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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

100年前の地図をめぐる争奪戦 ベルギー対シリコンバレー

 英紙サンデー・タイムズに、気になる記事が載った(有料制)。ベルギーの首都ブリュッセル郊外テルフュレンにある王立中央アフリカ博物館(通称アフリカ博物館)に保管されたある文書が、いま国際的な争いの焦点となっているという。記者は実際にアーカイブ室に入り、地質学者や館長を直接取材していた。調べて見ると、フィナンシャル・タイムズも報じていた(有料制)。

 問題の文書は、約2万5000枚の地図を含む膨大な地質記録だ。コンゴがベルギーの植民地だった約100年前に作られたもので、独立後に本格的な再調査が行われなかったため、現在でも同国の地下資源を最も詳細に示す資料とされる。

 コンゴ民主共和国(DRC)の地下には、推定24兆ドル(約3800兆円、日本の国家予算30年分を超える)相当の鉱物資源が眠る。コバルト、銅、コルタン、リチウム、ウラン——電気自動車やスマートフォン、再生可能エネルギー、さらには軍事技術に不可欠な資源だ。世界のコバルト供給量の約70パーセントがコンゴから産出され、推定埋蔵量の90パーセントがいまだ手つかずのまま残されている。

 この地図をめぐり、旧宗主国ベルギー、コンゴ政府、そして米国のテック企業が対峙する。単なる歴史的資料の帰属争いではない。欧州にとっては、資源とデータの主導権をめぐる「現在進行形の地政学」でもある。


なぜこの地図がベルギーにあるのか

 1885年、ベルギー国王レオポルド2世はコンゴを個人の私有財産とし、23年間にわたって支配した。

 その統治は苛烈なものだった。農民には野生のゴム蔓の採取量がノルマとして課され、達成できなければ手足を切断した。死者数は推定500万から1000万人に達するとも言われる。

 1908年にベルギー国家がコンゴを引き取った後も搾取の構造は変わらず、採掘会社は銅・コバルト・ウランを掘り続けた。広島・長崎に投下された原子爆弾の燃料ウランも、コンゴ産だ。

 植民地時代、ベルギーは徹底した記録国家だった。なかでもジョズエ・アンリ大佐は20世紀初頭、コンゴ全土を調査し、鉱物の埋蔵地を手書きの地図に刻み込んだ。1960年のコンゴ独立後、採掘・林業・鉄道会社の多くがアーカイブをアフリカ博物館へ寄贈した。

 博物館の主任地質学者フロリアス・メースはその一枚を手に取りながら言う。「1897年のアンリ大佐の地図は、今日その地域で採掘されているすべての銅鉱床を正確に記していた」(サンデー・タイムズ紙)。 


EUは制度で、中国は国家で、アメリカは企業で

 中国はいち早く動いていた。2000年代から国有企業を通じてコンゴの鉱山への投資を進め、現在は世界の重要鉱物生産量の60パーセント、精製能力の90パーセントを占めると言われる。

 EUのリチウム供給の97パーセント、希土類元素の100パーセントが中国依存という現実に危機感を強めたEUは2024年5月、EUは2024年5月、重要鉱物の調達における中国依存を法的に制限する「重要原材料法(CRMA)」を発効させた。「重要原材料法(CRMA)」を発効させた。

 EUはリチウム供給の97パーセント、希土類元素の100パーセントを中国に依存する。この現実に危機感を強め、2024年5月、重要鉱物の調達における中国依存を法的に制限する「重要原材料法(CRMA)」を発効させた。

 EUは制度で、中国は国家で、アメリカは企業で——それぞれ異なる手段でコンゴの資源にアクセスしようとしている。その交点にあるのが、この地図だ。


KoBold Metals、登場

 アメリカ側の主役が、カリフォルニア州バークレーを拠点とするKoBold Metals(コボルド・メタルズ)だ。ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾス、マイケル・ブルームバーグらが出資するAI駆動型鉱物探査会社で、人工知能を使って地質データを解析し、有望な鉱床を発見することを強みとする。AIは大量のデータを集めてこそ精度が上がる。古い地質記録はその意味で「デジタル時代の油田」だ。

 KoBoldは2024年にDRC政府と協定を結び、アフリカ博物館の記録を「デジタル化して一般に無償公開する」と約束した。翌2025年、米国が仲介したDRCとルワンダの和平協定には米国企業のDRCへの投資機会拡大が明記され、トランプ政権もこの動きを後押ししている。


博物館が守る一線

 このアーカイブは法的にはベルギー連邦の公文書だ。1960年代のコンゴ独立交渉の際、コンゴ側は返還を求めたが、ベルギーはこれを拒否した経緯がある。

 2024年、コンゴ政府はチセケディ大統領立ち会いのもと、KoBoldとの枠組み協定に署名し、アーカイブのデジタル化を依頼した。法的にはベルギー所有の文書について、ベルギーに事前の相談なく結ばれた協定だった。これを受けてKoBoldが博物館にアクセスを求めたが、博物館側は「この協定にベルギーは関与していない」として拒否した。

 英サンデー・タイムズおよびフィナンシャル・タイムズの取材に対し、バート・ウブリ館長はこう語る。「民間企業にアーカイブ全体を委ねることは、倫理的に問題がある。コンゴ当局と長期的な共同研究を行うことが、私たちが考える本来の姿だ」。

 博物館はすでにEUの資金援助を受けてコンゴ国立地質調査局と共同のデジタル化を進めており、5年以内に両国で記録を公開する計画だという。

 ベルギー政府も「契約関係のない外国の民間企業に、連邦の公文書への独占的なアクセスを与えることは不可能」としている。

 KoBold側はこれに強く反発する。DRC担当責任者のベンジャミン・カタブカ氏は「これらの記録はコンゴの人々のものだ。植民地時代のアーカイブに閉じ込めておく時代は終わった」と述べ、ベルギーの姿勢を「デジタル植民地主義」と批判した。トランプ政権の国務省も同調し、「ベルギーは60年前にこれらの国々の行方を指図する権利を失った」と公言した。

 しかし「コンゴ人のため」という大義名分には裏側もある。KoBoldがかつてザンビアで行った同様のデジタル化では、データは有料で公開された。コンゴ鉱山省と密接に協力する関係者の一人はこう語った。「国と組むのはまだしも、一企業と組むことに何の意味があるのか」(サンデー・タイムズ紙)。

 ベルギーのヴァネッサ・マッツ科学政策大臣は「デジタル化が完了した時点で、アーカイブをどう活用するかはコンゴ国家が決めることだ」と述べている。

 欧米とコンゴの関係は新たな局面に入っている。EUは重要原材料法によって中国依存からの脱却を急ぎ、アメリカはシリコンバレーの資本力を動員してアフリカの資源を取りに来た。アフリカ博物館をめぐる争いは、その縮図だ。

 「地図を持つ者が未来を持つ」という昔からの原則が、かたちを変えて戻ってきたようにも見える。違うのは、その地図が紙ではなくデータになったことだ。

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KoBold Metalsとは

2018年に米カリフォルニア州バークレーで設立された鉱物探査企業。人工知能(AI)を使って地下資源の埋蔵可能性を解析することを強みとする。過去の地質データ、衛星観測情報、歴史的探査記録などを統合し、機械学習によって有望な鉱床の位置を予測する手法を採用している。電気自動車や再生可能エネルギーに不可欠な銅、コバルト、ニッケル、リチウムの確保を目的に、アフリカや南米を中心に探査活動を展開している。


by polimediauk | 2026-04-27 07:13 | 政治とメディア