核不拡散の灯台は揺れている チョルノービリの記憶も グロッシIAEA事務局長、NPT再検討会議で警告
先月末から、ニューヨークで第11回核不拡散条約(NPT)再検討会議が開催中だ。現在までに締約国による一般演説が終了し、週明けの5月4日から個別の主要テーマごとの議論に入る。
会議初日の4月27日、原子力の平和利用を促進するとともに核兵器への転用を防ぐための査察・検証活動を担う国連傘下の国際機関「国際原子力機関(IAEA)」のグロッシ事務局長が演壇に立った。
グロッシ事務局長は午前の会議に遅刻したことを冒頭に詫びた。前日4月26日のチョルノービリ原発事故40周年の式典に参加し、その帰途にあったためだ。「チョルノービリは一国の出来事を超えて、世界市民としての私たちの記憶に刻まれている」――その言葉が演説全体を貫く一本の糸となった。
グロッシ事務局長の演説が重要なのは、単なる外交的挨拶にとどまらないからだ。イスラエルによるイラン核施設への攻撃、ロシア占拠下のザポリージャ原発をめぐる緊張、そして核兵器開発を再検討する動きが一部の国で広がるという三重の危機を背景に開かれた今回の会議で、グロッシ事務局長は「核兵器を持つ国が増える世界はより安全な世界ではない」と明言した。核不拡散体制の番人として、その言葉は現在の国際秩序への直接の警告である。
唯一の戦争被爆国である日本にとっても、とりわけ切実な意味を持つ。NPT体制の弱体化は、核廃絶という日本外交の根幹に関わる問題であるだけでなく、北東アジアの安全保障環境が緊迫するなかで日本自身の安全にも直結するからだ。
演説の概要を紹介する。
***
経歴
ラファエル・マリアーノ・グロッシ(Rafael Mariano Grossi) 氏
1961年アルゼンチン生まれ。外交官として核不拡散・軍縮分野に長年携わり、1984年にIAEA入局。その後アルゼンチン外務省に戻り、ジュネーブ軍縮会議大使などを歴任した。2019年12月、IAEAの第6代事務局長に就任。
***
チョルノービリから来た
議長、各国代表団の皆様、
まず、遅刻をお詫び申し上げます。午前中に出席できなかったのは、チョルノービリからの長旅の帰途にあったためで、どうかご容赦ください。
このことに触れたのは、核エネルギー、核不拡散、核安全に携わり関心を寄せる私たちが皆知っているように、チョルノービリは一国の出来事や式典を明らかに超えているからです。それは世界市民としての私たちの記憶に刻み込まれています。
あの運命の1986年4月26日から40周年の節目に、私がそこにいることは不可欠でした。ある程度の年齢を経た方々――私自身もそうですが――は、この出来事を知ったときに何をしていたか、きっと覚えていることでしょう。
私たちはここに、国際法および国際政治全体において最も重要な条約の一つを審議するために集まっています。
不確かな世界における確かさの灯台
1970年の発効以来、半世紀以上にわたって私たち全員に貢献してきたこのNPT条約には、191の締約国があります。
この条約は――国際的緊張の高まり、断片化、多くの地域への戦争の回帰という時代にあって特に――国際規範が薄れゆく世界において、確かさの灯台であり続けています。
NPTのもとに結集し、これから重要な数週間、議長を支えていきましょう。
この会議は、こうした政治的緊張だけでなく、核世界秩序において最も重要なこの規範を特別な意味で際立たせる他の重要な要素も存在するときに開催されています。
軍縮についても、この原則は条約に明確に組み込まれています。緊張が高まる時代には遠く感じられますが、核軍縮という普遍的な目標はNPTの中に生き続け、私たちの歩むべき道を指し示しています
これほど真実から遠いことはない
不拡散規範はこの条約の核心であり、核兵器を持つという考えを再検討する語りや言説が高まりつつある今、この規範を再確認し、改めてその履行を誓うことが重要です。
いくつかの国では、核兵器を持つことが国家安全保障にとって良いことかもしれないという認識が広まっています。これほど真実から遠いことはありません。
この条約の実施機関が、私が事務局長として率いるIAEAです。条約に明記されているように、各国が加入しなければならない包括的保障措置協定(CSA)を起点とする査察制度を通じて機能しています。NPT締約国のほぼすべてがすでにCSAを締結しており、普遍化まであと一歩のところまで来ています。CSAを持たない締約国はたった一か国です。
しかしNPTの規範的な枠組みはCSAだけではなく、追加議定書にも関わります。すでに145か国、そして増加中の締約国がこの拡充された査察規範を受け入れています。
核エネルギーはすべての国のために
これは、核エネルギーへの需要が非常に高まっている時代にあるため重要です。(2023年に)ドバイで開催された「国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)」では、核エネルギーが再生可能エネルギーと並んで世界のエネルギーの未来に不可欠であるという国際的な合意が生まれました。
今日、バングラデシュからトルコ、エジプトに至るまで、ほぼ毎日のように新たな国が核エネルギーに踏み出しています。開発途上国の関心が高まっていることも注目すべき点です。
昨年、世界銀行のアジャイ・バンガ総裁とともにパリで歴史的な合意に署名しました。世銀が核エネルギーへの融資に乗り出したのです。ラテンアメリカ開発銀行(CAF)、アジア開発銀行、イスラム開発銀行もこれに続いています。アフリカ開発銀行とも同様の合意に非常に近いところまで来ており、核エネルギーの可能性が一握りの国々だけのものにとどまらないようにしています。(注:チョルノービリや福島以降、国際金融機関は核エネルギーへの融資を事実上避けてきた。その壁がようやく崩れたことを意味する。)
命を救う「平和のための原子力」
核エネルギーは「平和のための原子力」という理念の唯一の表れではありません。IAEAは「希望の光」プロジェクトを通じ、腫瘍学と放射線治療の分野で取り組んでいます。すでに世界90か国以上に貢献しており、特にアフリカではがんセンターを開設し、マンモグラフィ機器やCTスキャンを届け、命を救っています。
これは皆様がここで行っていることと無関係ではありません。技術移転とすべての国へのアクセスを可能にする不拡散規範がなければ、これは単純に不可能なことです。
NPTの三つの核心
皆様、締めくくりにあたり、この条約に込められた、初めて起草された日と同様に今日も有効であるいくつかの本質的な核心的理念を共有したいと思います。
核兵器を持つ国が少ない方が、多いよりも良いという考え。
核軍縮は核兵器保有国の約束でもあるという考え。
そして、核科学、技術、エネルギーはすべての国のためのものでなければならないという考え。
NPTは、私たち全員のためにそれを実現します。
どうもありがとうございました。
(ご関心のある方は、NPT再検討会議の演説リストから、4月27日午後のIAEA声明文をクリックください。)
***
次回は4月29日に行われた、記者会見の模様を紹介する。




