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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

核のルールが崩れていく今、対話をどうつなぐか 英専門家の警告と処方箋

「隔たりの方が大きい」

  ニューヨークの国連本部で行われてきた、核拡散を防ぐ国際枠組みである核不拡散条約(NPT)再検討会議が22日、終了した。

 以下はその直前にまとめたものである。

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 会議は核軍縮や不拡散をめぐる各国の対立が続き、最終文書を採択できるかどうかが大きな焦点となった。

 議長を務めるベトナムのドー・フン・ヴィエット大使は会議終盤、「共通点より隔たりの方が大きい」と述べ、各国に妥協を呼びかけた。しかし、草案をめぐる調整は難航していた。


焦点はイラン核問題 文言めぐり対立

 最大の焦点の一つはイランの核開発問題だ。

 議長国が提示した最終文書草案には、「イランは核兵器を求め、開発し、取得することは決してできない」とする強い表現が盛り込まれた。関係者によると、この文言は米国の主張が強く反映されたとみられている。

 一方でイランや一部の加盟国はこれに強く反発しており、全会一致での採択に必要な合意形成は難航している。

 前回2022年の会議ではロシアの反対により最終文書の採択が失敗し、2015年の会議も決裂している。2回連続で成果文書を出せなかったことに続き、今回も合意できなければ、NPT体制そのものへの信頼低下が懸念された。


「核のルール」が崩れつつある世界

 こうした状況の中、英国の国際戦略研究機関「チャタム・ハウス」は今月、「新たな核軍拡競争を回避するために」と題する報告書を公表した。

 報告書を執筆したのは、同機関の国際安全保障プログラム・ディレクターのマリオン・メスマー氏だ。

 報告書は現在の国際環境について、「かつてないほど危険な時代に入りつつある」と警告している。


新START失効 米ロ間の「核の枠組み」消失

 報告書がまず指摘するのは、米ロ間の核軍備管理の枠組みが急速に失われている点だ。

 今年2月、米ロ間の核軍縮条約「新START(新戦略兵器削減条約)」が失効し、後継条約の交渉は始まっていない。新STARTは、両国が核兵器の配備状況や保有数を相互に検証し合う「透明性の枠組み」であり、冷戦後の軍備管理の中核だった。

 さらに2002年には米国がABM(弾道弾迎撃ミサイル)条約から脱退し、2019年にはINF(中距離核戦力)条約も失効している。こうした流れについてメスマー氏は、「50年以上続いた核の制限体制が終わりつつある」と指摘する。


国連事務総長「軍備管理は死につつある」

 国連のグテーレス事務総長も、NPT再検討会議の開幕演説で危機感を示した。

 世界の軍事費は2兆7000億ドル(約430兆円)に達し、核弾頭数も減少から増加に転じているという。世界の全開発援助の13倍、アフリカ全体のGDPに相当する額だ。事務総長は「軍備管理は死につつある」と述べ、核なき世界への取り組みが後退している現状に警鐘を鳴らした。

中国の核戦力は急拡大 「三つ巴」懸念も

 米ロに加え、中国の核戦力増強も焦点となっている。中国の核弾頭数は2020年ごろの約300発から、2025年には約600発に増加したと推定されている。わずか5年で倍増した計算だ。

 米国は約3700発、ロシアも同程度とされる中、中国は依然として規模では劣るものの、増強ペースの速さが警戒されている。

 専門家は、このまま増強が続けば、米国・ロシア・中国による「三つ巴の軍拡競争」に発展する可能性があると指摘する。 


カザフスタンの警告

 旧ソ連時代に核実験場が置かれ、約40年間で約500回の核実験が繰り返されたカザフスタン。周辺住民への放射線被害は今も続いており、同国は1991年に自ら実験場を閉鎖、世界最大級の核戦力を放棄した核廃絶の先駆者でもある。カザフスタンの外務副大臣アシカバエフ氏は今回の会議でこう述べた。

 「世界にはいまだ1万2000発以上の核弾頭が存在し、そのうち2000発以上が高い即応態勢に置かれている」。

 核は遠い昔の脅威ではなく、今この瞬間も私たちの頭上に存在している。


印パ衝突 核抑止が現実に作用した局面

 地域レベルでも緊張は高まっている。

 4月、インド・カシミール地方で武装集団によるテロ事件が発生し、インドとパキスタンの軍事衝突に発展した。両国はともに核保有国だ。

 これを受けてインドは5月に軍事作戦を実施し、パキスタンも反撃。パキスタンは核戦力を統括する「国家司令本部」を招集するなど、核抑止力を前面に打ち出した。

 その後、米国の仲介により停戦は成立したが、事態は核保有国同士の危機管理の脆弱さを浮き彫りにした。

 チャタム・ハウスの報告書は、「第三者の介入は恒常的な解決策にはならない」と指摘している。米国が毎回助けに来てくれるとは限らないのだ。

 両国の間には、軍同士のホットライン、首相間のホットライン、外務大臣間のホットラインが設置されている。しかし「あっても使われない」のが実態だという。話し合いのルートはあるのに、使う習慣も信頼も育っていない。これが最大の問題だとメスマー氏は指摘する。


なぜ「核のルール作り」は難しくなったのか

 冷戦時代、米ソは激しく対立しながらも、「軍備管理」という一点では協力し続けた。

 その理由は、「際限のない競争は経済的に壊滅的であり、リスクを許容できない水準にまで高めることを、指導者たちは理解していた」からだった。互いに核で滅ぼし合っても誰も得をしないという冷徹な計算が、交渉のテーブルに両国を引き寄せた。

 ところが今は、その「計算」が通用しにくくなっている。

 ロシアはウクライナへの侵攻を続けており、西側諸国との信頼関係は最低水準にある。軍備管理を「西側によるロシア弱体化の試みだ」と公言してはばからない。プーチン大統領は2025年9月、新STARTの一部を維持することを提案したが、現地査察やデータ交換という「核心部分」は含まれていなかった。

 中国は「核兵器を先に使わない(先制不使用)」という政策を掲げ、「それで十分なはずだ」として米国との対話要求を退けてきた。しかし報告書は、中国が急速に増やしているミサイルの発射基地は固定されており、「先に狙われる前に使ってしまえ」という判断を招きかねないと指摘する。建前と実態の間に、危険なギャップがあるというのだ。

 米国自身も、内部で方向性が定まっていない。「ロシアと中国の両方に対抗するために核兵器をもっと増やすべきだ」という意見と「今の数で十分だ」という意見が激しく対立している。方向性が決まらなければ、交渉のテーブルにも着けない。


「核のルール」が壊れると何が起きるか

 軍備管理協定がなくなると、最も怖いのは「誰が何をしたかわからない」状況から始まる核戦争だ。

 ネットフリックスで話題を呼んだ映画「ハウス・オブ・ダイナマイト」は、まさにこの恐怖をリアルに描いた作品だ。出所不明の弾道ミサイルが米国に向けて発射され、着弾までわずか20分。誰が撃ったかわからないまま、報復すべきか否か、政府は極限状態の決断を迫られる。

 冷戦時代、こうした事態を防ぐために「ホットライン」が設けられ、ミサイル実験の事前通報制度が作られた。それらが機能していたからこそ、何度か「あわや」という危機を乗り越えられた。

 しかし今、それらの仕組みが次々と失われている。通報なしにミサイルが飛べば、相手国は「攻撃が始まった」と誤解するかもしれない。逆もしかりだ。数分の判断ミスが、取り返しのつかない事態を招く。

 「互いの核戦力が見えないからこそ、危機のとき誤った判断が生まれやすい」(メスマー氏)。 

それでも「希望の芽」はある

 では打つ手はないのか。

 報告書は悲観一辺倒ではない。現状を冷静に分析したうえで、いくつかの具体的な提言を示している。

 まず、「完璧な条約」を目指さないこと。

 今の状況で新STARTのような大型の条約を一から作ることは現実的ではない。そこで報告書が提案するのは、より小さな「信頼醸成措置」から積み上げていく方法だ。

 たとえば、ミサイル実験を行う前に相手国に通報する取り決め。これは米ロ間、中ロ間にすでに存在している。これを五つの核保有国すべてに拡大することは、現実的な一歩だと報告書は言う。中国も2024年に米国や太平洋諸国に自発的に通報した実績があり、足がかりはある。

 今回のNPT再検討会議の最終文書草案にも、こうした方向性は反映されている。

 核兵器国に対し、「危機コミュニケーション、軍対軍の関与、宣言による抑制、ドクトリンに関する対話、新興技術に関するリスクと利益の議論」などを通じた戦略的リスク低減措置を求める文言が盛り込まれた。

 合意に至るかどうかはまだわからないが、この方向性自体は国際社会の共通認識になりつつある。

 「専門家同士の対話」を絶やさないこと。

 政府レベルの交渉が難しくても、研究者や元政府高官など専門家同士が定期的に意見を交わす非公式対話を維持することが重要だという。表の外交が凍りついているときでも、こうした水面下の対話が将来の突破口を作ることがある。

 報告書は特に、こうした専門知識が「失われつつある」ことを懸念する。ビザ制限や制裁によって、米ロの専門家が会えなくなっている。当局者が退職すれば、長年培った交渉の知恵も消えてしまう。「知識の継承」自体が、今や安全保障上の課題になっているという。

 「宇宙」や「AI」を新たな対話の入口にすること。

 核兵器そのものについては各国の立場が固まっており、交渉の余地が少ない。しかし宇宙空間の利用ルールや、核の意思決定にAIを使うことの危険性といった新しいテーマは、各国がまだ立場を形成中だ。ここを入口にすれば、対話を始めやすいと報告書は指摘する。

 実際に2024年、バイデン前米大統領と中国の習近平主席は「核の意思決定にAIを使わない」という共同声明を出している。完璧ではないが、こうした合意の積み重ねが、より大きな枠組みへの道を開くかもしれない。

 今回の会議でも、カザフスタンやフィンランド、メキシコなどがAIや新興技術と核リスクをめぐる対話の重要性を訴えた。若い世代からも変化の声は上がっている。

 カザフスタンの若手軍縮活動家エルダウレット・ラフマトゥッラ氏は「NPTは今も最も重要で複雑な核条約の一つだ。しかし信頼性が低下しており、妥協に基づいた最終文書の採択が必要だ」と語っている。


「核戦争に勝者なし」

 「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」。

 もともとレーガン米大統領が使い始めた言葉で、1985年、冷戦の緊張が高まる中で実現したジュネーブ米ソ首脳会談の共同声明に盛り込まれ、その後の核軍縮交渉の礎となった。

 米ロ間の合意崩壊、中国の核増強、地域紛争の不安定化が重なる中、「核のルール」が維持できるのかが問われている。報告書が一貫して訴えるのは、対話を積み重ねることで互いの動きが読める安定した関係を取り戻せるという点だ。条約が崩れ、信頼が失われていく今だからこそ、対話を続けることに意味があるという。

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 追記:22日に終了した会議は、最終文書を出せないままとなった。

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資料

チャタム・ハウス(英国王立国際問題研究所)が5月13日に公表した研究論文「Avoiding a new nuclear arms race: How policymakers and experts can revitalize arms control for a new era」(著者:マリオン・メスマー氏)、およびNPT再検討会議最終文書草案(NPT/CONF.2026/CRP.2/Rev.3)、現地取材報告など。


by polimediauk | 2026-05-24 16:35 | 政治とメディア