ち向かう存在として描く。外部の圧力に抵抗する指導者、あるいは体制に挑む人物として自らを位置づけている。

 こうした語りは、陰謀論とも親和性が高い。「見えない敵」との闘いという構図を作りやすく、国境を越えて広がりやすいからだ。

 どんな大国に対しても立ち向かう人物として自らを描く。その「大国」が何であるかは、その時々で変えられる。だからこそ、この物語は国境を越えて広まりやすいのだと思う。

***

 そのオルバン氏に、いま初めて本格的な挑戦者が現れている。

 次回は、彼が有権者に何を届けてきたのか、そして政権をめぐる汚職の実態を見ていく。


ヴィクトル・オルバン氏 元は中道右派
1963年生まれ。1988年、共産主義体制への抵抗運動の中からリベラル系政党フィデスを仲間とともに立ち上げ、翌1989年には「ソ連軍の即時撤退と自由選挙」を求める演説で一躍注目を集めた。ジョージ・ソロス財団の奨学金でオックスフォード大学に留学した経歴も持つ。1998年、35歳で初めて首相に就任した当時は、欧米寄りの中道右派として知られていた。しかし2010年の政権復帰後、路線は大きく変わった。かつてソロス氏の支援を受けた人物が、のちにソロス氏を「国家の敵」として名指しで攻撃するようになった——この変化が、オルバン氏の軌跡を象徴している。
ペーテル・マジャル氏 最大のライバルか
1981年生まれ。法学を修めた後、弁護士として多国籍企業のハンガリー投資を支援し、外交の道にも進んだ。元妻はオルバン政権で法務大臣を務めており、マジャル氏自身も政権に近い国営企業の役職を持っていた。転機は2024年2月。大統領による恩赦スキャンダルをきっかけに政権の腐敗を公然と批判し、自らの政府関係職をすべて辞した。同年6月の欧州議会選挙では、新たに立ち上げたティサ党が約30%を得票しフィデスに次ぐ第二位に躍進。わずか数か月でオルバン氏の最大のライバルへと浮上した。


by polimediauk | 2026-04-04 00:49 | 政治とメディア