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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

英国の人気番組「初対面で結婚」にレイプ疑惑 放送局が全エピソードの配信を停止、独立調査も

 19日、BBCがトップニュースとして報じた記事を、筆者は何度も読み返した。

 ざっと読んだだけでは、どうにも意味がつかみにくい。

 問題となっているのは、英国の人気リアリティ番組「Married at First Sight UK(初対面で結婚)」で起きた性的暴行疑惑だ。

 BBCによると、番組出演中、女性2人が「夫役」の男性からレイプ被害を受けたと訴えている。さらに別の女性1人も、同意のない性的行為があったと主張している。

 ロンドン警視庁は番組参加中に性的暴行被害を受けた可能性のある人に対し連絡を呼びかけており、制作会社にも接触している。英政府報道官は「極めて深刻な疑惑」として調査を求める声明を出した。

 なぜ、「夫役」の男性から性的暴行を受けるのか。

 その疑問を理解するには、まずこの番組自体を知る必要がある。


どんな番組か

 「初対面で結婚」は、番組側の選考チームが「相性が良い」と判断した組み合わせをもとに、結婚式当日に初めて出会った男女が、そのまま「夫婦」として生活を始めるリアリティ番組だ。

 法的な結婚ではない。しかし出演者たちは、結婚式を挙げ、ハネムーンへ行き、その後は共同生活に入る。同じ家で暮らし、同じベッドで眠る様子が撮影され、放送される。

 もともとはデンマーク発祥の番組で、英国版は2015年にスタートした。現在はシーズン10まで続く人気シリーズで、視聴者数は300万人を超えることもある。最新の第10シーズンは昨年9月に放送された。英国の放送局「チャンネル4」の看板番組の一つだ。

 出演者の多くは20代から30代前半で、「運命の相手を見つけたい」と願う人もいれば、番組出演を通じて知名度を得たい人もいる。リアリティ番組出演をきっかけにインフルエンサーとして活動し、広告収入を得るケースも少なくない。

 恋愛、承認欲求、名声、SNS――そうした要素が入り混じる世界である。


恋愛の「手順」を飛ばす番組

 この番組の特徴は、本来時間をかけて進む恋愛のプロセスを極端に圧縮している点にある。

 通常、人はデートを重ねながら相手との距離を測り、安全かどうかを見極めて関係を築いていく。しかし番組では、出会った瞬間から「夫婦」として共同生活が始まる。

 周囲の出演者も専門家も視聴者も、その関係が深まることを前提に動く。カメラは常に回り続け、SNSでは「お似合い」「別れるべきだ」といった評価が絶えず流れる。

 チャンネル4はこの番組を「大胆な社会実験」と説明してきた。初対面の男女を極端に親密な環境に置き、その変化を観察する構造になっている。

「夫婦なのだから拒否できない」

 出演者は番組内で夫婦として扱われ、同居し、同じベッドで生活する。

 この環境の中で、女性たちはなぜ「レイプされた」と主張するのか。

 BBCに証言した女性の一人、仮名「リジー」さんは、番組内の「夫」について「激高しやすい人だった」と語る。男性は撮影外で過去の暴力的な交際関係についても話していたという。不安を感じた彼女は、制作側の担当者に相談した。

 その後、2人は性的関係を持つようになったが、リジーさんは「行為が次第に暴力的になった」と証言する。「何度も『やめて』と言ったのに」。さらに、これを他者に話せば「硫酸をかける」と脅されたという。

 ある夜、男性は性行為を拒否する彼女に対し、「君は僕の妻なんだから拒否できない」と述べたという。「怖くて完全に固まってしまった」。

 翌朝、リジーさんは担当者に連絡し、身体の痣を見せたという。

 制作会社側は「痣は双方合意による激しい性行為によるものと説明を受けていた」と反論している。また男性側の弁護士も、すべての性的接触は合意の上だったとして、レイプや脅迫を否定している。

 別の女性「クロエ」さんも、撮影終了後だが放送前の段階で、番組側にレイプ被害を訴えていた。

 彼女は同居中、「夫」が就寝中の自分の身体を触ったと主張し、「やめて」と伝えたにもかかわらず行為が続いたと証言している。さらに別の日には、性行為を拒否した後も続けられたと語り、「窓の外を見つめながら横たわっていた」と振り返っている。

 一方、男性側は「最初は合意があったが、途中で望んでいないと察してやめた」と説明している。制作側も「当初はすべて合意だったと聞いていた」としている。

 クロエさんは放送後、強い精神的ダメージを受け、自殺を考えるほど追い込まれたとBBCに語っている。


「同意」をめぐる問題

 今回の疑惑に共通するのは、「同意」の有無が争点になっている点だ。

 それぞれの男女2人はすでに性的関係にあり、同じベッドで生活し、番組上は「夫婦」だった。そうした状況であっても、「特定の行為についてその都度同意があったかどうか」が問われている。

 「君は僕の妻なんだから拒否できない」という発言はその象徴だ。しかし英国では、婚姻関係内のレイプも1991年以降、法律上明確に犯罪とされている。法的な夫婦であっても、性行為への同意は都度必要とされる。番組上の「夫婦」であればなおさらだ。

中絶した女性も

 2023年シリーズに参加したショーナ・マンダーソンさんは、「夫役」の男性が避妊の取り決めを破り、同意なく膣内射精したと主張している。これもまた、「すでに性的関係にあった相手との間で、特定の行為への同意があったかどうか」が問われるケースだ。

 彼女によれば、2人は膣外射精を行うことで合意していたが、男性は確認なしに射精したという。「ショックだった。そんな約束ではなかった」。

 相手の男性は「彼女が同意していたと理解していた」と説明している。また性的不正行為や支配的な行動についての疑惑を全面的に否定している。

 2人のエピソードは番組では放送されなかった。

 その後、ショーナさんは妊娠が判明し、中絶を選択した。BBCは妊娠と番組参加中の行為との関係を明確にしていない。


BBC「パノラマ」が火をつけた

 こうした証言が公になったきっかけは、BBCが18日夜に放送した調査報道番組「パノラマ」だった。

 「パノラマ」は出演者への詳細な取材をもとに、制作現場における対応や出演者保護のあり方を検証した。これを受け、英国メディアは一斉に後追い報道を始めた。

 BBCによると、チャンネル4は一部の疑惑について「パノラマ」放送以前から把握していた。にもかかわらず、該当する女性たちが出演するエピソードはそのまま配信・放送され続けていた。

 「パノラマ」の放送日の午後、チャンネル4は4月の時点ですでに外部調査を開始していたことを明らかにした。同時に、これまでの全エピソードをストリーミングおよび放送サービスから取り下げることを決定し、関連SNSも削除したことを発表した。

 一方、英国の放送規制機関オフコム(Ofcom)は、「放送局には、出演者が番組参加によって重大な危害を受ける可能性に配慮する義務がある」と述べ、調査結果を注視する姿勢を示した。


専門家が指摘する構造的問題

 今回の問題について、英国の著名弁護士ヘレナ・ケネディ氏は「この番組形式そのものに問題がある」と指摘する。

 バーミンガムのアストン大学ヘレン・ウッド教授も、「外部世界との接触を断たれた不自然な環境で親密さを前提にすることは危険だ」と述べている。

 一方、チャンネル4側は「出演女性たちは当時、『安全で幸せだ』と繰り返し述べ、番組継続を希望していた」と反論している。


リアリティ番組とメンタルヘルス

 リスクを抱えながらも、こうしたリアリティ番組は高い人気を保ってきた。

 「初対面で結婚」は恋愛や性的関係が本来かけるべき時間を極端に短縮し、初対面の男女を「夫婦」として親密な環境に置く。その中で出演者自身が「どこまでが自分の意思なのか」を見失っていく可能性もある。BBCに証言した女性の一人は「番組の中にいるうちに、現実感覚が分からなくなっていた」と語っている。

 出演者が追い詰められる問題は、日本でも起きている。

 2020年、「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが、SNS上の誹謗中傷を受けた末に亡くなった。英国でも「ラブ・アイランド」などで出演者の自殺やメンタルヘルスの問題が相次ぎ、「リアリティ番組は人を壊しているのではないか」という批判が強まっている。

 こうした背景から、英国テレビ業界では「出演者保護義務(duty of care)」という概念が重視されるようになっている。

 チャンネル4によると、次のシーズンはすでに撮影が済んでおり、秋には放送予定となっている。


リアリティ・ジャンルの限界?

 監視カメラが共同生活を映し続けた「ビッグブラザー」以降、英国ではリアリティ番組が花開いた。しかし、恋愛、結婚、夫婦生活——今や人間の最も私的な領域までもが「コンテンツ」として消費される。

 そろそろ、「ここから先はダメ」と境界線を引くべきではないか。作る人も、見る人も。

 


by polimediauk | 2026-05-23 20:15 | 放送業界