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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

デンマーク風刺画 これまでと英紙報道


 3日付の英紙などから拾ったムハンマド戯画事件の続きだが、

 これまでに掲載したメディアをまとめると

 ―デンマーク 
 ユランズ・ポステン紙。昨年9月、12の預言者ムハンマドの風刺画を掲載。目的はアーチストが「ムハンマドを描きたがらない傾向」に関する特集として。

 ―ノルウエー
 今年1月、雑誌マガジネットが風刺画を再掲載。

 ―フランス
 フランス・ソワール紙が12の風刺画を今月1日掲載。同時に、ムハンマドをと他の宗教の神が天国にいる風刺画を掲載し、この中で、「ムハンマド、嘆くな、私たちも全員が戯画化されたのだから」とする文句が入っていた。ル・モンド紙はひげとターバンの男の風刺画を載せ、「ムハンマドを描いてはいけない」という文章がはいっていた。

 ―ドイツ
 ディー・ベルト紙が、風刺画の1つを1面に、3つを中面に掲載。ベルリナーツアイタング紙もニュース面で掲載。

 ―イタリア
 ラ・スタンパ紙とコリエル・デァ・セラ紙が、一部を載せた。

 ―スペイン
 エル・ピリオディコ紙とABC紙が掲載。抗議よりも報道の自由が大切、とした。

 ―オランダ
 フォルクスクラント紙、テレグラーフ紙、ハンデルスブラッド紙が風刺画の全部あるいは一部を掲載した。フォルクスクラント紙はオランダの風刺画家のインタビューも掲載。「何故火に油を注ぐのか」とJoep Bertrams氏が述べている。

 ―英国
 2日、BBCテレビの午後1時のニュースが、風刺画が掲載された欧州の新聞の紙面を流す。他のテレビ局、チャンネル4とITVが3つの風刺画を出し、イスラム教のコメンテーターが何故侮辱的なのかを説明。保守系週刊誌スペクテーターが、他のウエブサイトへのリンクを通して風刺画を紹介。数時間後に、リンクを消す。新聞は一様に報道しないことを決めた。

 ―ヨルダン
 12の中で3つの風刺画を掲載した新聞の編集長が解任された。アル・シハンal-Shihan紙の編集長モハメド・ジハド・アルモマニ氏は、デンマークの侮辱がどれほどのものかを示すために掲載したという。新聞のオーナーが新聞を回収し、アルモマニ氏は首を切られた。

 ―フランスの続報
 やや前の話になるが、2日、フランスソワール紙のマネジング・エディター(通常の編集長より1つ上の人になるようだ)のジャック・ルフラン氏を、ムハンマドの風刺画掲載の件で解任した件で、フランスのジャーナリストたちは、ソワール紙の風刺画掲載を支持する方向に動いているようだ。

 ル・モンドが「ムハンマドを描いてはいけない」と呻吟する預言者を思わせる人物を描いた風刺画を載せた。社説では、宗教を嘲笑する権利を弁護した。

 フランス政府は一定の距離をとっており、風刺画掲載に関しては新聞社側が全て責任を持っている、とした。フランスの外務大臣は、報道の自由には疑問の余地がないが、節度を守るように、と述べたそうである。「自由は、寛容の精神、信仰に対する尊敬、宗教に対する尊敬の念を持って行使されるべきであり、この点は、世俗主義の最も基礎となる部分だ」。

 一方、ソワール紙のルフラン氏を解任したのは、オーナーのレイモンド・ラカー氏。ラカー氏はエジプト系フランス人である。

 解任劇があったものの、ソワール紙は、2日の時点で、風刺画掲載に関して謝罪はしていない。1面に、イスラム教徒たちがデンマークの旗を焼いている写真を載せ、「助けてくれ、ボルテール、みんな気違いになっている」とするキャプションをつけた。フランスについて詳しい方はこの意味がすぐ分かるのかもしれないが、デイリーテレグラフの解説によると、ボルテールが、「あなたの言うことに同感しない。それでも、あなたが自分の意見を言う権利を死んでも守る」と言ったことに由来するそうである。

 社説では、「検閲と戦う最高の方法は、検閲されないことだ。今回は、風刺画を掲載することだった」と書いてあったという。

―英国は掲載せず

 何故英国で掲載しなかったのか?

 いろいろな理由があるが、まず既に2日の時点で(3日の紙面を作っているとき)かなりの抵抗、反感が在英イスラム教団体から起きていた。また、他の欧州の国が掲載したことで、世界中のイスラム諸国で反欧州の気運が盛り上がっており、デンマーク製の食品販売ががた落ちになったり、旗が焼かれたりしていた。

 英国ではBBCを初めとするテレビで、短い時間、風刺画が紹介されていたが、それだけでも、既にイスラム教徒の団体が抗議声明を発表していた。BBCのテレビジョンセンターの前で、2日、デモも起きていた。

 今紙面で出すと、イスラム教団体の反感を買う、つまりは重要な読者の一部から、相当の反感を買うことを意味した。それでも、「報道の自由」のために掲載するべきなのか?各紙、それぞれの答えを出したが、結局は掲載しないことでそれぞれが一致している。(読者を失いたくない、というはものすごくリアルである。出せば読者が増える可能性もあるが、ひんしゅくを買って、他の高級紙に読者が流れる可能性もある。)

 しかし、国民の多くにとっては画像を見ることが不可能だったか、というと、そうではない。タイムズとガーディアンはウエブサイトでは見れるように工夫されていた。見たくない人は見たくなくてもいいし、見たい人はネットで、という選択肢があった。

 BBCオンラインが何故掲載しないのか?をコンパクトにまとめていたので、その中か紹介してみると、http://news.bbc.co.uk/go/pr/fr/-/1/hi/uk/4677474.stm

 デイリーテレグラフとタブロイド紙のサンは、フランス・ソワール紙の1面の写真を掲載した。例の12の風刺画でなく、雲の上にそれぞれの神がいて・・・というソワール紙独自の風刺画が1面を飾った紙面だ。しかし、この風刺画の中にいるはずの預言者ムハンマドの姿は、見えないようにされていた。デイリーテレグラフの場合は紫の四角いボックスがムハンマドの上にかぶさっていた。サンの場合、「検閲済み」という文句で隠していた。(ちょっとおもしろい効果だ。)

 各紙は何故掲載しないかを社説で述べていたが、BBCの記者がおかしいな、と思ったのは、「何らかの脅しがくるから」という理由が入っていなかった、と指摘している。


 サンは、「報道の自由を熱狂的に信じているが、これは、誰かの尻馬に乗って、私たちは脅されないぞと証明することと一緒ではない」。

 デイリーメール紙は、「風刺画を掲載した新聞の弁護のためには死もいとわないが、掲載の事実そのものには同意しない。権利は権利だが、責任はまた別のものだ」、「これほどに信心深く表現の自由を主張する新聞が、イスラム教の考え方に非常に失礼である。表現の自由の義務は、自分とは意見を同じくしない人々を侮辱しないことだ」。

 デイリーテレグラフは社説で、「侮辱する権利を弁護する」とした題名の中で、あからさまなヌードや暴力シーンを印刷しないのと同様の理由から、風刺画を掲載しないことに決めた、と書いている。「読者の一部に、不必要な侮辱を引き起こさないことを選択する」。

 「しかし、ニュースの流れ次第では掲載するしかない状況が起きる場合もある。掲載することが公的利益になると判断した場合、掲載するだろう」。

 また、西欧のオープンネスと活気ある知的議論に耐えられないイスラム教徒たちは、おそらく、「間違った文化」に住むことを選択してしまったのかもしれず、ヨルダンの新聞が「イスラム教徒たちよ、理性的であれ」と書いた文句を引用している。(「間違った文化」のくだりが、非常にテレグラフらしい。英国民の感情を一部代弁しているのだろうが、保守新聞である部分が良く出ている。)

 表現の自由の守り手であることを自負してきたインディペンデントでは、「検閲を受けないペンを使う権利がある。しかし、同時に、政教分離の、多元主義の社会で、疎外感を持たずに、日常的に馬鹿にされずに(現在イスラム教徒がそうなっているが)人々が生きる権利もある」。

 「一つの権利を他の全ての権利の上に置くというのは狂信者の証拠だ。メディアには、権利だけでなく責任もある」。

 ガーディアンは、「新聞は、論議を読んでいるからというだけで、ある攻撃的な素材を掲載する義務はない。大分部の英国の新聞が抑制をしている事実は、最も賢い道だ。少なくとも現時点では」。

 何故かこのBBCの記事にはタイムズ社説の紹介が少なかったが、タイムズから拾ってみると、

 「・・・・一連の風刺画掲載事件の中心となっている画像を再掲載するかどうか、考えあぐねた。掲載すれば、掲載の禁止を要求した狂信者たちに対する適切な反応と見られるかもしれない。読者にとっても、どんな性質の風刺画なのか、イスラム教徒にとってどんなインパクトがあったのかを判断する機会ができる。しかし、最初に掲載されてから数ヶ月経って掲載するには、全く中立であるわけにはいかない。穏健なイスラム教徒の人々に対して必ず引き起こすであろう侮辱は無視できない。」

 「風刺画を紙面での掲載はしないが、ウエブでは載せることにした。重要なのは、選択肢があることだ。実際、こうしたケースで線を引くとき、白黒はっきりしたものではない。ある宗教の信者が、預言者の偶像崇拝をしないと考えるからといって、全てのほかの状況で、全ての人にこれが適用される、とするのは論理が成立しないだろう。しかしまた、預言者を自爆テロの実行犯として描くというのも扇情的だ」

 「タイムズ紙は、例えば、キリストが独ナチの制服を着ている風刺画を掲載することには、躊躇するだろう。ヒットラーの支持者たちが、キリスト教の名の下で、ひどい犯罪をおかしたからだ」

 「イスラム教徒たちも、こうした点から、今回の風刺画に対して抗議する権利があると思うし、そうしたければ、関連する出版物をボイコットする権利もある。しかし、独立報道機関の行いに関してその国の政府の責任を問うことや、該当国の製品をボイコットすること、またもっと悪いことには、人や国に対して暴力を働くというのは、合法的な不服の申し立ての領域から、脅しの下で実行された検閲の領域に入ることを意味する」

 「一貫性も重要だ。 一部のイスラム教徒たちが今回の風刺画に関して向けた怒りは、もしユダヤ教やキリスト教を残酷に侮辱する画像(風刺画)が、頻繁に中東諸国に出ていなかったら、もっと重みが増したと思う」。

  ストロー英外相が、こうした新聞の動きを賞賛している、というニュースは既に流れた。

ムハンマド風刺画>英紙は不掲載 「責任が伴う」と社説で

 欧州紙に載ったイスラム教預言者ムハンマドの風刺漫画がアラブ世界に波紋を広げている問題で、英国各紙は3日、言論の自由には責任が伴うなどとして、掲載しない方針を一斉に社説で宣言した。最初に漫画を載せたデンマーク紙やこれを転載した各国の新聞とは一線を画し、言論の自由をめぐるメディア間議論に一石を投じた。
(毎日新聞) - 2月4日10時32分更新

 もう1つ、これに関連して、ストックホルム在住の方などからも指摘があったが、デンマークの外国人状況というか、イスラム系移民がどんな思いで生きているか、という点も考えてみるべきではないかと思っている。

 それについては、コペンハーゲン発で、ガーディアンに記事が出ていた。(続く)
by polimediauk | 2006-02-04 18:07 | 欧州表現の自由