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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

迫るハンガリー総選挙(2)オルバン氏はなぜ勝ち続けたのか 有権者への約束と汚職の実

 4月12日、ハンガリーでは、総選挙が行われる。2010年から16年間、政権を担当してきたヴィクトル・オルバン氏・オルバン氏(62)が5選目の勝利を狙う。対するは新興野党「ティサ(尊重と自由)」を率いるペーテル・マジャル氏(44)である。

 前回は、長期政権を維持してきたオルバン氏が「非自由主義的民主主義」という独自の政治モデルを築き、それが世界の右派政治家に影響を与えていることを見た。

 では、そのモデルはなぜハンガリー国内で支持され続けてきたのか。

 今回のテーマは、その理由と、政権の裏側で指摘されてきた汚職の実態である。

 3月26日に開かれたオンラインセミナーでは、ブダペストとブリュッセルから3人の専門家が議論した。セミナーは、ウィーンに本部を置くプレスクラブ・コンコルディアが主催した。


登壇者
 ジュジャンナ・セレーニ氏(政治アナリスト、元政治家)
 中央欧州大学民主主義研究所プログラムディレクター。著書に「汚された民主主義――ヴィクトル・オルバンとハンガリーの転覆」。2014~2018年に国会議員。ブダペスト在住。
 ペーテル・マジャリ氏(ジャーナリスト)
 ニュースサイト「ヴァーラス・オンライン」に所属。調査報道で複数の受賞歴がある。ブダペスト在住。
 ボトンド・フェレディ氏(弁護士、外交政策専門家)
 ブリュッセルを拠点とする地政学専門家、弁護士。欧州の安全保障とハンガリー外交を主な研究対象とする。ブリュッセル在住。
司会
 ミリャナ・トミッチ氏:ウィーンを拠点とするジャーナリスト。ウィーンのジャーナリズム・メディア・フォーラム(fjum)などで欧州の政治・メディアをテーマにしたセミナーの企画・司会を担当。
 ***人名表記について:ハンガリー語では姓・名の順が正式だが、本稿ではセミナーの表記に合わせ、名・姓の順で統一した。***


当初はリベラル派だったが

司会(ミリャナ・トミッチ氏)
 オルバン氏という政治家の特徴の一つは、その立場の変化の大きさだ。

 かつては反ソ連の民主化運動に関わり、リベラル民主主義を掲げていたが、いまはロシアのプーチン大統領と関係を深め、「キリスト教民主主義」を前面に打ち出している。
 こうした変化を重ねながら、なぜ支持を失わないのか。そして16年に及ぶ政権の中で、実際に国民に何をもたらしてきたのか。

ジュジャンナ・セレーニ氏
 オルバン氏が率いる与党フィデスは中東欧でもっとも成功した政党の一つだ。長く政権を担い、野党であった時期よりも与党であった期間のほうが長い。オルバン氏は1993年に党首となり、以後、党をほぼ個人的に主導してきた。

 その過程でフィデスは大きく姿を変えた。1990年代には小規模なリベラル政党だったが、政治的な空白を埋める形で保守へと転換し、ナショナリズムを軸に据えた。従来の被害者意識の物語も、「自分たちは誇りと使命を持つ国民だ」という、より前向きなメッセージへと作り替えた。

 この戦略は効果的だった。リベラル保守層から民族主義的な知識人、さらに急進的な右派まで、幅広い支持層をフィデスのもとにまとめ上げたからだ。

 同時に、オルバン政権は目に見える成果も示した。2013年から2019年にかけて、ハンガリー経済は年率およそ4%で成長した。とくに地方では生活の改善を実感する人が多く、新車の購入や住宅建設、賃上げが進んだ。

 もっとも、この成長の多くはEUの構造基金(EU加盟国間の経済格差を縮小するための援助資金)による資金に支えられていた。それでもオルバン氏は、これを自らの政策の成果として強調した。

 問題は、その成長が長期的な備えを欠いていたことだ。コロナ禍と、2022年のロシアによるウクライナへの全面侵攻に伴うエネルギー価格の高騰で、その弱さが一気に表面化した。物価は上昇し、とりわけ食料価格の高騰が家計を直撃した。

 こうした中で、長年維持されてきた暗黙の了解も揺らぎ始めている。

 「上の層が利益を多く得ているのは分かっているが、自分たちの生活も改善している限りは受け入れる」——そうした感覚である。しかし生活が苦しくなるにつれ、このバランスは崩れつつある。

司会

 新興政党ティサのマジャル党首は新しい政治の担い手のようにも見えるが、その語り口は意外なほど愛国的だ。集会では歌や詩の朗読が行われ、報道の自由や法の支配といった、欧州のリベラル政治で重視される論点は前面に出てこない。人々は彼に何を求めているのか。

ペーテル・マジャリ氏

 マジャル氏の運動については、1990年代初頭のポーランドの政治状況と似ていると感じている。当時、ポーランドでは、労組「連帯」による運動を中心に、自由主義者から保守派、民族主義者まで、全く異なる勢力が一つの枠組みに集まり、共産主義体制に対抗した。その結果、圧倒的な勝利を収めたが、その後は内部で分裂した。

 マジャル氏の運動も、それに近い構造を持っている。ブダペストのリベラルな知識層、穏健な右派、さらには一部の急進的な右派まで、つまり、オルバン政権の16年間に不満を持つ人々が幅広く集まった、非常に大きな連合体だ。


ティサのメッセージは「普通さの回復」

ペーテル・マジャリ氏

 ただし重要な点が二つある。

 一つ目は、マジャル氏の支持層の中心が必ずしも最も貧しい層ではないということだ。現在のフィデスは、教育水準が低く経済的に厳しい層に強く訴えている。一方マジャル氏は、その上の中間層や知識層に強く支持されている。

 二つ目は、より本質的な違いだ。マジャル氏が掲げているのは、「普通であることの回復」とも言える方向性である。

 オルバン氏が「非自由主義」という新しい政治モデルを提示し、政治の両極化が進む中で、今や多くの国で政治は分断と過激化に向かっている。その中でマジャル氏が示しているのは、むしろかつての中道的な政治への回帰である。

 彼の政治の核心は、権力の過度な集中を止めることだ。現在のハンガリーでは、地方行政に至るまで多くの決定が中央政治によって左右されている。マジャル氏はその構造を改め、権力を分散させることを訴えている。


汚職問題 「ある程度仕方ない」は変わりつつある

司会

 汚職の問題について聞きたい。これはマジャル氏の選挙戦でも中心的なテーマだ。

ペーテル・マジャリ氏

 状況は変わりつつある。
 かつては、「誰もが多少は盗むのがこの社会だ」「指導者が一番多く得るのは当然で、自分たちにも一部が回ってくるなら問題ない」という暗黙の認識が広く存在していた。

 この「妥協」は、経済が成長している間は機能していた。2010年代半ばには、特に地方で生活水準の上昇が実感されていたからだ。

 しかし、その前提は崩れ始めた。コロナ禍に加え、2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻がエネルギー価格の高騰を招き、生活費が急上昇した。

 一方で、政治エリート層は豪邸や贅沢な暮らしぶりを見せるようになり、一般の人々との格差はより明確になっていった。食料価格はこの数年で約80%上昇している。

 その結果、「腐敗はある程度仕方ない」という従来の感覚は維持できなくなった。
 この変化が、2024年になってマジャル氏が政治的に台頭する余地を生んだ一つの要因だ。


(フェンディ氏、セミナーの動画よりキャプチャー)
(フェンディ氏、セミナーの動画よりキャプチャー)

首相に近い人が恩恵を受ける体制、「緑の男爵」

ボトンド・フェレディ氏

 一つ具体的な数字を挙げたい。

 英国の経済紙フィナンシャル・タイムズの分析によれば、オルバン政権下での公共調達の資金のうち約14%が、わずか13人の側近が所有する42社に集中していたとされる。これに入る人物の多くは、オルバン氏の故郷の出身者や学生時代からの友人だという。中には、オルバン氏の父親が関係する事業も含まれているとされる。

 こうした利益構造に対し、EUの執行機関である欧州委員会は、構造基金(EU加盟国間の経済格差を縮小するための援助資金)の支出にあたって汚職対策の履行を条件としており、ハンガリーへの資金の一部を保留している。しかしハンガリー政府は国内向けに、「EUは移民問題を理由に資金を制限している」と説明している。

 公共調達の資金が側近企業に集中し、さらにEUからの援助資金についても汚職対策の不備を理由に保留が続くという構造の中で、腐敗は長い時間をかけて社会の上から下へと広がっていった。中央政府から地方自治体、地域の有力者へと資金と権限が流れ、その過程で利益が固定化されている。 

 東欧政治では、こうした地方の有力者はしばしば「緑の男爵」と呼ばれる。例えば、道路や森林整備のために支出された資金が、実際には現地にその事業が存在しないといったケースも報告されている。


EUとオルバン政権

司会
 ハンガリーはEUの加盟国でありながら、対ロシア制裁やウクライナ支援をめぐってEUとたびたび対立し、繰り返し拒否権を行使してきた。EUの重要な意思決定には全会一致が必要なため、ハンガリーの一票が欧州全体の政策を左右することもある。オルバン氏は今後、EUに対してどこまで強硬な姿勢を取るつもりなのか。

ボトンド・フェレディ氏

 すでに限界に近いところまで来ているのではないか。

 現在、EUでは重要な決定がいくつも進行している。例えば、ウクライナへの500億ユーロ(約9兆円)規模の支援、対ロシア制裁の追加パッケージ、多年度予算の枠組みの見直し、そしてウクライナ支援のための軍事資金の拠出などだ。

 これらはすべて、EUの加盟国が一致して合意しなければ進められない。しかしオルバン氏は、これらの場面で拒否権を持つことで、意思決定を止めることができる立場にある。

 そのためブリュッセルでは最近、「EU26」という言い方が広がっている。EUの加盟国は27だが、ハンガリーを除く26カ国だけで合意形成を進めているという意味だ。さらに最近では、「EU25」という表現さえ出始めている。ハンガリーに同調する可能性のある国が一部に出てきているためだ。


欧州議会での勢力拡大

 司会

 オルバン氏は欧州議会での勢力拡大に取り組んできた。その実態と影響力をどう見るか。

ボトンド・フェレディ氏

 その成果は過小評価すべきではない。

 まず前提として、欧州議会はEUの立法機関であり、27カ国から選ばれた議員が参加している。ただし議員は国別ではなく、政治的な立場ごとに「政治グループ」を作って活動する仕組みになっている。

 その中でオルバン氏は、極右・右派ナショナリスト系の政党をまとめた「欧州の愛国者」というグループを作り、これを欧州議会で第3位の規模にまで成長させることに成功している。さらに、スペインの急進右派政党ボックスを、別の右派グループ「欧州保守改革」から引き抜くことにも成功したとされる。ちょうどその時期に、ボックスがハンガリーの銀行から選挙資金の支援を受けていたとも報じられている。

 背景として重要なのは、フィデスがかつてEU最大の中道右派グループである欧州人民党(EPP)の正式メンバーだったことだ。そのため、欧州議会での運営ルールや資金配分、委員会ポストの獲得といった「議会運営のノウハウ」を持っている。

 欧州議会では、政治グループの規模によって補助金や発言時間、重要な委員会のポストなどが決まるため、運営能力の差がそのまま影響力の差になる。

 しかし、例えば最大勢力の一つであるフランスの国民連合(マリーヌ・ルペン氏率いる政党)は、EUレベルでの組織運営や財団運営の経験が乏しい。また政権運営の経験もほとんどない。

 そこに、ハンガリーの与党フィデスが加わることで状況が変わる。フィデスは国内での政権運営と欧州議会の両方を経験しており、グループ内で規模以上の影響力を発揮できる。EUのルールを最もよく知る者が、EUを最も効果的に揺さぶっているという構図がここにある。

***

 ハンガリーの政治は、もはや一国の問題ではない。民主主義とは何か。その問いへの答えが、4月12日に出る。次回は、選挙戦の最前線と、その先にあるハンガリーの行方を見ていく。 



by polimediauk | 2026-04-04 15:26 | 政治とメディア