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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

デンマークの風刺画 掲載までの経緯 編集室の苦悩


 デンマーク、そしてフランスやドイツの新聞が、風刺画を掲載・再掲載するまでに至った経緯はどういうものだったのか?

 4日のガーディアン、5日のオブザーバー、インディペンデントオンサンデーからまとめてみた。

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 昨年夏、デンマークの作家カーレ・ブルイトゲンKare Bluitgen氏が、預言者ムハンマドに関する児童書を書こうと思いたつ。自分の子供たちが通っている学校にはイスラム教徒の子供たちもたくさんおり、本がインテグレーション・融合に役立つことを願った。

 「ムスリムの子供達はデンマークの英雄が誰かを学ぶべきで、デンマークの子供達はムスリムの英雄について学ぶべきだと思った」。

 児童書へのイラストを3人のアーチストに頼んだが、断られた。一人は、オランダで2004年11月、イスラム教を批判した映画を作った監督がイスラム教過激派の青年に殺害されたことから、参加したくないと言ってきたという。「最終的には、ある風刺画家が、名前を出さないという条件で、描いてくれた」。

 ユランズ・ポステン紙の外報部デスクのヤン・ランドJan Lund氏は、昨年秋の風刺画掲載までの経緯を振り返り、「まさか現在のようなことになるとは思わなかった」と、ガーディアン紙に3日述べている。

 「風刺画が何らかの境界を越えたとは思わなかった。デンマークではユランズ・ポステンは最大の新聞(15万部)だし、常に『恐ろしい子供達』として見られてきた。政治家やキリスト、マリアを嘲笑する風刺画を掲載してきた」。

 「掲載の是非に関して、それほど議論はなかった。誰かが反対していた、という記憶が特にない。いいアイデアだと思った。メディアがイスラム教の問題を扱うときに自己検閲することに関して、議論を起こすことが目的だった」。

 アート面のデスクで実際に風刺画を頼んだフレミング・ローズ氏がアイデアを得たのは、デンマークのコメディアン、フランク・フバムFrank Hvam氏との会話だった。フバム氏は、自分はコーランに関する冗談は言えない、と述べていた。

 また、作家のブルイトゲン氏が、児童書でムハンマドの絵を描く人が見つからず、名前を出さないという条件で描いてもらったという話も聞いた。ブルイトゲン氏の本の話は、ライバル紙「ポリティケン」紙が9月12日号で、何らかの報復を恐れての自己検閲があったのかどうか、と問いかける記事を出していた。

 さらに、2004年秋、デンマークの劇場ではブッシュ大統領を嘲笑した演劇が3つあったが、オサマビンラーディンを嘲笑したものは1つもなかったことにも気づいた。

 こうした複数の理由から、ユランズ・ポステン紙は風刺画家に頼んで預言者ムハマンドの風刺画を描いてもらうアイデアを思いつき、9月30日、12の風刺画が掲載されることになった。

 12の中の1枚の風刺画では、ムハンマドのターバンが爆弾とつながっていた。これを描いた画家は現在米国におり、60代後半だという。

 ローズ氏は、社説の中で、「作家やアーチスト、演劇界の人々の中で、自己検閲が広がっている。これは、アーチストたちが、私たちの時代の大きな問題、つまり、政教分離とイスラム教の文化の出会い、を避けていることを意味する」。

 この社説は、イスラム教と欧州の政教分離主義の対立の構図を示した、と受け取られた。

 デンマークでは、「イスラム文化」というと、欧州のキリスト教をベースにする「啓発」の遺産とは反対の位置にあるもの、と見られている。

 10月中旬、風刺画家の何人かが殺害予告を受けた。広くデンマーク内で報道され、テレビのトークショーなどで、反イスラム教徒の発言が目立つようになった。既にあった外国人嫌いが表に出た。

 イスラム教徒を想定した、移民締め付け策も法制化されていった。

 こうした中、5,000人のイスラム教徒が抗議のデモを行った。この問題に関して、イスラム諸国出身の数名の大使がデンマーク首相との会見を申し込んだが、首相は会談には応じなかった。

 デンマーク政府は新聞とイスラム教徒との間の問題の裁定者にはならず、新聞が預言者の風刺画を出版する権利を擁護する姿勢を見せた。

 プロテスタントの国デンマークでは、風刺が強い政治漫画などを新聞に載せる伝統がある。イスラム教徒は16万人ほど。

 在デンマークでイスラム教のリーダーの一人、アーマド・アブ・ラバン氏は、「デンマークにはイスラムフォビアがある。先生と子供のような関係も。例えば、メディアもそうだが、デンマーク人は、イスラム教徒に向かって、『座って静かにしていなさい。先生の言うことをよく聞いて、行儀良くしていなさい』という雰囲気がある。」

 11月中旬、パキスタンで風刺画掲載に関する抗議デモが起きた。

 年末にかけて、デンマークのイマーム(イスラム教の伝道師)たちが中東諸国に出かけ、風刺画を見せて支持を得るための運動を展開。このとき、12の本物の風刺画とは別に、さらに過激な風刺画も、掲載されたものとして見せた、と言われている。この風刺画は、例えば児童性愛者として描いたものもあったという。

 12月、デンマーク人はパキスタンに出かけることを控えるように、といわれるようになった。国連が懸念を示していた。

 今年1月1日、57のイスラム諸国が加盟している、Organisation of the Islamic Conference が、デンマーク政府がこの問題に関して「無関心」であるため、デンマークが関わっている文化イベントを加盟諸国はボイコットするべきだ、とする声明を発表。

 数日後、ノルウエーのキリスト教週刊誌マガジネットが風刺画を掲載した。マガジネットの発行部数は5000部。掲載後殺害予告を受けたマガジネットの編集長は、「侮辱を起こした事に関して謝罪」した。ただ、掲載したことそのものについては、謝罪できない、としている。(3日付ガーディアン)

 1月26日、サウジアラビアがデンマーク大使を送還。国内でのデンマーク製品のボイコットも始まった。30日、ヨルダン西側のガザ地区にあるEUの事務所を、武装した男性たちが訪れ、風刺画掲載の抗議を行った。

―ドイツの場合

 風刺画を再掲載したドイツのディー・ベルト紙のロジャー・ケペル編集長は、ユランズ・ポステン紙がいじめにあっている、と感じていたという。

 「欧州のある新聞が(「私たちの新聞が」)圧力を受けている、これは非常に重要な問題だ」。欧州がユランズ・ポステンのサポートをするために立ち上がる時がきた、と思った。

 「表現の自由は私たちの文化の中心にあり、どれほど聖なるものであっても、批判、笑い、風刺の対象になる。法的に許される範囲内で表現の自由の権利を使わなければ、相手に対して宥和策をとるようなメンタリティーになってしまう」。

 ベルト紙は、風刺画の中でも最も挑発的と思われる、ターバンが爆弾に結びついている風刺画を1面に掲載した。解説文のタイトルは、「イスラム教は風刺に耐えられるか?」だった。

 「文化の衝突が起きているのではない。アラブ世界は、両者をとることはできない。反ユダヤ主義は、『偽善的な』アラブ世界で頻繁に表出している。」ユダヤ教のラビがシリアのテレビ局では人食いとして表現されていた、という。この点からも、イスラム教の預言者を嘲笑することは当然だと思ったという。他のドイツ紙もこれに倣って再掲載した。

―フランス

デンマークの風刺画 掲載までの経緯 編集室の苦悩_c0016826_2553088.jpg フランスでは、フランスソワール紙の上級デスク(シニア・エディター)のアルノー・レビー氏が、通信社のニュースをチェックしている中で、デンマークの風刺画問題が大きくなっていることに気づいた。

 1月30日、夜中まで働いていたレビー氏は、外報デスクにこの企画を相談した。二人は、表現の自由と宗教に関して熱っぽい議論を繰り広げた。

 「最初から、非常にセンシティブな問題だということが分かっていた」とレビー氏は語る。「まず問題の風刺画がどんなものか、ユランズポステンがどんな新聞か、知りたいと思った」。

 31日午後、編集スタッフの中で、まだ誰も風刺画を見たものはいなかった。数名のスタッフが議論をする中で、何人かは特別の注意が必要だ、と指摘した。タブーは知りつつも、フランスはイスラム教の国ではない、と発言するものもいた。一人が、イスラム教徒の間でも、預言者の肖像を描くことが可能かどうか判断に違いがある、と述べた。

 午後5時半、画像デスクが風刺画を入手。さらに議論が続き、編集長のセルゲー・フォーベル氏が掲載を決めた。

「十分な議論がつくされたあとの結論だった。表現の自由が生地状態にあり、風刺画の掲載で誰かが傷つくだろうことは予期したが、それでも価値があることだと思った」とレビー氏は語る。

 1面にあったほかの記事を動かし、「私たちには神を戯画化する権利がある」という見出しをつけて、風刺画を載せた。同時に、ドイツ、イタリア、スペインが風刺画が掲載された新聞を印刷していた。
 
 こうして、翌日の2月1日、フランスソワール紙、ドイツのベルト紙などが風刺画を掲載。2日には、スイス、ハンガリー、スペイン、インドネシアなど、掲載紙がどんどん増えていく。

 4日、デンマークの作家ブルイトゲン氏は、インディペンデント・オン・サンデー紙の取材に対し、「こうした政治的風刺が行われるのは非常に重要なことだと思う。『これ以降は批判するべきではない』、として、線を引くことを主張するようなイデオロギーや宗教はあるべきではない。お互いを笑いあうことができれば、融合が進み、仲間意識ができる」。

 インディペンデント・オン・サンデー紙は、「何と理想的な考え方だろう」、と皮肉も感じられるようなコメントを残している。




 
by polimediauk | 2006-02-06 02:52 | 欧州表現の自由