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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

迫るハンガリー総選挙(3)選挙戦の最前線 国家介入疑惑から選挙後のシナリオまで

 前回は、オルバン氏が経済成長という目に見える成果を通じて支持を維持してきた一方で、その裏側では16年にわたり国家資源が側近へと集中してきた汚職の構造を見た。

 今回は、選挙戦の現場に焦点を当てる。

 国家権力を利用したとされる野党への圧力や、ウクライナ支援をめぐる資金問題、そして制度そのものの歪みの中で、4月12日の投票がどのような意味を持つのかを専門家たちが議論した。

 3月26日に開かれたオンラインセミナーでは、ブダペストとブリュッセルから3人の専門家が登壇した。

 登壇者
 ジュジャンナ・セレーニ氏(政治アナリスト、元政治家)
 中央欧州大学民主主義研究所プログラムディレクター。著書に「汚された民主主義――ヴィクトル・オルバンとハンガリーの転覆」。2014~2018年に国会議員。ブダペスト在住。
 ペーテル・マジャリ氏(ジャーナリスト)
 ニュースサイト「ヴァーラス・オンライン」に所属。調査報道で複数の受賞歴があり、2020年にハンガリー記者協会から生涯功労賞。ブダペスト在住。
 ボトンド・フェレディ氏(弁護士、外交政策専門家)
 ブリュッセルを拠点とする地政学専門家、弁護士。欧州の安全保障とハンガリー外交を主な研究対象とする。ブリュッセル在住。
 司会
 ミリャナ・トミッチ氏:ウィーンを拠点とするジャーナリスト、政治アナリスト。現在はウィーンのジャーナリズム・メディア・フォーラム(fjum)などで欧州の政治・メディアをテーマにしたセミナーの企画・司会を担当している。
***人名表記について:ハンガリー語では姓・名の順が正式だが、本稿ではセミナーの表記に合わせ、名・姓の順で統一した。***

なぜロシアと関係維持?

 セミナーの後半では、選挙戦の背景にあるロシアとの関係、そして米国の影響について議論が及んだ。

司会

 ハンガリーの外務大臣がモスクワを繰り返し訪問し、EU内部の情報をロシア側と共有していると指摘されている。なぜハンガリーはロシアとの関係を維持し続けるのか。また、米国とロシアという2つの大国によるハンガリー選挙への干渉は実際に効果を上げているのか。

ボトンド・フェレディ氏

 ロシアとの関係は非常に複雑だが、端的に言えば「金の流れを見れば構造がわかる」。

 旧国際投資銀行(ソ連時代に設立され、現在もブダペストに本部を置く金融機関)、パクシュ原発の拡張事業(ロシア国営企業ロスアトムによる大型プロジェクト)、長期のガス供給契約などを通じて、ロシアとハンガリーの間には大きな資金の流れが続いている。調査報道によれば、この資金の循環が途切れたことはないとされる。

 ただし重要なのは、こうした関係はオルバン政権だけに始まったものではないという点だ。2000年代から2010年代初頭にかけて、西側の多くの政治家もまたロシアのプーチン大統領に対して比較的楽観的な姿勢を取っていた。

 しかし結果として、プーチン氏との関係は一方的に制御できるものではなかった。オルバン氏は自らの影響力を過大評価し、その関係性に深く組み込まれていった。

 その結果として、2022年のウクライナ侵攻以降も、ハンガリー外相がモスクワを十数回訪問する状況が続いている。北大西洋条約機構(NATO)加盟国でありながら、安全保障上の機微な情報がロシア側に近い形で共有されていることは、極めて異例だと言える。

 米国の影響については、トランプ政権以降、この地域では「米国の関与が弱まるのではないか」という萎縮効果が生まれていると見られている。これにより、新興野党ティサ党などオルバン政権に批判的な勢力への外部支援も慎重になっている。

 さらに、ソーシャルメディアの影響も大きい。名目上は政治広告が制限されているにもかかわらず、フィデスに関連する団体が抜け道を使い、他のEU諸国よりも多くの広告費を投じていると指摘されている。

 メディアへの圧力(IPI報告)
 メディア環境にも圧力が及んでいる。
 国際新聞編集者協会(IPI)は3月17日、選挙運動の取材中に独立系メディアの記者が排除される事例が相次いでいると報告した。例えば、週刊誌「HVG」やオンラインメディア「テレックス」の記者4人が、与党フィデス系の選挙イベントで警備員や市長によって取材現場から退去させられている。
 一方で他のメディアは取材を続けており、独立系メディアのみが選択的に排除されている可能性が指摘されている。
 IPIによれば、こうした妨害はこれまでに34件確認され、99人の記者・メディア関係者が影響を受けているという。

何が投票のカギを握るか

ペーテル・マジャリ氏

 すでに約80%の有権者が投票先を決めているとされる中で、選挙の鍵を握るのは「どれだけ投票に行くか」、つまり投票率だ。特にフィデス支持層の中には、実際に投票所に足を運ぶ意欲が弱い層が一定数いる。これは極めて重要な要素だ。

 もう一つの要素として、国際的な政治的影響もある。トランプ大統領やプーチン大統領はこれまで何度も「オルバン氏が勝つべきだ」といった趣旨の発言をしている。

 オルバン氏はこれを自らの政治的物語として利用している。「私は世界の最も重要な指導者たちから注目されている唯一のハンガリー人だ。私を失えば、ハンガリーは国際的な影響力を失う」という形で、自身の存在価値を強調している。

 しかし有権者にとって本当に重要なのは、こうした国際政治の評価ではない。生活水準や経済状況、そして野党党首マジャル氏が実際に国を運営できるのかという現実的な判断だ。

 さらに、選挙戦に新たな要素が加わった。ハンガリーの国家情報機関がマジャル氏の政党に対して秘密裏に工作を行っていたとされる事実が明らかになった。

 この件については、ある警察官が長時間の証言を行い、具体的な内容が詳細に語られている。もし事実であれば、選挙戦の流れそのものを左右する可能性がある重大な問題だ。


選挙制度の歪み

ジュジャンナ・セレーニ氏

 ハンガリーの選挙制度については、前提として理解しておく必要がある。

 野党のティサ党は昨年春以降、ほぼ1年間にわたり世論調査でフィデスを10ポイント以上リードしている。年明け以降、その差はさらに広がっている。通常の民主主義であれば、この状況は政権交代に向かっていることを意味する。しかしハンガリーでは必ずしもそうはならない。

 その理由の一つが、選挙制度の繰り返しの変更である。フィデスは16年間にわたる圧倒的な議会多数を背景に、選挙のたびに制度設計を調整してきた。昨年もティサ党の台頭を受けて、新たな変更が加えられた。

 変更は主に二つある。

 一つは、選挙区の「恣意的な区割り(ゲリマンダリング)」だ。自党に有利になるように選挙区の境界線を意図的に引き直す手法で、ハンガリーでは特に露骨に行われている。である。

 もう一つは、議席配分の不均衡である。ハンガリーの小選挙区は106あり、本来は各選挙区の有権者数はほぼ同じであるべきだが、現在は大きな差が生じている。

 例えば、野党が強いブダペストでは選挙区が18から16に減らされた一方で、フィデスの支持が強い地方では選挙区の区割りが調整され、より少ない有権者数で1議席を獲得できる構造になっている。結果として、地方では約6万人で1議席が選ばれるのに対し、ブダペストでは8万人以上の票が必要になっている。

 この制度の下では、得票率が45%であっても、フィデスは議会の過半数を確保できる可能性がある。一方で野党側は、過半数の議席を得るためにはおよそ55%前後の得票が必要になる計算だ。

 さらに、国家機関や行政が事実上フィデスの選挙活動を後押しし、資金面でも野党との格差は極めて大きい。そのような環境では、世論調査でティサ党が優勢であっても、実際に政権交代が起きるとは限らない


ティサに対するでっち上げ容疑も

ボトンド・フェレディ氏

 3月25日、選挙戦の流れを変えうる重大な情報が浮上した。

 政権側の捜査機関であるハンガリー国家捜査局(NNI)のサイバー犯罪部門に勤務していた警察官が、内部告発者として名乗り出て、約1時間半にわたり詳細な証言を行ったのだ。

 その証言によると、ハンガリーの国家安全機関が、野党ティサ党の情報セキュリティ担当者2名のコンピュータを押収するよう警察に指示し、さらにその2人に対して児童性的虐待に関する虚偽の容疑をでっち上げるよう命じたとされる。その後、ティサ党の両名はその件とは無関係であることが確認されたという。

 政権の側にいた人物が、国家権力による選挙介入の疑いを告発した——もし事実であれば、民主主義の根幹を揺るがす深刻な問題だ。


ウクライナへの資金輸送を停止

ボトンド・フェレディ氏

 この事件に先立ち、別の出来事もあった。ウィーンからキエフへ向かうウクライナ政府の資金輸送が、ハンガリーを経由する際にハンガリー当局によって停止されたのである。

 ウィーンの銀行からウクライナ国立銀行へは、定期的に現金や金の輸送が行われている。ロシアによる全面侵攻以降、空路での直接輸送が難しくなったため、陸路でハンガリーを経由するルートが使われてきた。これはウクライナの金融システムを支える重要な経路だ。

 ところが2週間前、この輸送車両2台がハンガリーの対テロ部隊によって停止され、資金が差し押さえられた。その翌日には、こうした差し押さえを可能にする法律が成立している。つまり、事後的に合法化された形だ。

 その後、関係者7人が資金洗浄の容疑で拘束されたが、現在まで正式な起訴には至っていない。彼らは翌日に事実上国外へ送還されたとされる。

 キエフ側の報道によれば、取り調べの際に鎮静剤を投与され、多くの時間を手錠をかけられた状態で頭に袋をかぶせられて過ごしたという。事実であれば、欧州の民主主義国家としては極めて異例の対応だ。

 ウクライナのゼレンスキー大統領に対する政治的メッセージ、あるいは挑発として受け止められている。


繰り返される「外部の敵」の構図

ジュジャンナ・セレーニ氏

 この資金輸送の件について補足したい。

 差し押さえが起きてから数時間後には、フィデス側の政治家たちが「金塊輸送」という言葉を使い始めた。これは、ウクライナの車両に積まれていた資金がティサ党への選挙資金だったという陰謀論を指すものだ。

 その説明では、ウクライナ人やブリュッセルの官僚、ゼレンスキー大統領が一体となってマジャル氏と結託し、ハンガリーに危険をもたらそうとしているとされている。

 一方でオルバン氏は、こうした状況の中で「ハンガリーを守る指導者」としての立場を強調する。これは今回に限った話ではなく、過去4年、8年と繰り返されてきた構図でもある。そのたびに新しい「外部の敵」が設定され、国内の野党がその協力者として描かれるというパターンだ。単純だが、政治的には非常に強い効果を持つモデルだ。


選挙後のシナリオ

司会

 4月12日の投票日までに何が起こりうるのか。そしてフィデスが勝った場合、あるいはティサ党が勝った場合、それぞれどのような展開が考えられるのか。

ジュジャンナ・セレーニ氏

 現在の情勢について言えば、何が起きてもおかしくない状況にある。

 数日前の時点では、ティサ党がやや優勢で勝利の可能性が高いと見られていたが、確実ではない。一方でフィデスが勝利する可能性も依然として残っており、その場合は憲法改正が可能な「スーパー多数」になるか、単純過半数にとどまるかという違いはあるものの、政権維持は十分にあり得る。

司会

 総選挙後、ハンガリーの人々の生活はどう変わるのか。

ジュジャンナ・セレーニ氏

 まず前提として、ハンガリーは深刻な経済危機の中にあり、どの政権が誕生しても統治は容易ではない。

 特に野党が政権を取った場合には、さらに大きな障害が存在する。いわば「専制的な遺産」と呼べるもので、国家とフィデスが16年かけて事実上一体化しているため、行政や司法、官僚機構の至るところに旧政権に近い人物が配置されている。

 その結果、新政権の政策が内部から妨害される可能性がある。場合によっては、新しい議会の招集さえ法律手続きを通じて遅らせることができる構造になっている。

 さらにハンガリーでは、コロナ以降およそ5年間にわたり「危機状態」が続いており、これにより通常よりも広い権限が政府に認められている。この枠組みも、政権交代後の運営を複雑にする要因となる。

 ただし私は悲観的ではない。人々は現実的かつ実利的に行動することが多く、統治そのものが不可能になるとは考えていない。

 とはいえ、ハンガリーはすでにリベラル民主主義から大きく距離を置いているため、仮に政権交代が起きても、制度や社会の正常化には長い時間がかかるだろう。どこからその回復の支えが来るのかは、正直なところ明確ではない。

ペーテル・マジャリ氏

 現実的には、何が起きるかは非常に予測しにくい。

 例えば、ティサ党が勝利し、その後フィデスの主要幹部が逮捕される一方で、憲法改正のために圧倒的多数を確保しようとして、すぐに新たな選挙が行われる——そうしたシナリオも理論的にはあり得る。

 つまり、可能性の幅は極めて広く、どの方向にも開かれている状況だ。

 現在の世論調査を見ると、信頼できるものはすべてティサ党がかなりの差でリードしている。

 もしティサ党が得票では勝ちながら、選挙制度の歪みによって議席ではフィデスが勝つという結果になれば、それはハンガリー国民にとって極めて深刻なメッセージになる。つまり「1989年の民主化以前の旧東側体制へ逆戻りしている」という認識を広げることになるだろう。

 一方で、もしフィデスが(少なくとも自由で競争的な選挙のもとで)敗北することになれば、それはハンガリーが依然として民主主義の西側にとどまっていることの証明になる。そして希望がまだ生きているという意味を持つ。

ボトンド・フェレディ氏

 EUの政治家たちは、ハンガリーの世論調査をハンガリー国内ほどは信用していない。というのも、これまでに何度も似たような状況を経験してきたからだ。ポーランドでもチェコでも、「変化が起きる」という期待が選挙で裏切られてきた歴史がある。そのため彼らは、どちらの結果になっても対応できるよう、すでにある程度の心構えをしている。

 もう一つ重要なのは、特に米国との関係における根深い誤解だ。

 ワシントンではティサ党を「リベラルすぎる左翼政党」だと誤解している人が多い。しかし実際にはそうではない。ティサ党はむしろ保守的な政治スペクトルに位置する政党であり、現在のハンガリーでは左翼政党そのものが議会に入るための得票率ラインに届いていない。

 ただし、選挙戦の段階では見えにくいが、実際に政権運営が始まれば、そこで初めて明らかになる現実もあるだろう。そうした含みを持った見方も存在している。

***

 選挙戦の最前線では今も新たな動きが続いている。最終回となる次回は、セミナーで寄せられた質問への専門家たちの回答を通じて、ロシアの影響、汚職の行方、そしてEUへの波及をさらに深く見ていく。


by polimediauk | 2026-04-04 23:48